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065 どんまいウォルフ、いらっしゃい面倒な奴

 風呂から上がった俺たちは、さっそく契約の儀式をすることにした。アポロとヒーゴ王はバルトの店・スミスマルチーズへ、装備のメンテとツクシャナの地層について話しにいった。



 ――「開錠アンロック!」――



 桜ヶ谷酒店とドンガの契約はこれまで通り問題なく結べた。ドンガは桜ヶ谷酒店の店主となり、チエちゃんとの念話、チャットルームへの参加も可能になった。



「は、始めまして、チエさま」


《ドンガさま……|私《わたくし》に様付けなどおやめください。チエと呼び捨てで構いません》


「いえ! それは駄目でやす! チエさまのお陰もあって、この商店街が栄えているのは存じていやす! 新参者の俺っちが呼び捨てなんてとんでもない! それだけはご勘弁を……」


《そうですか……では無理強いは申しません。お好きにお呼びください》


「へ、へい! よろしくお願い致しやす! チエさま!」



 ドンガに授けられた桜ヶ谷酒店の恩恵は――



 ――――――――――――――


【桜ヶ谷酒店】


 店 主:ドンガ

 名 称:【醸神かもがみ


 能 力:

 ・菌の使役:ありとあらゆる菌を目視・自在に操る。酒造りをはじめ、発酵食品全般にその力を発揮する。


 ・菌の融合:異なる菌を掛け合わせ、新たな発酵食品を生み出せる。


 ・魔力付与:菌に魔力を付与し、発酵食品の効果を高められる。


 特記事項:

 ・減らずの樽:桜ヶ谷酒店に一つだけある最古の樽。一度仕込んだ酒は、樽を空にしても一晩で満たされる。酒など液体のみ適用。別の酒を仕込めば上書きされる。


 ――――――――――――――



 というものだった。



「か、醸神かもがみ……こ、これは……」



 ちょっと美味しいお酒ができればいいなぁ~くらいの軽い気持ちで契約したが、ドンガはいきなり神の名の冠する恩恵を授かってしまった。酒に限らず発酵食品など、菌に関しては最上級の恩恵ではないだろうか、これは。



「桜ヶ谷酒店……凄いな。なんでこんなに凄い恩恵が?」


《歴史……江藤書店に町史(町の歴史をまとめたもの)がありますが、桜ヶ谷酒店が大狸商店街で最も古い歴史を持っています。そのためではないでしょうか?》


「なるほどなぁ。良かったなドンガ!」


「へ、へい! 不肖ドンガ、誠心誠意、この酒蔵をお守りしやす!」


「れ、蓮さま! 俺も! 俺も早く契約をお願いしますっす!」



 桜ヶ谷酒店の恩恵を目の当たりにして、ウォルフは目を輝かせている。



「ウォルフも素敵な恩恵が貰えるといいでやすね!」


「ああっす! 楽しみっす!」



 ん? 待てよ……歴史の長さで恩恵の力が増減するなら……たぬきつねの湯は――



《残念ながら……恩恵はありませんね。ウォルフさまが新たに手に入れたのは、私との念話のみですね》



 やっぱりそうか。しかし、これで恩恵のルールがまた少し明確になった。『店の歴史』が恩恵の強さに関係するんだ。



「えっす……あっす……そっす、か……よろすくお願いすまっす……チエすま……」



 ――がっく~~~……がっっっく~~~!!!



 ウォルフは「すっすすっす」と声にならない声で、かっすかすに落ち込んでいた。む、惨い……



「す、すかたないっすね……」


「ま、まあ、新たに出来た施設だし、仕方ないのかもな……げ、元気出せ! ウォルフ!」


《現段階では恩恵はありませんが、もしかすると、これから発動する可能性も捨てきれませんよ? そのためには、このたぬきつねの湯を潰さないようしっかり盛り立てないと》


「そうでやすよ。俺っち、一生懸命酒造りしやすから、ウォルフはその酒を楽しんでもらえるよう、お客さまに出して欲しいでやす。二人で大狸商店街をもっと盛り上げていきやしょう!」


「そうっすね……風呂と酒と宿。最高の組み合わせっすよね」


「まるで俺っちたちみたいでやすね! ぶはは!」


「ド、ドンガ……!!! 俺! 頑張るっす!!!」



 後にこの二人は、『酒王』と『宿王』としてヒズリアにその名を轟かすが、それはまた別のお話。




 ◇     ◇     ◇




 よし! これで大狸商店街がますます盛り上がるぞ! と思っていたのも束の間。



 ――「ちょっと聞きたいことがあんだけどよぅ……おめさん、サキュバスの女、知らねぇか?」――



 背中越しにかけられた声に振り向くと、そこに立っていたのは、海賊服に身を包み、左目に眼帯をつけた長身の男だった。サキュバスの女? ローニャの事か?


