――「田中蓮! ローニャと船長の座を賭けて、俺との決闘を受けろ!!!」――
ソニンが紋章のようなものを掲げ、決め顔で俺に決闘を叩きつけてきた。顔は決めてるがお前……パンイチだぞ。締まらないだろう。
「おお! 船長が決闘を申し込んだぞ! こりゃすげえや! 船長本気だ!」
「やれ! やれ! ぶっ殺せ!」
「俺は船長に賭けるぜ! 今晩の酒代だ!」
「馬鹿野郎! みんな船長に賭けるに決まってるだろ! 賭けにならねぇよ!」
「違いねえ! 何でも構わねえ! 船長! やっちまってくだせい!」
「くっはは~~~!!! ぶちかますぜぇ~~~!!! こんなやつ、軽くひねってやらぁ!!!」
――「「「おお~~~! せーんちょう! せーんちょう!」」」――
海賊たちは大盛り上がりだ。それよりお前ら、こいつのなりが気にならないのか? それともこいつ、毎度こんな感じなのか? あまりの置いてけぼり感で、少し腹が立ってきたぞ……大盛り上がりの海賊たちの中、マーサひとりだけ深刻な顔をして眉をしかめている。
「まずい……これでもし、このバカが負けるようなことがあれば、本当にソニン海賊団は……」
この人、今、バカっていったよね? 海賊の決闘や宣誓が、どんなものかは知らないが、なんか大ごとなんだろう……しかし、みんな盛り上がっているところ悪いが……
「嫌です。受けません」
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・
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――「「「え?」」」――
「なんだとう?! う、受けない?! ど、どういうことだ! 田中蓮!」
ソニンは予想外の返答にパンイチで大慌てをしている。ようやくちゃんと話を聞く気になったか。
「はぁ……どういうこともなにも、そもそも俺は海賊の船長の座に興味がない。だからその決闘の申し込みは、受けません。それに……あんたが本当にローニャを振り向かせたいなら、俺なんか関係なく、自分の力でやるのが筋じゃないか? それを自分たちだけで勝手に盛り上がりやがって……顔を洗って出直してこい」
「が、がーーーん!!!」
こんな喋り方をしてしまったことに自分でも驚いた。何と言うか……何だかこいつらの身勝手さに少し腹が立ったのだ。
いや……違うな……ああ、そうか。ここひと月救済活動で気を張ってて、ようやくゆっくりできると思ってたところだったから、こんなにイラついてるのか。
それにこいつ、こんな街なかで武器を振り回しやがって。もし街の住人に当たったらどうしてくれるんだ。あ……やっぱり俺、今かなり苛ついてるな……だんだん腹がたってきた。
「け、決闘だぞ?! 普通断るか?!」
「普通? お前らの普通なんか知らん! 断る!」
「ええ?! せ、宣誓までしたのに……じゃ、じゃあ、俺はどうすればいいんだ! 田中蓮!!!」
「知るか! 自分で考えろ。お前らのルールを勝手に押し付けるな! それと……ローニャはモノじゃない。賭けの対象にするなんて……言語道断! お前、逆の立場だったら嫌だろ? 相手の立場で想像したか?」
そう、令和の現代の価値観だったら、今俺が言ったことは当然の事なのだろう。このヒズリアは奴隷制度に代表されるように前時代的なのだ。たぶんソニンに悪気はない。ただそういう倫理観自体がまだ遅れているのだ。
「どうなんだ? 相手の立場を想像して、ちゃんと考えてもの言ってんのかって聞いてるんだ」
「た、確かに……俺としたことが、ローニャの気持ちを考えてなかった」
「だったら、まずそこからやり直せ……ったく……そんな考え方をする奴がいるから奴隷制度なんてもんがはびこるんだ」
