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18. 勘違いしてた

18. 勘違いしてた




 葵ちゃんとの、夢のような二度目のデートを終え、自宅の部屋に戻ると、ボクはそのままベッドに力なく倒れ込んだ。全身が心地よい疲労感に包まれながらも、頭の中は今日一日の出来事でいっぱいだ。楽しかったこと、ドキドキしたこと、そして、ほんの少しだけ感じた切なさ……まるでジェットコースターに乗っていたみたいだった。


 ボクは、ぼんやりと天井を見つめる。白い天井は、今日の出来事を映し出すスクリーンみたいだ。そして、今日一日の出来事を、ゆっくりと一つ一つ思い返してみる。


 どれもがキラキラと輝いていて、まるで夢の続きを見ているようだった。葵ちゃんとのデートは本当に楽しくて夢のような時間だったけれど、それ以上にドキドキしすぎて心臓が休まる暇もなかったな……


 それに間接とはいえ、キスもしてしまったし……あの時のことを考えると、今でも顔がカーッと熱くなるのが分かる。唇が触れ合ったわけじゃないけれど、同じストローを使ったという事実が、ボクにとっては衝撃的で特別な意味を持っている。


 だってボクにとって、あれが初めてのキスだったから……もちろん女の子となんて生まれて初めての経験だ!しかも相手は、あの憧れの葵ちゃんだ!緊張しない方がおかしいよ!……間接的だったとはいえ。心臓がバクバクして、頭の中が真っ白になったあの瞬間はきっと一生忘れないだろうな。


 そして無意識のうちにスマホを取り出し、あの時、葵ちゃんと一緒に撮った写真をもう一度そっと開いてみる。その写真には、太陽のように明るい満面の笑みを浮かべる葵ちゃんと、少し緊張した面持ちのボクが肩を寄せ合って写っている。


 葵ちゃんの笑顔は、本当に眩しくて、見ているだけで心がポッと温かくなる。隣に並んでいる自分がなんだか不思議なほど幸せそうに見える。


 これを見ただけで、なんだかじんわりとした幸せな気分になれるのだから本当に不思議だ。でもやっぱり、少し恥ずかしいな……だってこの写真は……まるで本当の恋人同士みたいじゃないか!二人の間の距離感とか、寄り添い方とか……


 ボクはいてもたってもいられなくなり、顔を枕にそっと埋めてしまった。ドキドキと恥ずかしさと、ほんの少しの優越感が入り混じってどうしたらいいのか分からなくなる。


 本当にこんなにも素敵な子と友達……いや、まだ誰にも言えない、二人だけの秘密の関係でいられるなんて、まるで夢みたいだと思う反面、いつかこの幸せな関係が突然終わってしまうんじゃないかという、拭いきれない不安も心の奥底でひっそりと芽生え始めていた。こんなに楽しい時間が、いつか終わってしまうなんて考えたくないけれど、でもいつまでも続くとは限らないんだという現実も頭の片隅で囁いている。


「あら?すごく可愛い子じゃない」


 突然聞こえた声に、ボクはビクッと体を跳ね上がらせた。


「うわっ!だから、部屋に入る時は、ノックしろって、真凛……え……莉桜姉さん?」


「ふふ。何度もノックしたわよ?でも優輝が、何かに集中してて全然気づかなかっただけでしょ?」


 そう言って、優しく笑う莉桜姉さん。というか、そんなことよりも!ボクは、慌てて飛び起きてベッドの上に座りなおす。心臓がドキドキして、冷や汗が出てきた。


「ねぇ。その子はお友達?」


 莉桜姉さんの穏やかな問いかけに、ボクは言葉に詰まってしまう。どう答えるのが正解なんだろう?