 あの帽子、何て言ったっけ……そうだ、三角帽トリコーンだ。男は三角帽トリコーンのつばを人差し指で軽く押し上げ、不敵な笑みを浮かべている。



「おめさん、ここのボスなんだろ? 街の連中が教えてくれたよ。しかしこの街、すげぇな。いつの間にこんな街が出来たんだ? ツクシャナの森っつったら、死の森、不可侵の森だったはずだぜ? しかも魔物もなんか弱くなってっし……これ、おめさんたちの仕業?」



 手には小さな竿? 武器のようなものをちらつかせ、明らかに挑発的な態度、友好的ではない佇まいだ。



 「おいおい~。俺はおめさんに喋ってんだぜ? 無視してんじゃ……ねえよ!」



 ――バヒュン!



 男は手に持っていた短い竿のようなもので、何かをこちらに向かって飛ばした! まずい! 何か分からないが、この角度……ドンガに当たる!



施錠ロック!」



 ――ガキン!!! ビィーーーン……



「お、おお……」とドンガが驚きの声を漏らす。



「お?! 何だそりゃ?! 錠前か?!」



 竿から放たれたのは、拳ほどある巨大な釣り針だった。釣り針はドンガの顔面に当たる直前で中空に施錠ロックされた。あの速度で命中していたら、大怪我ではすまないぞ……



「あら……よ!」



 ――バキン! シュルルル……



 錠前は壊され、釣り針は男の手元に戻っていく。



「一発かましゃあ、口きいてくれると思ったんだけどなぁ……しくじっちまった。おめさん狙ったつもりだったんだがな。まあいいや。も一発いっとくか」



 男は再び釣竿を構えた。何だこいつ……手が早すぎるにもほどがあるだろ! 気づくとたぬきつねの湯の周りに、騒ぎを嗅ぎつけた人々が集まってきた。まずいぞ、あんなもん振り回されたら、誰かに当たってしまう!



「おい! ちょっとまて! いきなりで何のことか分かってないんだ! 攻撃するのやめろ!」


「おう、なんだい。ちゃんと喋れんじゃねえか。言ったろ? サキュバスの女、知らねーか? あいつがこの森に来てるってのは知ってんぜ。ローニャってやつなんだが」


「ロ、ローニャ……」



 やっぱりローニャか……あいつ、行く先々でやらかしてるらしいからな……どうする? しらばっくれるか?



《蓮さま……それはもう無理かと……》


(え? なんで?)


《出てきます》



 ――「いや~いい湯やったばいねぇ~! 私、三回も入りなおしたばい~!」――


「い、伊織さま……長湯が過ぎます……私、もうのぼせちゃって……」



 たぬきつねの湯から、ばあちゃんとヴィヴィが顔つるっつるで出てきた。そして……



「伊織ちゃん、臭くない! お腹減った! 頂きまぢゅぢゅぢゅう~~~」


「あがががが……ひと月ぶりの吸引……うひひひぃ~」



 何とタイミングの悪い……ローニャも一緒に風呂に入ってたのか。湯上りのコーヒー牛乳を一気飲みするように、ばあちゃんの魔力を吸っている。


 しかし色々まずいぞ……ローニャが魔族だってことは一部の店主しか知らない。この男はローニャがサキュバスだってことを知っている。きっとローニャがここにくる以前に何かトラブルがあったんだ。俺はウォルフとドンガに念話で話しかけた。



(ウォルフ! ドンガ! 人払いを頼む! 訳は後で説明する!)


(う、うっす!)(へ、へい!)


