17. たった1枚の写真
ランチを終えたボクと葵ちゃんは、そのままウィンドウショッピングを楽しむために賑やかな街へと繰り出した。
カフェでの、あのドキドキするような『間接キス』の余韻がまだ頭から離れず、心臓はまるで小さな太鼓のようにずっとトクトクと音を立てている。街の喧騒の中でも、ボクの耳には自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる気がする。
ふと隣を歩く葵ちゃんに目をやると、その唇は、陽の光を受けてほんのりと赤く輝いて見えた。柔らかそうで、きっと温かくて……そんなことを考えていると、つい頬が緩んでニヤけてしまう。
でもすぐに我に返って、その妄想を打ち消すように、慌てて頭を振るけれど、一度意識してしまうとどうしても考えてしまう。
だって好きな子と、間接とはいえキスをしてしまったんだよ?しかも相手は、あの誰もが憧れる葵ちゃんだ!結局、ボクが新しいアイスティーを注文すると言ったけれど、葵ちゃんは、笑いながら「全然大丈夫だよ」って言ってくれたし……
……待てよ?ということは、ボクが一口飲んでしまったアイスティーをその後葵ちゃんがそのまま……?そんなことされたら、意識しない方がおかしいよ!だって、間接キスだよ?これはもう、友達以上の何かがあったってことなんじゃないか……?いやいや落ち着けボク。
でも……ボクと葵ちゃんは、あくまで友達同士のはずだし、きっと、これはただの親愛の情を示す軽いスキンシップに過ぎないんだ。そう何度も自分に言い聞かせるけれど……それでも心臓のドキドキは、まるで暴走機関車のように加速していくばかりだ。このままじゃ、いつか心臓が破裂してしまうんじゃないかってくらいドキドキしている。
葵ちゃんと初めて手を繋いだ時よりもずっと……それ以上にドキドキしているのが自分でもはっきりと分かる。あの時は、緊張と喜びが入り混じったドキドキだったけれど、今回は、もっとこう……意識してしまうような、特別なドキドキだ。このままじゃ本当におかしくなってしまいそう……
「ねぇ、雪姫ちゃん?」
ぼーっとしていたボクは、急に声をかけられて肩をビクッと震わせた。
「えっ、あっ、なに?」
「良かったら……一緒に写真撮ってもいい?」
「写真?」
「うん。この前、友達と話してたらさ、雪姫ちゃんの話題になってね?でも写真とか一枚も持ってないから、どんな子か上手く説明できなくてさ?」
ああそういえば、この前の昼休みの会話でそんなことを言っていたような……
「えっと……私のこと話したの?」
「うん。あっ!でも、この秘密の関係は、ちゃんとナイショにしてるから。ただの仲の良い友達ってことにしてあるよ。……ダメだった?」
「ダメじゃないけど……写真……なんだかちょっと恥ずかしいかな」
「あはは。でもさ、雪姫ちゃんの可愛さを自慢したいんだ!私の友達に!」
「え?」
「だから……お願い。ね?」
葵ちゃんは上目遣いで、両手を合わせてボクにお願いしてきた。そんな可愛らしい顔をされたら、断れるわけがない!子犬みたいにキラキラした瞳で見つめられたら、どんなお願いだって聞いてしまいそうだ。でも……やっぱり少し恥ずかしいし、緊張するからあまり乗り気ではないんだけど……葵ちゃんがそんな風に言ってくれるなら……
それに葵ちゃんのお願いなら、出来る限り聞いてあげたいな。ボクのことを自慢したいって言ってくれるのは素直に嬉しいしね。
「うん。いいよ」
「やった!ありがとう!」
そう言って葵ちゃんは、嬉しそうにスマホを取り出すと、躊躇なくそのままボクにぐっとくっついてきた。腕越しから伝わる葵ちゃんの体温が、とても熱くてドキドキしてしまう。近すぎる……!葵ちゃんの優しい香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
「ほら雪姫ちゃん。もっとこっちに寄って?」
「う……うん」
言われるがまま、ボクたちは体を密着させながら、何枚か写真を撮った。正直、すごく恥ずかしいけれど、葵ちゃんが本当に嬉しそうな表情をしているから、まぁ良しとしようかな。葵ちゃんの笑顔が見られるなら、多少の恥ずかしさなんて我慢できる。
でも……ボクの心臓の音、聞こえてないかな?大丈夫だろうか?こんなに近くにいるんだから、もしかしたらバレてるかもしれない……そんなことを思いながらも、葵ちゃんが撮った写真をボクのスマホにも送ってくれたのでそっと確認してみる。
するとそこには、満面の笑みを浮かべる葵ちゃんと、少し緊張した面持ちのボクの姿があった。その葵ちゃんの笑顔は本当に可愛くて、見ているこっちまで幸せな気分になってくるほどだ。隣に並んでいるだけで、なんだか夢みたいだ。
まるで……本当に、恋人同士のように写るその写真。脳内で、自分の姿を『白瀬勇輝』に置き換えてみると、一気に顔が熱くなる。そんなボクの様子を見て、葵ちゃんが楽しそうに言った。ボクのドキドキが伝わってないか少し心配だ。
「どうかな?可愛く撮れてるかな?」
「うっ……うん!葵ちゃん、すごく可愛いよ!」
「え?……私のことじゃなかったんだけどな……でも、嬉しい。ありがとう」
葵ちゃんは少し恥ずかしそうにしながら、自分のスマホで写真を見ている。ボクもそのまま自分のスマホで写真を見つめた。お互いしばらく会話もなく、ただスマホの画面を見つめている。この沈黙がなんだか少し気まずいけれど、でも嫌な沈黙じゃない。
たった一枚の写真だけれど、不思議と葵ちゃんとの距離が、ほんの少しだけ縮まったような気がした。