「え、一緒にご飯を食べに行こうよ、ヒデオ」
「いやあ、おじさんはね、二日に一回は居酒屋で一杯やらないと死んじゃうんだよ」
「居酒屋ですか?」
「そうそう、安い居酒屋で、焼き魚で一杯飲むんだあ」
「もっと良い物食べようよ、ヒデオ」
「おっちゃんになると気楽な物で良い事もあるのよ、じゃあねえ」
「じゃあ、また明日、朝から潜りますから」
「解った解った、また明日ね~~」
地獄門を出た所で、『サザンフルーツ』と別れた。
ヒカリちゃんは居酒屋に行きたそうにしてたけど、まあ、若い子が行く場所でも無いからね。
みんなでワイワイ飲むのも良いんだけど、一人で静かに飲むのも大事な時間なんだよね。
迷宮の狩りの儲けで一杯飲めて幸せだなあ。
なかなか楽に儲かるから、天職かもしれないね。
川崎の裏の方の繁華街をぶらぶらと歩く。
さて、今日は何で飲もうかな。
海鮮居酒屋でお刺身と日本酒とかも良いねえ。
あまり若向きの居酒屋は学生とかがうるさいからやめようね。
裏路地の小料理屋に入った。
うんうん、良い雰囲気だね。
「なんにしますか?」
「そうだねえ、とりあえず瓶ビールと、あと、お造りかな」
「はい、お待ち下さいね」
優しそうな女将がお造りを作ってくれる。
煮物とかも美味しそうだねえ。
瓶ビールが来たのでコップに注いで一口飲む。
くはあっ。
やっぱ、これだよねえ。
美味い!
「おまちどうさま」
綺麗に盛り付けられたお刺身が出て来た。
うんうん、こういうの、こういうので良いんだよ。
あー、鰺のお刺身が脂がのって良いねえ。
ビールをぐびぐびっと飲んで口の中の味を洗い流す。
あー、美味しいよねえ。
こればっかりは一人で来ないと味わえないんだよね。
女の子と一緒だと色々気が散ってしまうんだな。
メニューを見る。
和食系のメニューが揃っているねえ。
あ、ぬたがあるな。
「ぬたください」
「はい」
「あと、日本酒、冷やで」
「はい」
ガラスのコップに日本酒がナミナミと注がれて、外のマスにまであふれ出た。
ああ、日本酒の良い匂いだね。
追いかけるようにぬたが出て来た。
青柳に茹でたネギ、辛子酢味噌が掛かっているね。
ぬたをパクリ、そして、日本酒をキュっ。
ああ、よくぞ日本に生まれけりだよなあ。
やっぱり良いよねえ。
料亭やお寿司屋さんで高い料理に美味しいお酒も良いんだけど、こういう気楽なお店で、ちょっと美味しい物を食べるのも良いんだよ。
うん、良いんだ。
美味しいね、キュッキュッと飲んじゃう。
顔がほてってきたね。
ちょっとお酒が回ってきた感じだよ。
すっと、酔いが醒めた。
両隣にガラの悪い感じの男が座ったからだ。
ちっ、楽しく飲んでるのになあ。
男は俺のビール瓶を持ち上げて勝手に自分のコップに注いだ。
「『サザンフルーツ』から、手を引けや、おっさん」
「石松くんの上司かな」
「まあ、そんな所だ。ただの冷凍倉庫の荷運びが出しゃばってくんじゃねえよ。殺すぞ……」
こっちのサングラスが兄貴、隣の若いのが実行係か。
若い方がガタイが良くて強そうだな。
「なあ、痛い目に合いたくねえだろ、わきまえろや。おじさん」
「……」
若い奴は黙って俺を睨んだ。
「バックには誰が付いてるんだい? ヤクザ?」
「まあ、そうだ、興行の世界には付きものだからな」
「『サザンフルーツ』をどうしてそんな手で潰そうとするんだ?」
「兄貴、こいつうるせえですね、やりますか」
「まあまて、ヤス。とにかくなあ、リーディングプロモーションを誰が牛耳るかの勝負なんだよ、寝癖オヤジの出る幕じゃあねえんだよ」
女将がこちらをチラリと見た。
「お客さん、警察に通報しますか?」
「それには及ばねえ、こいつとは友達でよ、なあ、おっちゃん」
俺はコップの中の日本酒をぐいっと飲み干した。
「知らねえ奴に友人呼ばわりされる覚えは無いよ」
隣の若い奴が黙ってつかみ掛かってきた。
ゴリ次郎にぶっこ抜かせる。
「ぎゃああっ、な、なんだっ、なんだっ!!」
「俺の能力を聞いて無いのか?」
「能力? お、お前なんだ?」
「た、たすけてくれー、は、放してくれー、たたた、たすけてたすけてっ」
空中につり上げられた若い衆が恐怖でパニックになった。
「誰が襲撃計画を進めてるの?」
「そ、そんな事……」
「ゴリ太郎」
ゴリ太郎が満面の笑みで兄貴の肩に手を置いた。
「ひ、ひいいっ!!」
「誰が後ろで糸を引いているんだ?」
「雁金興行だっ、片瀬の兄貴が……」
雁金興行の片瀬さんか。
あとで高橋社長に一報を入れておこう。
ゴリラたちに命じて、半グレたちを店の外に叩き出した。
奴らは泣きながら逃げていった。
「騒がしてしまって、ごめんね、これ、お釣りは要らないから」
俺は女将に一万円札を差し出した。
「良いんですよ、はい、お釣りです」
「迷惑料……」
「あなたは別に悪い事してないじゃないですか。また来て下さいね、ヒデオさん」
「あ、ありがとう」
なんで、俺の名前を知っているのだろうか。
動画配信のリスナーかな。