ここでマーサが「田中さま……あなたは……」と俺の奴隷制度に関する発言にわずかに反応した。
以前、ヴィヴィに聞いた話だが、奴隷の輸送……いや、移動には海賊の船を使う事が多々あるそうだ。もしかしたらこいつらも関わっているかもしれない。
「れ、れ〜ん!」とローニャが俺に抱き着こうとしたが、俺は片手で制した。
「ローニャ。お前もお前だ。今までは好き勝手やってきたかもしれないが、この街で暮らすなら、やっていい事と悪い事の線引きをしろ」
「で、でも! あいつら海賊だよ?」
「関係ない。それはそれ。これはこれ。お前、1000年生きてそんな事も分からないのか? お前もそこからやり直しだ。わかったな?」
ふと視線を横にやると、ばあちゃんとヴィヴィが呑気にばんこ(木で出来た腰掛け。爺様たちがよく将棋をさす台)に腰を掛け、コーヒー牛乳的なものを飲んでいる。なんだそれ……美味そうじゃないか。男の脱衣所にはなかったぞ。どういうことだ。
「あり? なんか蓮ちゃん……めっちゃ怒ってない? グビッ」
「今日の蓮さま……なんか怖いです。グビビッ」
《お二人が出てくる前にちょっとありまして……蓮さま、汚い言葉を使わない分、丁寧に真っ直ぐお怒りになられるので、ある意味迫力がありますね……》
ったく……俺が海賊に絡まれてるってのに呑気なもんだ。とにかくあとであの飲み物買ってきてもらおう。いや、違う! 今はローニャだ。ローニャが今までどんな風に生きてきたか知らないが、恐らくこんな風に叱られたことがなかったんだろう。ぷるぷると唇をかみしめ、涙目になっている。
「う……ご、ごめんなさい……」
「違う。俺に謝るんじゃない。こいつらにきちんと謝れ」
「はい……えっと~……ソニック海賊団?」
「ソニン海賊団」
「ソニン海賊団の皆さん……船壊しちゃって、ごめんなさい……」
ローニャは深々と海賊たちに頭を下げた。
「あ、あの国落としのローニャが……素直に謝った……?!」とマーサが驚きの表情を見せた。
俺に叱られ急にしおらしくなったローニャをみて、ソニンは驚きと戸惑いを隠せないようだ。つられて自分もモジモジしている。
「お、おう……ま、まあ、お前がそういうなら? その、あれだ……船を沈めたことは許して――」
ここでソニンの言葉を遮るようにマーサが割って入った。
「いえ。その謝罪は受け取れません。もはや謝って済む問題ではありませんからね。そんな薄っぺらい謝罪で、その女に受けた被害が無くなるわけではないのです。罪には罰を……田中さま……その女を引き渡して貰いましょうか」
「おいマーサ! それは俺がローニャを――」
「ソニンさま。ここからは私が交渉いたします……私に任せてお黙りやがれ」
「……おう。わかった……任せる」
なるほどな……こういう交渉事はこのマーサって副船長が仕切ってるのか。確かにソニンは交渉ごとには不向きの性格だろうし、この女……厄介そうだ。どことなくサリサを思わせる。冷静沈着で頭が切れる有能な副官ってところか。
「……引き渡したらローニャはどうなる?」
「死罪です。当り前でしょう。密航したうえ、海賊の船を沈めたのですから。こちらの面子は丸潰れです。お分かりでしょう? 裏の世界の人間の面子を潰すことがどれだけの事か。海賊稼業……なめられたらお仕舞いなのですよ」
どこの世界でも裏の世界の人間は同じような事を言うな……まあ俺が知ってる裏の人間はドラマや小説の中だけだけど。
「……幸い魔族は裏ルートで高値で売れます。エストキオにつてがありますので。この女……その筋では伝説的な魔族……十二分な額は得られるでしょう。まぁ、売られた後どうなるかは、こっちの知ったことではありませんが」
「はぁ?! マーサ、ローニャを売るってお前何を――」ソニンの言葉尻をマーサが再び遮る。
