山の麓には小さな集落がある。
若い者たちは皆、都会へと出ていき、ここに残っているのは年老いた人々だけだった。
そうした地域は、今では俗に『限界集落』と呼ばれている。
その集落の一角では、焚火を囲みながら数名の老人たちが談笑を楽しんでいた。
彼らの頬は赤みを帯び、ところどころに酒の気配が混ざっている。
彼らが焚火と酒を肴に語り合っているのは、自らの武勇伝だった。
「俺は、自分の胸のあたりまでの大きさの鹿を仕留めたことがある」
「突撃してきた猪を返り討ちにしてやったんだ」
そんな話が次々と飛び出す。
虚実を織り交ぜつつ、話を大げさに膨らませて自分の雄姿を語る彼ら。
だが、集まった老人たちのほとんどは、その話を本気で信じているわけではなかった。
「どうせ腰丈ほどの子鹿を仕留めたくらいだろう」
「逃げていくうりぼうを撃った程度かもしれないな」
そんな冷ややかな感想が心の中で囁かれている。
ふと、ある老人が語り始めた。
「儂は、つがいの熊を仕留めたことがあるぞい。メスは確実に脳天を一撃で仕留めたんじゃが……。オスは深手を負わせることしかできんかったがな」
「おいおい、それは危険じゃないのかい? 手負いの獣は何をしでかすかわからんぞ」
「なーに、撃った後で、結構な高さの崖を転げ落ちていったから、まず助かるまいて」
「それなら安心だ」
しかし、この話を真に受ける者は一人もいなかった。
そもそも、この老人が熊を仕留めることなどできるはずがないと誰もが思っていたのだ。
その日の夜……。
ぎゃあああああああああああああああああああああ!
けたたましい悲鳴が、静まり返った集落に響き渡った。
何事かと、眠気まなこで家を出る村人たち。
しかし、彼らの目の前に現れたのは、凄まじい姿だった。
肩口に深い銃痕を負い、目を血走らせた巨大な熊……。
その全身から放たれる気迫は、ただ一言、『復讐』という執念に満ちていた。
『解答』
さて、私は誰だろう?
→つがいの熊の雄
◇
「ありえねぇですわあああああああ! クソ食らえですわあああああああああ!」
「お嬢様、少々お言葉がお下品でございます」
「だまらっしゃい! この鬼畜ド変態詐欺師! 普通に人間だと思いますわよ!」
「人間とは一言も申し上げておりません。ですので、嘘はついておりません」
「うざってぇですわああああああ! そんなの服を着ている描写がないから全裸だったとかいうのと同じレベルですわああああああ!」
まったく……騒々しいお嬢様でございます。
「ミスリードでもなんでもありませんわあああああ!」
「……少し考えればわかることでございます。そして、お嬢様、少々視野が狭くなっておいでではありませんか?」
「何が言いたいのですの? このすっとこどっこい!」
「例えばの話です。お嬢様は私めの『性別』は何だと思いましたか? 『男』ですか? 『女』ですか? 執事は必ず『男』であるという先入観がございませんか? では、年齢は? 『初老』でしょうか? それとも若い『青年』でしょうか? 執事は『初老』であるという先入観がございませんか? 『お嬢様の教育係を務めた』とありましたから年齢がそこそこいっていると思っておりませんでしたか? つまりは、別に嘘をつかなくてもよいのです。先入観……というより頭に思い描く常識と言いましょうか、それを逆手に取ればよいだけなのでございます」
「うるさいですわ! あなたは誰もが頭の中に描いているような四十ぐらいのじじいですわ! 煙に巻こうとしてもそうはいきませんわよ!」
「はぁ……。お嬢様、もう少しその弱い頭を使って頂けますか……?」
「うるさいですわ! わたくしの頭は悪くありませんわ! ……そういえば、市川。熊って『つがい』で行動するのだったかしら?」
「……さて、お嬢様お茶に致しましょう。美味しいスコーンをご用意致しましょうか」