目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

068 ソニン海賊団(3)~涙のわけ~

 ――「ソニンさま以外に……こんな方がいらっしゃったとは……」――



 まさかのマーサの涙……俺は訳が分からずただ茫然と口を開けていた。



 ――パシィッ……!!!



 ソニンが膝を叩き、天を仰いだ。真っすぐに空を見上げたその瞳は、ローニャのそれと同じように輝いている。



「くっはは〜!!! たまんねぇな! ローニャを探してこんな内地に来てみりゃあ、とんでもねぇ出会いがあったもんだぜ! なぁ、マーサ! 俺の強運、すげえだろ!」


「ええ……本当に……強運だけは、あなたに敵うものはありませんね」


「だけはって何だよ! ツラもいいだろうが!」



 ソニンが笑みを浮かべ、眼帯に手をやった。



「へへ……マーサ……こいつ、田中蓮……視るか?」



 眼帯を少しずらした左目が、うっすらと光を放っている。



「いえ……必要ありません。こんな嘘をつく必要がありませんし……船長の眼で視るまでもなく……私はこの方の言葉を信じます」


「おい……どういうことだよ! 話が全然見えないぞ! お前らマジで何がしたいんだ!」



 マーサは静かに俺を見据え、口を開いた。



「分かりました……田中さま……あなたになら私の全てをお見せしましょう。こちらへ……」



 そう言って、俺を建物の影へ誘導する。そして、振り返りざまに鋭い視線を海賊たちへ向けた。



「お前たちは向こうを向いてろ。絶対に見るなよ? 少しでも見たら……沈めるぞ?」



 ――「「「へ、へいいい!!!」」」――



  海賊たちは一斉に背を向け、肩をすくめる。この人、本当に怖いな……だてに海賊団の副船長じゃない。マーサはおもむろに海賊服のボタンに手をかけ、ゆっくりと上着をはだけた。



「おい! ちょちょちょ! ちょっと待って! なんでいきなり脱ぎはじめ……るん――」



 次の瞬間、俺は言葉を失った。彼女の背中にはおびただしい数の古傷が刻まれ、首筋には奴隷の証である隷属の紋がはっきりと刻まれていた。マーサは何事もなかったようにすぐに服を整え、襟元を正した。



「……お分かりいただけましたか?」


「あんたも……奴隷だったのか?」


「ええ」



 そう応え、彼女が海賊帽をとると、頭部にはウサギ耳のようなものが生えていた……わずかに認識できなかったのは、その耳がむごたらしく短く切られていたからだ。



「私だけでなく、ソニン海賊団の船員は殆どが『なにかしらの亜人』で……元奴隷です……おい! お前たち!」



 マーサが軽く目配せすると、船員たちは頭に巻いたバンダナを取った。露わになったのは、切り落とされた耳、深い傷跡が残る額、折れた角。彼らの中には、尻尾が途中で途切れた者もいれば、片腕がない者もいた。


 そして、首には一様に隷属の紋が刻まれていた。



「もうお分かりと思いますが……船長は奴隷を買い取り、船員として船に乗せています。私たちの所有者は船長です」



 ソニンが俺を見据え、真っすぐにこちらへ歩いてくる。



「まあ、そういうこった……田中蓮! 単刀直入に言う。この街の奴隷……全て俺に売れ」


「はぁ?!」


「おめさんの気持ち……俺も同じだぜ。俺はいつか全ての奴隷を買い取って、俺の船に乗せるつもりだ」


「全てって……全ての奴隷を海賊にするのか?!」


「おうよ! 最強のソニン大船団だ! 海は良いぞ~! どこまでも、どこへでも……自由に行ける。人は自由でないとな……俺はそうするつもりだ」



 こいつ……無茶苦茶な事をいっている……全ての奴隷を買い取る? どれだけ金がかかるんだ? このヒズリアにどれだけの数の奴隷がいるんだ? なんかスケールのデカさが違うぞ、こいつ……



