救済活動を終え、ようやくゆっくりできるかと思っていたのに……俺は変な海賊にうざ絡みされている。やだなぁ……面倒だなぁ。
「俺は強え女が好きなんだ。でも強いだけの女なんて、この稼業やってりゃごまんといる! だがなぁ、あいつほど滅茶苦茶な奴はいねぇぜ! たった一人でブンゴルド最強を誇る俺達ソニン海賊団を壊滅寸前にまで追い込んだんだからよ! へへへぇ~! 俺は忘れられねぇんだぁ~! あの人を蔑むような、まるで虫を見るようなあいつの眼差しがよぉ~! あいつの力の前に俺は……まさに身も心も……身も心もぉ~!!! おへぇ、おへへへぇ! あいつを妻にしたらどうなると思う!? どうなると思うぅ?!」
いや、知らんよ! そんなこと! こいつ、ソニンとか言ったか、さっきから一人で何言ってんの?! 気ん持ち悪ぅ~……どういう思考回路をしてるんだよ。
ソニンはさらに自分の部下たちに問いかけ始めた。
「なぁ~、お前らはどう思うぅ? なぁ? なぁなぁ!」
――「「「へ、へい……」」」――
「いいんじゃないでしょうか……かしらが良ければ……」
「そういうことを聞いてんじゃねぇ!!! あいつを妻にしたら『俺』が! 俺がどうなるかって聞いてんだよ!!!」
――(((また始まった……面倒くせ~……知らないよそんなこと)))――
あ、船員たちもすごく面倒がってるのが俺にも伝わった。船員たちは一様にもじもじとかける言葉を探している……無いよ! みんな! こいつにかける言葉は無い!
「くそ! もういい! お前らにはわかんねぇ! あいつの魅力はよ!!!」
《まあ、ある一定数、こういう性癖の方はいらっしゃいますので……理解できなくもないとも……言えなくもないかもしれません》
(いやどっちよ。無理にフォロー入れなくていいよ、チエちゃん)
「おい! 田中蓮! ローニャの居場所、知ってんだろ! 早く居場所を教えな! さもないと……さもないと! この街がどうなっても――」
――バサッ! シュルルル!
「――んが!!!」
ソニンの後ろから、網のようなものが大きく広がり、一瞬で彼に纏わりついた。網の四隅には釣りで使うような重りがついており、その慣性で網が勢いよく回り、瞬く間に彼を
――「「「ふ、副船長!!!」」」――
「全く……ここへは略奪に来たわけじゃないのですから、暴れないで下さいとあれだけ釘を刺していたのに……早速ですか」
副船長? この綺麗な人が? 女性は簀巻にされ地面に転がるソニンに「ち! すぐ面倒を……」と舌打ちと冷ややかな目線を送り、俺の前に歩み出た。
あー……何となく関係性が見えてきたぞ。
「うちの船長が大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。私はソニン海賊団の副船長をしております、マーサ・クレインと申します。田中蓮さま、以後お見知りおきを」
「え? あ、はい、よろしくお願いします……」
なんだ? この人は凄くまともそうだ……確かに船長があれじゃ、部下がしっかりしていないとまずいよな。
「ソニンさまは元々アレでしたが、あの魔族の女との一件以降、更に壊れてしまい、あの女のこととなると、ちょっと、その、更にアレでして……申し訳ない」
「いえ……あ、そうですか……なんか、大変そうですね」
「ちげーよ! 壊れてねーよ! アレとか言うな! 目覚めたんだよ! 謝ってんじゃねぇよマーサ! わかってくれよぅ〜! お前らぁ〜!!! ローニャはマジで特別なんだって!」
「お黙りなさい! そんな事ばかり言って! ようやくクロージャー号の修復も終わったというのに、こんな森の中まで船員を引き連れて……あなたという人は何をやっているんですか!」
海賊たちはうんうんとソニンをしり目に頷いている。海賊たちの苦労が垣間見えるな。
「こいつらとは、ついてくるかどうか賭けをして勝ったんだから、いいだろうがよ! 海賊の賭けは絶対の掟だろうが!」
「はぁ……まったく……お前たちもバカな賭けをしたもんですね」
「だ、だってよう、副船長! 酒、ひと航海分と金貨5枚だぜ? こんな美味しい賭け、やらねぇ海賊がいるかよ! なぁみんな!」
――「「「おうよ!」」」――
「馬鹿どもが……なにがおうよですか。船長と賭けで勝てるはずがないでしょう……仕事も山積みだというのに、船長はともかく、お前たちまでいなかったら仕事にならないでしょう。もう少し団員としての自覚を持ってください。馬鹿たれが」
――「「「す、すいやせん……」」」――
「マーサ! 賭けは絶対だぞ!」
簀巻のソニンがクネクネとマーサの足元へにじり寄った。こいつ本当に気持ち悪いな。顔立ちは整っているのに……なんて残念な船長だ……
「私は賭けはしておりません。あなた達だけだといつまでもフラフラするから、ついてきているだけです。海賊協会やギルドからの仕事の発注が山ほど溜まっています。それに船の修理にもかなりの額がかかりました。こんなところで油を売っている場合ではありません。もっと船長としての自覚を持ってください。この大馬鹿たれが」
「大馬鹿……てめえ! 船長に向かってなんて口を――ふげ!」
マーサはソニンの顔に腰を掛け、膝組をし、たばこに火を点けた。
「ふぅ~……事実だから仕方ないでしょう。馬鹿どもの頭目であるあなたは大馬鹿に違いありません」
「く、くそ~好き放題言いやがって……いいケツしてんじゃねえか。へへぇ……これで胸がデカけりゃ――」
――ガスッ!
