目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

21. 変化する気持ち

21. 変化する気持ち





 駅までの帰り道、ボクと葵ちゃんの間に、気まずいようなでもどこか甘いような不思議な空気が流れていた。隣には週末のデートと同じように葵ちゃんがいる。ただいつもとは違う。


 今は『白井雪姫』ではなく『白瀬優輝』のボクだから。その事実が心臓をドキドキと高鳴らせ全身を緊張で強張らせる。


 カバンを持つ左手。週末は、無意識のうちに葵ちゃんの温かい手を握っていた。そう考えると……まるで、あの手を繋いでいた時間は幻だったんじゃないかと錯覚してしまう。


 それよりも……一体、何を話したらいいんだろう……せっかくこうして二人きりで帰っているんだから、何か話したい気持ちはあるけれど、頭の中は真っ白で気の利いた言葉が一つも見つからない。


 3年間も同じクラスで、今は隣の席にいるというのに……やっぱりボクは、コミュニケーション能力が低いダメな人間なんだな。そんなことを心の中で自嘲しながら、二人で並んで歩いていると不意に、葵ちゃんが明るい声でボクに話しかけてきた。


「ねぇ、白瀬君。こうやって二人きりで話したりするのって初めてだね?」


「え?うん……」


「なんか、不思議な感じだね」


「うん。そうだね……」


 そう答えるものの……ボクは緊張しすぎて、喉がカラカラになり言葉がなかなか続かない。そんな明らかに挙動不審なボクに対して、葵ちゃんはクスッと微笑みながら優しい声で言った。


「大丈夫?緊張してる?私、怖い?」


「いや!?怖くないよ……その……緊張はしてるけど」


「そうなんだ。私も実はちょっと緊張してるよ。男の子と二人きりなんて……初めてだもん」


 そう言って葵ちゃんは可愛らしく笑った。その笑顔を見てボクは改めて思う。やっぱり、こんなにも可愛くて、優しくて、キラキラした女の子はボクなんかにはもったいない……


 でも……だからこそ葵ちゃんともっと一緒にいたいって強く思うのかな?そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、ふと葵ちゃんが口を開いた。それはボクが全く予想していなかった衝撃的な言葉だった。


「あのさ、白瀬君。一つ聞いてもいい?白瀬君はさ……私と付き合いたいと思う?」


「え……」


 そのあまりにもストレートな質問に、ボクは一瞬思考が停止して言葉を失ってしまった。葵ちゃんと付き合う?それは……すごく嬉しい。だってこんなにも綺麗で、魅力的な女の子と恋人になれるなんてまるで夢みたいだから。


 でもボクには……その勇気がない。葵ちゃんのことは『好き』だけれど今の自分の気持ちが一体何なのか、まだはっきりと分からない。だからボクは正直に答えることにした。


「どうかな?」


「えっと……藤咲さんは、可愛いし……色々な男の子から、人気があって……でも……分からない……」


「え?分からない?」


「うっ……うん……ボク……藤咲さんのこと、まだ、よく知らないし……それに、付き合うとか……そういうの、よく分からない」


 ボクがそう正直に打ち明けると、葵ちゃんは少しだけ考え込むような仕草を見せた。そしてすぐに、小さく笑いながら言った。


「そっか……」


「あっ、その……藤咲さんに魅力がないとかじゃなくて、その……なんていうか……」


「あはは。必死だね、白瀬君?」


 ボクがあたふたしながら言葉を探していると、葵ちゃんはいつもの明るい笑顔を見せてくれた。


「白瀬君は……恋に真面目なんだね。そういう人……いいなって思うよ?」


「え?」


「ありがとう。ごめんね?なんか変なこと聞いちゃって。でもなんか白瀬君らしいね」


 そう言って葵ちゃんは、また可愛らしく笑った。その笑顔があまりにも眩しくて、ボクは思わずドキッとしてしまう。やっぱり……ボクは葵ちゃんのことが好きなんだなって。改めて強く思った。


 そして、二人で歩いているうちに、いつの間にか駅に到着した。あまり気の利いた会話は出来なかったけれど、その夢のような時間はあっという間に過ぎてしまった。


「今日は、ありがとう」


「うっ……うん」


「じゃあね、白瀬君」

 葵ちゃんはそう言って駅の改札の方へと歩き出す。その後ろ姿をボクはただじっと目で追いかけた。このままお別れする……そう考えると、胸の奥がなぜか急に寂しくなった。もうこうやって葵ちゃんと話すこともなくなるのかな……でも、これでいいんだ。だって、今のボクは『白瀬優輝』なんだから。



 そう思っていたけれど……



 次の瞬間、ボクは無意識のうちに大きな声で叫んでいた。


「藤咲さん!」


「え?どうかしたの、白瀬君?」


「その……えっと……また……こうやって、話してもいい?藤咲さんが……迷惑じゃなければ、だけど……」


「なんでわざわざ許可取るの?私たちクラスメートじゃん。全然いいよ。迷惑なんて思わないよ」


「うっ……うん!それじゃ……また明日!」 


「また明日ね。バイバイ」


 葵ちゃんは笑顔で手を振りながら、そのまま改札を抜けて人混みの中に消えていった。ボクはその後ろ姿を見つめながら強く思った。


 やっぱりボクは、葵ちゃんのことが好きなんだ……





 でも一つだけ、今までと変わったことがある……





 そう……今はまだ自信がないけれど、いつかこの秘めたる気持ちを『白瀬優輝』の姿で葵ちゃんにちゃんと伝えたいって心から思ったんだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?