応接室に村田さんは先に来ていた。
出来るサラリーマンみたいなキリッとした人だね。
「初めまして、村田七郎と申します」
村田さんは立ち上がって名刺を出して来たね。
名前と、陰陽家って書いてあるね。
「初めまして、丸出英雄です、よろしくお願いします」
村田さんは俺の肩越しに後ろを見て、おおと目を丸くした。
「野獣形態の前鬼後鬼ですね、これは凄い、曾爺さまに聞いた通りの姿ですよ」
「そ、そうですか?」
野獣形態って言うんだ。
『うほうほ』
『うほうほ』
ゴリ太郎とゴリ次郎も村田さんに挨拶をした。
「立派な式神ですね。すばらしい、平安期に生まれた式神が現代まで保持されているとは驚きです」
「ありがとうございます」
村田さんは微笑んだ。
「つきましては、村田家に、どちらかの式神をお譲りできませんでしょうか?」
「は?」
え、ゴリラをどちらか渡せというのか?
「いや、この子たちは我が家に代々伝わっているもので、他人に譲渡とかは出来ないと思いますけれども」
「いえ、本来は丸出家と村田家、二つの家系で伝えて来た式神なのですが、江戸時代に何かありまして、丸出家だけに二体伝わってしまった感じなのですよ」
そんな事を言われてもなあ。
困ったなあ。
「まあ、証拠も無いのにそんな事を言っても受け入れられないですよね、では、今から証拠を見せましょう」
「証拠ですか?」
「はい、村田家にも式神の権利があるという証拠です」
「それは何なのですか?」
「あなたの式神を呪で護法童子に昇格させてみましょう」
「そ、そんな事が」
村田さんは立ち上がり、懐から鐘のような物を出し、不思議な節で何かを唱え始めた。
振り返ると、ゴリラたちの姿がぐねぐねとうごめき初めている。
な、何が起こっているんだ。
「あ、ヒデオおじさん、ゴリラたちの姿が……」
「な、なにいっ」
おお、なんだかゴリラたちが甲冑を着た武士みたいな感じの大男になったぞ、筋肉がムキムキだ。
すげえよっ。
『おお、何十年ぶりか、
『ざっと、百年にはなろうな、
「護法童子さま、顕現おめでとうございます、
『そうだ、村田の子孫よ、我は清明さまからお主の家に下賜され……』
『我は丸出の家に下賜され伝わった』
「おお、我が家の担当はゴリ次郎だったのか」
『そうだヒデオよ』
「そうかー、では行ってしまうの? ゴリ太郎」
『うむむ、そうだなあ』
ゴリ太郎改め、
しかし、ゴリラたちと喋る事が出来るとはなあ。
夢にも思わなかった。
あと、ゴリ太郎と別れるのも寂しいなあ。
「なんで我が家に二匹が伝わったのよ、ゴリ太郎?」
『それが解らんのだよ、ヒデオ。なんだか記憶がすっぽり抜けておってな』
『我も覚えていないな、野獣形態が長かったからかもしれぬ』
「護法童子にしてあげられなくてごめんなあ。でも、お前達と喋れてそれは嬉しいな」
『ああ、俺もだ、ヒデオ』
『俺もだぞ、ヒデオ』
俺とゴリラ二人は笑い合った。
なんだか良いねえ。
「それでは、
「たしかに、居なくなるとさびしいけれど、正しい系統なのならしかたがありませんね。ゴリ太郎、長い間ありがとう」
本当に寂しくなるなあ。
『そうだな、だが、ヒデオお前と、お前の父や、お前の祖父と暮らした日々は忘れないぞ』
「ありがとう、ゴリ太郎」
なんだか涙ぐんでしまうね。
ゴリ次郎が肩をやさしく抱いてくれた。
「それでは、支配を切り替えますね」
「支配?」
支配じゃないような気がするが、村田家ではそうなのかもしれないなあ。
村田さんは鈴のような物を出して、妙な節回しの呪文を唱えた。
村田さんの頭から鉄色の橋が延び、ゴリ太郎の頭と繋がった。
鉄色の橋なんだねえ。
「いいの? ヒデオさん、ゴリラさんを渡しちゃって」
「ゴリラたちは先祖から受け継いだ物だからね、正当な権利があるならしょうが無いんだよ、志保里ちゃん」
志保里ちゃんはなんだか納得出来てない感じの顔をしていた。
村田さんは、なんだか嬉しそうだね。
「それでは、今日はこれぐらいで失礼します」
「ゴリ太郎を大事にしてくださいね」
「はい、もちろん、それでは」
村田さんはゴリ太郎を連れて去って行った。
ああ、なんだか寂しいね。
でも、まあ、ゴリ次郎がいるからさ。
だんだんとゴリ次郎の姿がもこもこになって元のゴリラへと戻って行った。
「そうだ、あとで、ゴリラを護法童子にする呪文とかも教えてもらわないとね」
『うほうほ』
まあ、ゴリ太郎の新しい生活に幸あれと祈ろう。