「田中さま、悪い話ではないでしょう? その女を引き渡せば私どもは手を引くといっているのですから。そちらも厄介払いが出来ていいんじゃないですか?」
「お前ら……いつもこんな風に人身売買やってんのか?」
「さあ……それはどうでしょう。あなたには関係のない事です」
否定はしない、か……
「見たところこの街……奴隷が多くいるように見えますが、どういう事でしょう。所有者はいらっしゃるのですか? それぞれ自由に行動していますね……みな、あなたの奴隷なのですか?」
「違う!!! そんなわけないだろう!」
「ほう……ではここにいる奴隷たちはなんなのですか? まさか……盗んだのですか?」
「ぬす……! おい! さっきから言ってるだろう! 人はモノじゃない! そんな言い方をするな!」
さっきからなんだ……こいつの言葉がいちいち胸の奥をかき回す。冷静にならなきゃいけないのに……
「……なぜこの街の奴隷たちは自由に生活をしているのですか?」
まずいな……こいつ……嫌なところを突いてくる。流石切れ者の副官ってことか……
俺たちは難民を受け入れている。その中には所有者から逃げてきた奴隷も沢山いる。雇用契約を結べば隷属の紋から解放されるが、全ての奴隷を開放するには、まだ商店街の態勢が整ってない。そんな状態で多くの人に商店街の秘密を共有してしまうと、情報が流出してしまう恐れがあったからだ。
だが、今や大狸商店街はツクシャナの森の主要な集落と協力体制をとれるほど、その影響力は大きくなった。もはやこれまで通りというわけにはいかないだろう……こいつらの様に、外部の勢力がいずれ接触してくる。
「田中さま。 ご説明……願えますか?」
いつまでもこのまま騙し騙しで済むはずがない……
「……はっきり言おう。俺はこの世界の奴隷制度に反対だ。虫酸が走る」
「ほう……海賊を前にこれはまた……ご存知なんですよね? 我々がその奴隷制度の一端を担っていることを」
「お前ら海賊が奴隷の移動を生業の一つにしていることは聞いてる。だがそんな事は関係ない。ここは俺たちの街だ。俺たちのルールでやっていく。お前らに関係ないことだ」
「……貴方がたのルールとは?」
あー、もうダメだ……もっと上手く交渉できれば良かったかもしれないが、無理だ……我慢出来ない。サリサには後でしっかり怒られよう。
「人はみな平等とは言えない……だが、対等であるべきだ。この街では全ての人々が対等に生きてもらう。奴隷も貴族も関係ない。金が欲しけりゃ働いて、豊かになりたけりゃ、学んでもらう。そのすべての権利を俺は認める。誰にも文句は言わせない」
「これは……面白い……奴隷達をどうするつもりですか? やはり所有者から奪うのですか?」
「……分からない……俺はこの国に来てまだ日が浅い。だからこの世界のルールをまだよく知らない。だが奴隷制度が間違っているのは分かる。必要があればそうするかもしれない。そしていずれ……いずれ、この街を拠点にして、全ての奴隷を解放するつもりだ」
あー……やってしまった。これでもう後戻りできないぞ……
「全ての奴隷を……解放……本気ですか?」
ヴィヴィが二本目のコーヒー牛乳的なものを手に、俺に視線を向ける。その二本目……俺にとっておいてくれないだろうか。
「……ああ。今すぐには無理だけど、この街なら……それが出来る」
「そう、ですか……ソニンさま以外に……くっ……」
マーサは声を震わせ口に手をあてがった。その瞳には光るものが見えた……
「ソニンさま以外に、こんな方がいらしたとは……」
え? 涙……?! な……泣いてんのか?! うそぉん?! もう! マジでなんなのこいつら! 掴みどころがなさ過ぎて、訳が分からない! なんでここで泣くのさ?! こっちが泣きたいよ!