「うへへ、念話ってなんか耳が痒いっすね」


「そうでやすね。それより……皆さん! ここは危険でやすので、おさがりを!」



 二人が野次馬を遠ざける。しかし、その野次馬の中から前に踏み出るものが10名ほどいた。どう見ても堅気の人間ではなく、みな海賊衣装を身にまとっている。この男の仲間か……



(チエちゃん! サリ――)


《サリサさま、カリスさま、タリナさまにはすでに知らせてあります。しかし、お三方とも外壁工事の現場におられるため、到着まで時間がかかります》


(わかった。ありがとう)



「おう! 人払い助かるぜ。俺はあんまし手先が器用な方じゃなくてな。俺はブンゴルドで頭張ってるソニン・ブラーバってんだ。あんたは?」


「た、田中蓮だ。一応、この街の代表をやってる」



 ブンゴルド……海賊の頭? あ……! こいつか! ヒーゴ王が言っていた植物学者って!



「蓮さんよぅ……さっきの受け答え……何か思うところあるみたいだな。どこにいるか知ってるよなぁ?」



 知ってます! というか、あんたの目の前にいる幼女がそうです! こいつ……気づいてない? 妖女姿のローニャしか知らないのか。



「ロ、ローニャに何の用だよ?」


「ビンゴ!!! やっぱりこの街に来てたんだな。何の用かって? 俺はよ~、あいつにはとんでもない思いをさせられてよ~。海を統べる海賊の俺が、はるばる陸を歩いてこんな森へやってきたってわけだ」


「と、とんでもない事って……」


「いいだろう、教えてやる。あの女が俺にやったことを……あれはヨツシア大陸からブンゴルドに帰る航海だった……見張りの船員が報告に来たんだ。密航者を見つけたってな。俺らの船じゃ、密航は重罪だぜ。普通ならその場で首をはねるか、簀巻すまきにして海に沈める」



 どっちにしても絶対に死ぬじゃん……こわ! 海賊こわ~!



「ただ、船員が絶世の美女だっつーからよ、罰を与える前に顔を見てやろうと思ったんだ。それがいけなかったぜ……」



 ――『私に相手をしてほしかったらぁ~……全て脱ぎ去りなさぁい』――



「その一言で俺たちは完全にあいつに操られた。武器から何から俺たちは脱ぎ捨て、全裸であいつにかしずいた! 屈辱だったぜぇ……意識はあるのに抗えない……その密航者がローニャだったんだよ」



 嗚呼……魅惑テンプテーションが発動しているなら、武器だけ捨てさせればいいのに、全裸にくとか……妖女のローニャならやりかねない……



「あいつに操られた俺の船団はもう無茶苦茶だった。ある船は隣の船に衝突し沈み、ある船は浅瀬に乗り上げて座礁した。最終的にブンゴルドにたどり着いたのは、俺の旗艦・クロージャー号のみ……そして挙げ句の果てには、クロージャー号ごと港に突っ込ませやがった! そして気付いたときには、俺たちは全員ブンゴルド湾に全裸で浮いていた!」



 無茶苦茶やってるなぁ~~~! ローニャ! 船団を壊滅させたのか! そりゃ恨まれて当然だ!



「俺はあいつを……あいつを絶対に~~~!!!」



 これは、絶対にローニャの正体をばらせないぞ……



「絶対に~~~!!! 嫁にする!!!」


 ・

 ・

 ・


「はあ?!!!」


「あんなとんでもない女ぁ、他にいねえぜ! 惚れた!!! 絶対にものにしてみせるぜぇ!」



 うわ~……こいつ……女性の好みがねじ曲がってやがる。



「ってなわけで……あいつの居場所を教えな! さもないと俺の竿が……暴れまわるぜぇ~。へへへぇ~ローニャはどこだぁ~」



 ソニンは釣竿を撫でながらローニャにうへうへと想いを馳せている。こいつ、気持ち悪いなぁ……第一印象は豪快な海賊かと思ったけど……変態なのかもしれない。はぁ、帰ってきたばかりなのに、また面倒な奴が現れた。


 あ、ちなみに先に結論を言っておくが、どういう訳か、こいつは俺の弟、正確には弟分になってしまう。



 ――ぢゅぢゅぢゅ~~~


「あががが~!」



 ローニャは魔力を吸うのに夢中で、こっちの事はまるで気付いていない。


 ……おい! お前のせいで俺は変な奴に絡まれてるんだぞ!


 吸ってる場合か!!!






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