「田中蓮。おめさん、さっき『この街ならそれが出来る』といったな。そりゃどういうこった? おめさん、どうやって奴隷を解放するつもりだ?」


「それは……」



 どうする。ここで商店街の秘密を話すか? 本当にこいつら信用できるのか? ただあの隷属の紋は本物だ。こんな手の込んだ嘘を仕掛けてくる意味がない……どうする……



「もし考えがまだないなら、この街の奴隷……俺が買い取ってやる。もしおめさんの奴隷じゃないなら、俺が教会にナシつけて、持ち主から引き取る。悪い話じゃないだろう?」


「……なんだって? なんでお前が引き取る必要があるんだ? この街の奴隷は隷属の紋はあるけど、自由に過ごせている。その必要はないだろう」


「おめさん……この国に来て間もないんだったな……知らないのか? マーサ!」


「田中さま……隷属の紋は単なる刻印ではありません。所有者は奴隷の居場所を把握できる仕組みになっています。この街に多く滞在する逃亡奴隷……彼らがここで自由に過ごしていることは、すでに多くの所有者、特に貴族たちは把握しているはずです」


「そ、そうなのか?」


「ええ。いずれ、貴族階級の者たちが動き出すでしょう。そしてこの街が、奴隷をかくまっていると認識されれば、決して見過ごされることはありません。教会やギルドも動き出すでしょう。貴族と彼らは深いつながりがありますので……」



 サリサがツクシャナの森の統治を急いだのはこれも関係あるのか? 各国のスパイが紛れ込んでいると言っていたし……俺やばあちゃんが呑気に考えていたより、深刻な事態なのかもしれない。



「しかし不思議なのが、これだけの数の奴隷がいて、なぜ教会もギルドも手をださないのか……」



 あー……それは、あそこでコーヒー牛乳的なものを飲んでいる、俺のばあちゃんのせいです。ばあちゃんの森湧顕地もりわきけんじが抑止力になっていて、多分、今みんな様子見をしていると思いま――あ! あいつらいつの間にか、かき氷食べてる!!! しかもローニャまで!!! あいつ! ちょっと謝ったからって……全然反省してないな!



神水じんすいのかき氷、めっちゃ美味しいやん! これ、ヴィヴィちゃんが考えたん? シャク」


「はい。ソースはベリーを甘く煮詰めてかけてあります。ドワーフさんたちが暑いから、何か冷える食べ物が欲しいっておっしゃってましたので。シャク」


「甘くて美味しいわぁん! シャクシャク」



 あれも後で追加注文だ。夏にはやっぱりかき氷だろ。待ってろ、コーヒー牛乳とかき氷。はやくこの海賊たちと話をつけなければ。



「あ、あのさ、隷属の紋ってさ……消せば……いいのか?」


「いえ、隷属の紋は所有者間で、奴隷の売買・譲渡を成立させないと上書きできない術式が施されています」


「エストキオ教会の強力な紋だ。消すことは不可能だな」



 いや……大狸商店街で雇用契約を結べば、隷属の紋は上書きされ消すことができる。



「もし……消せる……といったら?」


「な……に……?」



 ソニンをはじめ、マーサや船員たちの顔に衝撃が走った。ソニンとマーサは顔を見合わせ、辺りを見回し小声で続けた。



「……おい! 田中蓮! 出来るのか?! そんなことが!」


「田中さま……軽口は叩かない方が身のためです。もしそんな事を言っているのが教会の耳にでも入ったら、邪教の街とされ、聖騎士団にうち滅ぼされますよ」


「マーサ、待て。ここからは俺が話す……服を!」


「はい……おい!」



 マーサが指示すると海賊たちがソニンにテキパキと服を着せた。手慣れているので毎度の事なのが容易に想像できた。



「田中蓮。聞かせてくれ。隷属の紋……消せるのか?」


「それは……」



 これは……間違いなくこの街の分岐点だ。この返答如何で大きく筋が変わってくる……



「他言はしないぜ。信用しろ……俺は嘘はつかねぇ。絶対にだ。この眼にかけてな」



 ソニンは左目の眼帯を外し、右目につけなおした。ソニンの左目は淡く輝き、瞳の奥に天秤の様な紋様が浮かんでいる。



「俺の眼は生まれつきこうなんだ。固有スキルってやつか? この左目は『真眼の天秤』といって、視た者の魂の揺らぎをみることが出来る。その揺らぎで、そいつが真実を言っているのかどうか分かるんだ」