「いや……その……」


 どうしよう……まさか莉桜姉さんに、こんなタイミングで写真を見られるなんて思ってもいなかったし、それにまだデートの余韻が残っているせいか上手く説明することができない。頭の中が真っ白になって言葉が出てこない。


 というか、そもそも葵ちゃんのことをなんて言えばいいのかで頭がいっぱいになる。ただの友達、クラスメートとは言えないし、かといって恋人というのも違う気がするし……この特別な関係をどう言葉で表現したらいいんだろう。


 ボクは必死に言葉を探すけれど、なかなかしっくりくる言葉が見つからない。すると、そんな困惑しているボクを見た莉桜姉さんが、ふふっと笑って口を開いた。


「ふふ。優輝は分かりやすいわね。その女の子がこの前のデートのお相手なのね?」


「え?あ!その……えっと……友達っていうか……その……デートというか、遊んだというか……」


「優輝」


「なに?」


「その写真の二人……恋してるって顔してるわよ?私までなんだか恥ずかしくなっちゃうわ……ご飯出来てるから、着替えて下に降りてらっしゃい。今日は優輝の好きな唐揚げよ」


 そう言って莉桜姉さんは、意味深な微笑みを残して部屋を出て行った。その笑顔はボクの心を見透かしているようだった。


 ……『恋してる顔』。


 莉桜姉さんのその言葉が、頭の中で何度もリフレインする。確かに葵ちゃんは、ボクにとってとても大切な人で……この写真の葵ちゃんの笑顔を見ると本当に幸せな気持ちになるし、一緒にいると、なんだか心が安らぐ。このドキドキは憧れだけじゃない、もっと特別な感情なのかもしれない。この気持ちはやっぱり恋なのかな……


 リビングに降りて夕飯を食べながらも、ボクは色々なことを考えてしまう。


「……キモッ」


「え?」


「なんで、ニヤニヤしてんの、おにぃ?キモイ!」


 ハッとして自分の顔を触ってみると、確かに口元が緩んでいるような気がした。無意識だったとはいえ、真凛に見られるなんて恥ずかしい。


「いや!ニヤニヤなんかしてないよ!」


 慌てて否定するけれど、意識していなくても自然と口元が緩んでしまう。葵ちゃんの笑顔を思い出すと、どうしても顔がニヤけてしまうんだ。そんなボクを見て、向かいに座っている莉桜姉さんはニヤニヤと笑っている。莉桜姉さんの視線がさらにボクを赤面させる。


「いいじゃない。嬉しかったんだもんね優輝?写真、上手く撮れてたもんね」


「莉桜姉さん!?」


「え?写真、見せて見せて!」


「なんで、真凛に見せなきゃいけないんだよ!」


「はぁ?今日の映画館デート、誰のおかげで出来たのか忘れちゃった?」


 真凛のもっともな指摘にボクは言葉を失う。確かに真凛があの時葵ちゃんを誘ってくれたおかげで、今日のデートが実現したんだよね……真凛には感謝しているけれど、それでもこの写真は……


 そんな風に躊躇していると、痺れを切らした真凛はボクの手からスマホを奪い取ると、そのまま画面に表示された写真を見た。


「えぇ!?めっちゃ可愛いじゃん!なんで、おにぃなの?あ。違うか。おにぃだと知らないんだもんね」


 真凛の予想外の言葉に、ボクは少し驚いてしまう。


「違う……」


 そうだ……ボクは、また勘違いをしていた。葵ちゃんが一緒に写真を撮ってくれたのは、『白瀬勇輝』としてじゃない。『白井雪姫』として隣にいたボクだったんだ……


 その事実に、急に胸の奥にポッカリと穴が開いたような言いようのない寂しさを覚える。楽しい時間は確かにあったけれど、それは全て『白井雪姫』としてのものだったんだ。


 本当のボクを、葵ちゃんはまだ知らない。その現実がズキズキと胸を刺す。でもそれを悟られないようにしながら、ボクは慌てて真凛からスマホを奪い返すと、そのまま無言で食事を済ませ、足早に自分の部屋へと戻った。部屋に戻ると、さっきまでの楽しい気持ちはどこへやら、一人ベッドの中で深い溜息をついた。

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