「――おごぅ!!!」
マーサはソニンの鼻っ柱を踵で打ちつけた。痛そう~……しかしこの男は駄目だ。デリカシーもない。もうこのマーサって人が船長でいいんじゃないだろうか。
ソニンの強烈なキャラや海賊たちの関係性に気を取られていたが、ここでローニャの魔力吸い吸いタイムが終わってしまった。
「ぷは~~~! お腹いっぱい! 伊織ちゃんごちそうさま!」
「ちょっと吸い過ぎばい……せっかくお風呂で生き返ったのに、私もうカサカサになっとらんかね?」
「だいぶ吸われましたね……保湿をした方がよいかと……」
「ヴィヴィちゃん、お風呂、もっかい入ろうか?」
それがいい! いけ! お前らもう一度風呂に入れ! と念話をしようとしたが……
「あ! れんだ!」
駄目だ……ローニャが俺に気付いた。
「もうお腹パンパンだけど……れんの魔力……デザート!!!」
「あ! こら! やめろ! 俺はデザートじゃない!」
――がばっ! ぢゅぢゅぢゅ~~~
ローニャが猫の赤ちゃんの様にパンパンのお腹のくせに、素早く飛びつき、俺の首元から魔力を吸った!
――シュゥゥゥ……ボン!
ほんの少し魔力を吸ったあたりでローニャが輝きだし、破裂音と共に煙が辺りに立ち込めた。周囲に甘い香りが漂い、煙が晴れていく。そこには加護の中にも
「お前! なんで戻ってんだ?!」
「あれ? ちょっと、食べすぎたかしら……」
「ローニャ?! お前……ローニャじゃないか!!!」
簀巻のソニンの目は見開かれ、真っ赤に充血している。はぁ……やっぱりバレる流れか……
「ん? なに? この芋虫……あんた誰?」
「俺だよ! 俺! ブンゴルドの! お前にめちゃくちゃにされた海賊! ソニンだ! ソニン・ブラーバだ!」
「ソニン??? 誰それ……知らな~い」
「そ、そんな……あんだけの事しといて、覚えてないのか……?!」
「うん。覚えてないわ。誰? あんた。そ・れ・よ・り! 蓮の魔力って……やっぱり特別なのよねぇ~! わ・た・し……溢れちゃった~」
うわ~~~……それよりって……ローニャ、それはないだろう。せめて覚えておいてやれよ……これは流石にソニンが惨すぎる……
「くそ……俺たちを操り、全裸にひん剥き、船団を壊滅させておいて……覚えてないだと……!!!」
ソニンは顔を伏せ、ぶるぶると怒りに震えている。少しだけ……こいつに同情してまいそうだ。これはローニャが悪い。やっぱ魔族ってあんまりいい存在じゃないのかもしれない……
「なんて女だ……たまんねぇ……惚れ直したぜ!!!」
えええ~~~?! マジでなんなのこいつ?! マジで理解不能なんだけど!
「ローニャ! ローニャ……ローーーニャーーー!!! うおおお!!!」
「ちょっと! 船長! うわ!!!」
――ビリビリビリ! ばりっ!!! バサァ……
ソニンは簀巻のままマーサをはねのけ、一瞬で拘束網を引きちぎった。嘘だろ……どんな力だよ。そして、拘束網を引きちぎるついでに、何故か海賊服も弾け飛び、ソニンはパンイチになってしまった。なんでだよ……
「てめえ~~~!!! 田中蓮!!! そいつは俺の女だ!!! なにくっついてやがる!!! ローニャから離れろ!!!」
「はぁ?! 違う! ローニャが勝手にくっついてきてるんだ! お前の目、どうなってるんだ!」
「勝手に?! そうか……そういうことか! そういうことなんだな?! 田中蓮!!!」
「どういうことだよ!!! お前変だぞ! 話を聞け!」
ソニンは俺の声など全く耳に入っていない様子で、首にかけられた金細工の紋章を握りしめ、ブツブツ言っている。
「……こうなったら仕方ねぇ……とことんやるしかねぇな……」
その様子をみたマーサが焦って声をかける。
「ま、まさかこんな事で海の誓いを……ちょっと!!! 船長!!!」
「田中蓮! 俺とお前で……決闘だ!!! この海の紋章に誓って、ここにお前に決闘を申し込む!!! お前はローニャ! 俺は……この船長の座を賭ける!!!」
「ああああ!!! このバカ船長! 宣誓しやがった!!! 何をやってるんですかぁ~!!!」
もう何が何だか分からないが、俺はバカに決闘を申し込まれた。