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063 救済活動(9)~帰還~

「え……ヒーゴ王……それ本当ですか?! それは……めっっっちゃ嬉しいです! なあ! ばあちゃん!」


「蓮ちゃん……私、嬉しすぎて泣きそうばい……」


「へへ、ばあちゃん……何言ってるんだよ……もう、泣いてるぜ……」


「ぐすっ、蓮ちゃんこそ……」



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 ◆ ツクシャナの森南東部・猪族の村【ホシノエ】 ◆

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 次に向かった猪族の集落・ホシノエでは、俺やばあちゃん、日本人にとっては死ぬほど嬉しい出来事があった。


 なんと……『米』を作れるようになったのだ!


 猪族は元々、木の実や山菜を主食として生活していたが、土壌が貧しく、十分な食料が得られなかった。しかし――



「これは……稲じゃの。これを増やせば、米が作れるぞい」



 ヒーゴ王が僅かに自生していた稲の原種を発見したのだ!



《この稲は、古代米に相当する品種ですね。進化させれば、より栽培、収穫しやすい品種になるでしょう》


「ば、ばあちゃん!!!」


「はいよう!!!」



 俺たちは速攻で稲を原種から強制進化させ、山岳地帯に棚田を作り始めた。


 土壌開発については、ヒーゴ王の土属性魔法と地質学の知識が火を噴いた。元々、猪族は石の神を崇める種族。土属性の魔法が僅かながら使えるのが幸いした。時間は多少かかったものの、手作業と魔法を併用して、立派な棚田が出来たのだ。



「これで収穫時期になったら……米が……米が喰える!!! 猪族の皆さん! お米……このお米さんたち……どうぞ、どうぞお願いしまっす!!!」


 ――「「「お米さん……は……はい……」」」――



 俺は猪族の皆さんがドン引きする勢いでお願いした。でも分かって欲しい! 米は……日本人の命……魂なのだ!!!



「蓮さま、伊織さま。これで俺っちたちの村も、飢えることが無くなりやす……本当にありがとうございます!」


 ――「「「ありがとうございました!!!」」」――



 ホシノエでの最大の収穫は、農耕の文化が芽生えたことだろう。今まで自然に生えているものを採っていた彼らにとって、自ら作物を育てるという発想は新鮮だったはずだ。それに、米を作る技術が根付けば、今後の食糧事情が劇的に変わる。


 大狸商店街でもここでの経験を活かして、農耕を始めるのもいいかもしれない。


 米に夢を膨らませつつ、俺たちは次の目的地へと向かった。




 ◇     ◇     ◇




 サリサの作戦と加護の拡張のお陰で、その後の集落間の移動は劇的にスムーズにいった。もちろん、救済活動が全て順調にいったわけじゃない。



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 ◆ ツクシャナの森北東部・竜人族の村【ヒローゼン】 ◆

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 ツクシャナの森北東部・湿地の村『ヒローゼン』では、その湿気の為、竜人族全体に喘息や肺炎などの呼吸器系の病気が蔓延・慢性化し、深刻な状態だった。


 そこでウォルフが、風通しのいいウキヤグラの高床式住居を提案。これにより居住環境が改善され、湿気の多いヒローゼンでも快適に過ごせるようになった。


 また、湿地帯という事もありヒローゼンは良質な薬草の宝庫だった。村人たちの病気には、例のヴィヴィの薬膳料理が大いに力を発揮した。ヒローゼンの良質な薬草とばあちゃんのくさ汁を併用した薬膳料理で、見る間に村人たちは快方に向かった。



「薬膳料理のレシピ、こちらに記しておきます。材料は全てここで採れる薬草ですので、安心してください!」


 ――「ごほっごほっ! ありがとうございます……これでこの村も助かりました。お返しするものは何もございませんが、お役に立てる草花がございましたら、いくらでもお持ちください」――



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 ◆ ツクシャナの森北西部・ゴミ捨て場【ゴミの街】 ◆

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 猫亜人が多く住む『ゴミの街』は、北のノルドクシュと西のファクタとの中間に位置し、二つの都市から出るありとあらゆるゴミが集まり、最悪の衛生環境だった……らしい。


 というのも、俺たちがホシノエとヒローゼンでの救済活動を行っている時、サリサが並行して、ゴミの街の現状を視察し、対策の手を打っていた。相変わらずのシゴデキ王女だ。


 衛生環境の問題は大狸商店街ですでに対応していたので、その経験が役に立った。


 比較的、大狸商店街に近いこともあり(アポロとディアナと出会ったのもゴミの街周辺)サリサはバルトを中心としたドワーフたちを派遣。


 ゴミの仕分けと並行して、公衆トイレの建設、手洗い場の建設、最低限の住居の建設を僅か5日で行ったそうだ。ゴミ捨て場という事もあり、資材が豊富にあったことが幸いしたそうだ。



