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069 ソニン海賊団(4)~お祭りムード~

 ――「兄弟同盟ってことは、どっちかが兄貴でどっちかが弟だ……それをはっきり決めようぜえ! 決闘でよ!」――



 なんでだろう? 俺は一度断ったはずだけど、結局ソニンと決闘する流れになってしまった……さっきはローニャを賭けた決闘で、今度はどっちが兄か弟かを決める決闘……こいつの慌ただしさに、ちょっと頭と心が追い付かないんですけど。



 ――「「「船長~~~!!! やっちまえ~~~!!!」」」――



 ブンゴルドの海賊ってのはとにかく決闘と賭けが好きで、何を決めるのにも意見が対立すると決闘や賭けで決めるそうだ。そして、その結果は絶対に重んじなければならない。それが海に生きる男の誇りだという。


 そしてソニンはその文化で、最強海賊団の船長にまで上り詰めたのだ。要はブンゴルド最強の男ってことだ。


 え~~~……そんなの絶対戦いたくないじゃん!!!




 ◇     ◇     ◇




 ――「は~い!!! はいはい! こちら大狸商店街名物、ウサギ肉の串焼きとクマロクのシュワシュワお酒、ヒゴモスコばい~! 観戦のお供にいかがかね~!」――



「お姉さん! こっちにもヒゴモスコくれ~!」

「伊織さま! ワシらもお願いしま~す!」


「はいよう! ヴィヴィちゃん、串焼き3本お願いね! アポちゃんディアちゃん、ヒゴモスコこちらのドワーフさんと海賊さんによろしくばい~!」



 ――「「「はい!!! 喜んで~~~!!!」」」――



 なんだ……この状況は……まるで祭りじゃないか。


 街の広場を取り囲むように、簡易的な観戦席が設けられ、街の住人や難民に混じって、海賊までもがこの雰囲気を楽しんでいる。


 チエちゃんから事情を聞いていたサリサが、合流と同時に素早く動いた。この決闘をいい機会だと判断したらしく、大いに盛り上げる方向で、ばあちゃんやヴィヴィに指示したのだ。



「伊織、ヴィヴィ。出店でみせを出して、決闘の雰囲気を盛り上げろ。街の住人や訪れている旅人……海賊も巻き込んでいい。とにかく派手にやれ」


「え~……なんで私らがそんなんせないかんの~? 面倒ばい~」


「伊織……お前は相変わらず、救い主としての自覚も働く意欲もないな」


「その言い方やめんね! 働く意欲はあります! 私はオタクやけどニートじゃありません!」


「じゃあ、これならどうだ? 今回の出店の売り上げ、お前とヴィヴィのへそくりに回していい。その金を溜めるなり、うちの店で新しい衣装を買うなり好きにすればいい」



 ――「「え?! へそくり?! やります!!!」」――



 ばあちゃんもヴィヴィも簡単に手玉に取られた。異世界であろうとやはり金の力は凄まじい。



 ――ひゅ~ん……どーん!!! どんど~ん!!!



「た~まや~! クマロク印の大玉だよぅ! いい仕上がりじゃない~?」



 バルトが花火を打ち上げている……もう完全にお祭りムードだ。


 花火の音に人々の賑わい、料理の匂いにつられ、どんどん人が集まってきている。


 俺とソニンは広場の中央置かれた椅子に座らされ、それをぐるりと取り囲むように皆が酒と固唾をのんでいる。これ……もう完全に断れる雰囲気じゃないな。


 一段高く設けられた謁見席には何故かヒーゴ王が座り、新作の服に身を包んだサリサが傍らに立っている。


 全身純白で気品がありつつも、スカートは動きやすいよう、短めに仕立てられ、要所要所に金の糸で飾り刺繍が施されている。そして純白のロングブーツに、腕には細かな細工が施されたガントレット……


 街の住人はその美しさにため息をついている。


 あいつ……王族やめるとか言っていたくせに、服装は完全に王女の出陣服のようじゃないか。



 ――『それでは只今より、大狸商店街代表・田中蓮とブンゴルド海洋連邦ソニン海賊団船長、ソニン・ブラーバによる決闘を執り行う! 審判は公正を期すため、大狸商店街側からは私、サリサ・ヴェレドフォザリと――』――


 ――『ソニン海賊団側からは私、副船長のマーサ・クレインが務めます。なお、この決闘の勝者は兄となり、同盟の基本方針は兄方に準ずることになります。ただし! この同盟は対等なものであり、勝者が全てを決定するわけではありません。あくまで『基本方針を定める』ための決闘であることをお忘れなく。また、これは海賊の掟に則った正式な決闘であり、敗者もまた、誇りを持って結果を受け入れるものとします!』――