 固有スキル……ヒーゴ王や俺と同じ部類の……この世に数えるほどしかいないとサリサが言っていたな。



「ただ、俺自身が嘘をつくと……魂を偽れば、この左目は視力と共にその力を失う。永遠にな」



 ソニンは金貨を取り出し、コイントスをした。



 ――ピィン! パシッ!



 金貨は表だった。



「表だ……俺の左目が視えているってことは、俺は生まれついて一度も嘘をついたことがないってことだ。信じてくれ」



 ソニンの左目が俺の眼を真っすぐに見つめる。淡く輝く天秤が左右に揺らめいている。さすが海賊……信じてくれとは言っているが、どのみちこの眼があれば、俺が嘘をついても分かってしまう。つまり交渉の余地はないってことじゃないか。


 いや……ソニンは交渉をしているんじゃない……こいつはわざわざ自分のスキルを、手の内をさらした。まず自分が嘘をつけないことを示し、俺にも嘘をつかせないようにした上で……嘘偽りなく正面から話そうとしている。


 なるほどね……ただの変態海賊かと思ったが……ブンゴルド最強船団の船長ってわけか……



「分かった。信じるよ……隷属の紋は……消せる。この街で従業員として雇用契約を結べば、契約が上書きされる。その際、隷属の紋は跡形もなく消える」


「ま……じか……」


「ソニンさま……! 天秤は……?!」


「がっつり右だ……こいつの言っていることに嘘はねえ……」


「ただ、今この街は準備段階だ。全ての人たちを雇用できる状態じゃないんだ……」


「どういうこった? 教えてくれ……頼む」



 もうこいつに嘘も隠し事もできない。面倒臭そうな奴だが……真実の男でもある。全てを話そう。



(チエちゃん、サリサや街の代表たちにこれまでの経緯を伝えてくれ)


《……よろしいのですね? 蓮さま……もう後には引けませんよ?》


(ああ。遅かれ早かれ、必ずこの状況にはなってた。今がその時だ)


《かしこまりました》



 俺はソニンとマーサに、これまでの経緯、つまり異世界から転生してきたことや、この街の恩恵や加護、ばあちゃんの規格外の魔力、ツクシャナの森に共栄圏を築こうとしていることなど、包み隠さず話した。



「マジか……街ごと転生とか、そんなことがあんのか……天秤もずっと右だしよ……いや、疑ってるわけじゃないが、驚いたぜ……」



 やはり街ごと転生ってのは、この世界じゃ無いんだな。みんな同じリアクションをする。



「しかしよう……おめさんに出会えた俺も強運だが、田中蓮……おめさんも強運の持ち主だぜ! 俺たちに出会えたんだからよう! おめさんとこの街の行く末……その船旅……俺は乗ったぜ!!!」


「はぁ?! のるって……どうするんだ?」


「そんなの決まってるぜ! 田中蓮……俺と兄弟の契りを交わせ! 大狸商店街と俺達ソニン海賊団とで兄弟同盟を組むぞ!」


「兄弟同盟……」


「海賊との同盟……その為には田中蓮、おめさんはまずやらなきゃならないことがある……」



 なんだ? 海賊だから金銭の要求か?



「田中蓮……俺と決闘しろ!!!」



 あれー?! デジャヴ?! なに? 結局、決闘するの?!


 なんでーーー???






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?