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16. 許してね神様

16. 許してね神様




 それからボクと葵ちゃんは、先ほど観たばかりの映画の感想を、あれやこれやと語り合いながらランチを続けることにした。


 映画の感動がまだ胸に残っていて、葵ちゃんとこうして話せる時間が、ボクにとっては何よりも大切だった。隣にいる葵ちゃんの楽しそうな笑顔を見ていると、さっきまでのドキドキがまた蘇ってくる。


 もしかしたら、映画のヒロインみたいに、葵ちゃんも何かを感じてくれているのかな……なんて、淡い期待を抱いてしまう自分がいる。


 でもそんなことを口に出せる勇気は、まだない。ただ、この穏やかな時間が、少しでも長く続けばいいと心の中でそっと願っていた。


「映画、すごく良かったよね!雪姫ちゃんはどのシーンが好きだった?」


 葵ちゃんのキラキラした瞳が、ボクを見つめている。その笑顔を見ていると、ボクまで嬉しくなってくる。


「やっぱり……最後に主人公がずっと気づかなかったヒロインの気持ちにようやく気づくシーンがすごく感動的だったよ」


「うんうん、分かる~。あんな一途な恋……私もしてみたいな~」


 葵ちゃんは頬杖をつきながら、遠い目をしながらうっとりとした表情で呟いた。その横顔が、なんだかいつもより大人っぽく見えた。葵ちゃんも、あんな風に誰かを想う気持ちを知りたいのかな。その「誰か」が、ボクだったら……なんて、また都合のいいことを考えてしまう。


「うん。なんか甘酸っぱくて、見ているこっちまでニヤニヤしちゃうけどね」


 ボクが少し照れ隠しのように、そう言うと葵ちゃんは少し意地悪そうな表情を浮かべながら、人差し指でボクの頬っぺたを軽くツンと突いてきた。その何気ない仕草がどうしようもなく可愛くて、ボクの心臓はまたもやドキドキと音を立ててしまう。葵ちゃんの指先が触れた場所がなんだか熱い。


「え?」


「ふふ。そう……なれるといいな、私も……ね?雪姫ちゃん?」


 その意味深な一言に、ボクの心臓はまるでジェットコースターが急上昇するように跳ね上がった。葵ちゃんは……本当にずるい人だ。さっき自分でもまだよく分からないって言っていたのに……


 でも一生懸命そのまだ名前のつけられない『気持ち』に、真摯に向き合おうとしているんだ……ボクには、まだそんな強さはない。


 だから、今はまだ……この胸の奥で渦巻く感情に、安易に名前をつけることはできない。でもいつか、この気持ちが何なのかはっきりと分かる日が来るといいな。と、心のどこかでそっと願っている自分がいるのも、また紛れもない事実だった。


「そう言えばさ。雪姫ちゃんは、いつも、私の右側に座るね?なんで?」


「え?だって葵ちゃんは左利きでしょ?」


「え……私……雪姫ちゃんの前で、左手使ったっけ?一応、両利きで、外ではなるべく右手を使うようにしてるんだけど……あ、でも……雪姫ちゃんの前では、左手でつい食べちゃってた……かも?」


「たっ食べてたよ!最初!私が左側にいると、葵ちゃんの腕と、ぶつかっちゃうから!」


「そうだったんだ……雪姫ちゃんといると、なんだか安心するからかな……無意識に使ってたんだ。あはは。恥ずかしい」


 少し顔を赤らめて、恥ずかしそうにする葵ちゃん。そんな反応をされるとボクまでなんだか照れてしまうから、できれば止めて欲しいんだけどな……


 ごめん。違うんだ。本当は毎日、教室で葵ちゃんのことを見ているから左利きだって知っていたんだ。神様。今の小さな嘘だけはどうか許してください。


 ボクは心の中でそっと謝りながら、テーブルに置かれた注文したばかりのアイスティーを、一口ゆっくりと飲んだ。心なしか、なぜか少し苦いような気がする……というか、明らかに苦い。あれ?ちゃんと、ガムシロップを入れたはずなのに……


「あ。雪姫ちゃん。それ、私のアイスティーだよ」


「えっ!?ごごご!ごめん、葵ちゃん!」


「あはは。『ごごご』って、焦りすぎだよ、雪姫ちゃん」


「ごめんね、葵ちゃん。新しいのすぐに注文するから」


 ボクが慌ててそう言うと、葵ちゃんはまた、少し意地悪そうな表情を浮かべた。その小悪魔のような表情が、どうしようもなく可愛くて見惚れてしまう……ほんの一瞬だと思うけれど、ボクにはその一瞬が永遠のように長く感じられた。


「雪姫ちゃん。今の……『間接キス』だね?」


 葵ちゃんのその一言に、ボクは顔が一気に熱くなるのを感じた。だって……今まで女の子と……しかもこんな可愛い子と間接とはいえ、キスをしたことなんて、一度もない!


 それに……そんなことを言われたら……葵ちゃんのふっくらとした柔らかそうな唇にしか目がいかなくなる。その淡いピンク色の唇を見ているだけで、ドキドキしてくる。


「……本当に、してみる?」


「えっ!?あっ……あっ、葵ちゃん!?」


「ふふ。冗談だよ」


「やっ……やめてよ……葵ちゃん……」


 そう言いながら、ボクは慌てて自分のアイスティーのストローを咥えた。葵ちゃんと本当にキス……そんな想像をしただけで、心臓が壊れそうなほどドキドキする……ダメだ、ダメだ!そんなこと考えちゃ!これはさすがに神様も許してくれない!ボクはそんな、危険な考えを振り払うように慌てて首を横に振った。


「ふふ。やっぱり、雪姫ちゃんは……可愛いな」


 そんなことを至近距離で囁くように聞いてくる葵ちゃんに、ボクは恥ずかしすぎて、何も言い返すことができずに、ただ顔を赤くして黙ってしまうのだった。

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