――「使えるものは何でも使わなくちゃあねぇ。じゃあ僕たちは先に戻ってるよぅ~! あとの治療面と食事面はよろしくねぇ! ほぅほぅほぅ!」――



 俺たちが到着したころには、すでにドワーフたちの作業は終わっており、帰っていくバルトの背中がめちゃくちゃイケオジだった。


 ゴミの街で仕訳けられた使えそうな資材は、大狸商店街と取引することになり、どこか闇市的だったゴミの街は、近代的なリサイクルの街に生まれ変わりつつあった。


 俺たちはくさ汁による『治療行為』と、ヴィヴィの『調理技術の指導』をやるだけでよかったが、やはりこの二つの行為は住民の心を鷲掴みにし、結果として、ばあちゃん(救い主)への信仰心は決定的なものとなった。



 ――「「「ぬ~しさま! ぬ~しさま!」」」――


「へはは~! た~まや~!!!」



 ――キューーーン…………ドォーーーン…………



 ばあちゃんは、訪れた村、全てで加護を発動し、その力はついにツクシャナの森全体に及んだ。そして、森の魔物の殆どが弱体化された。


 中には加護の力をものともしない強力な魔物もいたが、そのような魔物は自分の縄張りがあるようで、その縄張りに踏み込みさえしなければ、会敵することはない。


 こうして俺たちは、ひと月にわたる救済活動を終えたのだった。



(サリサ、ゴミの街の救済活動も終わった。一旦商店街に戻るよ)


(そうか! ご苦労だったな。気を付けて帰って来いよ。私は早くお前に会いたい……蓮、だいす――)


(サ~リ~サ~!!! この念話、みんなに聴こえてるんですからね! しれっと何を言おうとしてるんですか!)


(なんだヴィヴィか。ふん、お前こそ私の見てぬ間に、蓮によからぬことをしてはないだろうな? チエ! ちゃんと見張っておけよ!)


《……えー、そういう事は自然の流れに任せるのがいい、というのが私の考えです》


(私もそう思うばい~。こういうのは自然に自然に~。へへへぇ~)


(なに! 伊織! チエ! お前たちは誰の味方なんだ!)



 念話の範囲が広がるのはいいが、こうなってくると面倒くさいなぁ。



「チエちゃん……チャットルーム……閉じて」


《かしこまりました……》


(私だって、蓮と一緒に救済活動に同行したかったんだぞ! しかしそれじゃ商店街の守りや整備が手薄になるから、こうして残って――プツン!)


《……帰ったらサリサさまのフォロー、お願いしますね……》


「あ、ああ……」




 ◇     ◇     ◇




 ――「伊織さまと蓮さまが帰ってきたぞ~~~!!!」――



 ツクシャナの森にある主要な集落の救済活動を終えた俺たちは、ひと月ぶりに大狸商店街へと帰ってきた。


 サリサをはじめ、ローニャや商店の従業員たち、難民のみんなが、俺たちの帰りを出迎えてくれた。



「ただいま! みんな!」


「ご苦労だったな! みんなお前たちの帰りを今か今かと――う! 蓮……お前……匂うな……」


「え?! 匂う?!」



 街のみんなが、鼻をつまんで俺たちからすぐさまに距離を置いた。



「伊織ちゃんも、くしゃい……ローニャ……魔力吸いたいけど、これは無理」


「いい?! そうね?! 確かにお風呂には入れんやったばってん、そんなに匂うかね? 鼻が慣れてしもうて、自分じゃよう分からんね」



 見渡すと、難民のみんなは以前よりどこか小ぎれいになっている。旅立つ前はあんなに汚れていたのに……むしろ今は俺たちの方が髪の毛はバサバサ、顔には垢が浮いていて汚く見える。



「とにかくお前ら……風呂に入れ! 汚い!」


「わ、分かったよ……ヴィヴィ、江藤書店のお風呂沸かしてくれよ」


「はい……わかりま――」


「ふっ、何を言っている。お前らが入るのは江藤書店の風呂じゃない……ふふふ……おい! バルト! こいつらを連れて行くぞ!」


「はぁ~い。やっとお披露目だねぇ~」



 そう言って二人は救済組を商店街の中央部・桜ヶ谷酒店の方へ案内した。そこには――



「ほぅほぅほぅ! これぞ大狸商店街、新名物! 『たぬきつねの湯』だよ~!」



 なんと! 難民問題が浮上した当初から着工していた、公衆浴場がついに完成していたのだ!



「た、たぬきつねの湯……か、可愛い……」



 こ、これは……なんと立派な……嬉しすぎるぞ!






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