「い~ち~か~わ~!」
「はい、何でございましょうお嬢様」
「わたくしの化粧水どこにやりましたの! いつもの場所にありませんわよ!」
「……化粧水でございますか? 失礼ながら化粧水をつけてもつけなくてもお嬢様の肌はあまり変わらないのでは……」
「クビにしますわよ!」
「……お嬢様のお美しさは化粧水などつけてもつけなくてもお変わりないという意味でございます」
「ならいいですわ。じゃなくてどこにやったんですの!」
「はて? とんと検討もつきませんが……。ああ、それでひとつ思い出しました。こんな事件はいかがでしょうか?」
「え? そんなことよりも化粧水の場所がわたくしは知りたいのだけれども……?」
◇
頭がガンガンしていた。
二日酔いになったみたいだ。
気分も悪い。
とても憂鬱だ。
だが、仕事はこなさないといけない。
刑事と言うのもこれはこれで大変な仕事だ。
今日も現場に呼び出され見たくもない死体とご対面しなければならない。
ほんと憂鬱だ。
憂鬱だ。
空も鈍よりと曇って暗雲立ち込めている。
風も強く吹いて空気も非常に乾燥している。
この頭痛は低気圧のせいなんじゃないかと思いたくもなる。
俺はのそのそと殺人現場となっているマンションへと赴いた。
ある部屋で規制線を掻い潜り鑑識が作業を行っている中、仏さんと相対する。
可哀想に。
そこには三十代ぐらいの男の死体があった。
ベッドに横たわっているその姿は、もがき苦しんだような形相で亡くなっていた。
さぞかし無念であったろうに。
首には索状痕があり、紐などで絞殺されたのが見て取れる。
憂鬱だ。
仏さんに手を合わせていると、後ろから部下のヤスが声を掛けてきた。
「ボス、遅いっすよ。もうほとんど終わってますよ」
「……状況は?」
ヤスの苦言すら今は頭に響く。
ああ、憂鬱だ。
「えと、見ればわかりますが、被害者は首を紐のような索状物で締められての窒息死。他に外傷はないっす」
「……第一発見者は?」
「いや……それが……」
ヤスが口淀む。
たいていこういう時は厄介な事が起きている。
くそ、憂鬱だ。
「どうした?」
「えと、とりあえず連れてくるっす? 話してもらった方が早いっす」
そういうとヤスは三人の人物を連れてきた。
一人はツナギ姿の五、六十代の男。
ぼさぼさ頭のいかにも仕事ができないような風体の男だ。
このマンションの管理人らしい。
一人は派手な格好の女。
てかてかしたピンクの口紅に、がつがつに盛られた睫毛。
なんの毛皮かは知らんが悪趣味な服装だ。
二十代ぐらいか。被害者の恋人らしい。
最期は極々普通のビジネススーツを着たサラリーマン。
普通過ぎて言うことがない。
被害者の弟らしい。
ヤスが言うには、まず被害者の恋人が部屋を訪れたが、一向に反応がない。
合鍵を忘れたらしく、どうしようか迷っていると被害者の弟が来た。
仕事の話で被害者と打ち合わせの予定が合ったらしい。
この弟も合鍵を持っていなかったので中で倒れていては事だと管理人に相談して、立ち合いの元、管理人に開けてもらったらしい。
そこで三人は被害者に対面したというわけだ。
憂鬱な事に。
つまり、事件当時鍵がかかっていた密室殺人とかになるわけだ。
だが、恋人は合鍵をたまたま忘れただけで所持しているし、
弟も家族なのだから持っていても不思議ではない。
管理人など言わずもがなだ。
そしてヤス曰く、この三人には動機もあるらしい。
まず、管理人は被害者に毎日のように怒鳴られていた。
やれ隣人がうるさいだの、エントランスが汚いだの。
厄介なクレーマーと言ったところか。
弟は仕事関連でかなりの額の借金があるらしい。
それを兄が肩代わりしていたのだが、その返済でやはり揉めていたらしい。
恋人はよくある痴情の縺れだ。
被害者が浮気してるの何だとヒステリックを起こしていたらしい。
まあ、動機の大小はあれ、この三人のうちの誰かが犯人と見ていいだろう。
ああ、憂鬱だ。
改めて俺は事件現場を観察する。
被害者はベッドに横たわるように死んでいる。
ベッド脇の机には灰皿と煙草の吸殻が二本。
一本の吸い口は赤く染まっており半分まで吸って消していたようだ。
室内を見る。
荒らされた形跡はない。
エアコンの室外機の音がぐわんぐわん響いている。
いつまで暖房つけてやがるのか。
鑑識入ってるんだから止めろや。
そのせいか、部屋に飾られている観賞植物の葉が萎れているようにも見える。
ああ、憂鬱だ。
頭がさらに痛くなる。
「んで、ボス。犯人の目途ついたっすか?」
「まあ疑わしいやつはいる。犯人かどうかはわからんがな」
さて、疑わしい人物とは誰であろうか?
◇
「犯人はヤスですわ! 古事記にもそう書いてありますわ!」
「違います」
「……ネタのわからないじじいですわね」
「お嬢様こそファ○コン世代なのですか? ……そうなると年齢が些かおかしいような気が」
「あーあーあー。きーこーえーまーせーんーですわー」
「そうやって都合の悪いことは見ないふりなのはお嬢様の悪い癖でございますよ」
「だまらっしゃい! それで今回の事件は三人とも怪しいですわね」
「確かに動機もあり、密室の鍵も入手することができるので容疑者としてはこの三人でしょう」
「管理人は相当汚い言葉を浴びせられてきたようですわね。殺害動機としては十分ですわ!」
「確かに人によっては耐えがたい苦痛やもしれませんね」
「弟は金銭トラブルですわね。わたくしにはよくわかりませんけど、お金がないと人を殺すこともあるんですの?」
「ええ、十分あり得ます。お金がないと心の余裕もなくなるものなのでございます」
「恋人は……浮気程度で殺害に至ることなんてあるのかしら?」
「人によってはあり得るやもしれません」
「うーん全員あやしいですわ……。もしかして、この三人全員共犯とか!」
「さすがはお嬢様。斜め上でまったく想定してない解答を導き出すとは思いもよりませんでした」
「……褒められている気がしませんわ」