 二人の声が広場全体に響き渡る。彼女らは筒状の器具に向かって話し、その筒は足元の箱へと繋がっている。箱の前面には大きな巻貝がはめ込まれており、これが音を増幅する役割を果たしているらしい。『吠え貝ほえがい』と呼ばれるこの貝は、ブンゴルドの海賊たちが連絡手段として使っているものだ。いわば、ヒズリア版の拡声器といったところか。



 ――『また、この決闘の立会人は、かねてより大狸商店街と深い絆で結ばれている、クマロク王国国王のヒーゴ・アースマイン殿下にお願いしております! そう! かねてより、ふ・か・い・き・ず・な・の! であります!』――



 なんだ? サリサのやつ、やたら絆を推すな……しかし、よくヒーゴ王がこんな事引き受けてくれたな。俺はそっとヒーゴ王に歩み寄り話しかけた。



「ヒーゴ王……立会人ってどういうことですか?」


「う~ん、ワシもよく分からんが、サリサどのが正式な立会人が必要だといっての~、ぐいぐい勧められたんじゃ。それはもう断れん勢いで。あの子……少し怖いの。迫力が他の者とは違うよ」


「あ~、彼女ああ見えて、いえ、どう見てもなんですけど……元トトゾリアの王女なんです。訳あって今はうちの商店街で働いてます」


「なんと! トトゾリアの……あ~でも納得じゃの。アマゾネスの王女か。はぁ~……ワシ、ソニンとはあんまり関わりたくなかったんじゃがの~……蓮どのも、もう分かったじゃろ? あいつの面倒臭さ」


「はい……ヒーゴ王がウキヤグラで言っていた意味……今まさに実感しています」



 ここでサリサの紹介でようやく気付いたのか、ソニンがヒーゴ王に話しかけてきた。



「おおう! 偉そうに座ってるから誰かと思ったら、ヒーゴの爺さんじゃねえか! 生きてたか!」


「生きとるわいの!!! 相変わらず口と行儀の悪い奴じゃ! ワシ、これでも一国の王様よ?! それなりの振舞いせんか!」


「固い事言うなよ! 俺とあんたの仲じゃないか。それより、あんたが立会人なら安心して任せられるぜ。よろしく頼むぜ! 爺さん! くっはは~!!!」



 そう言うと、ソニンは仲間の海賊のもとへ行き、ヒゴモスコを煽った。



「仲って……なにかあったんですか? ソニンと」


「あやつはワシの娘と……いや、それはいい! 話したくもないの! ああ! 思い出しただけでムカムカしてきたの!!! そんな事より蓮どの! この決闘……絶対に負けるんじゃないぞ! あの忌々しい海賊に一泡吹かせてくれ!!!」


「え?! あ……は、はあ……」


「なんじゃ! その気のない返事は! 絶対に勝つんじゃ! はよいけ! ぷんぷぷん!」



 なんだ? ヒーゴ王の娘と何かあったのか? 温厚なヒーゴ王があれだけ怒るんだ……なんかやらかしてるんだろう。滅茶苦茶だからな……あいつ……



 ――「船長~~~! あれ見せてやれ~~~! 最強のアレを~~~!」――



 海賊の一人がソニンを焚きつける。最強のアレ? なんだ?



「くはは! いいぜえ。おい! 田中蓮! よく見てろ……俺の力、能力! 見せてやる!」



 そう言うとソニンは広場中央に歩み出た。



「いくぜ……はあ~~~……ふん!!!」



 ――ボンッ!!!



 ソニンの気合と共に再びソニンの服が弾け飛んだ! 何それ……どういう原理? なんでいちいちパンイチになるの?



 ――『マーサ殿……これは決闘なのだろう? おたくの船長……ふざけているのか? なぜ裸になるのだ?』――


 ――『サリサさま、ご心配なく。うちの船長はバカではありますが、ふざける男ではありません。それより、よく御覧なさい』――



 よく見るとソニンの身体の周りに何か透明な光るものが見える……なんだあれ。



 ――『あれは……なんだ……水か?! マーサどの!』――


 ――『そうです。船長の属性は水。あの水の防御壁がどんな攻撃も通しません……ふん、こんな事にも言われないと気づかないとは……やれやれ……サリサさま、あなたの目は節穴ですか?』――


 ――『な?! なんだと?! 節穴?! 言わせておけば……この! まな板女!!!』――


 ――『まな?! ままま、まな板は関係ないでしょう!!!』――



 いや、サリサ、マーサ……お前らの言い合い、会場全体に響いてるから。


 それより……水の防護壁? じゃあ服が弾け飛ぶのって、あれ……ギャグじゃなかったのか?! マーサの拘束網を解いたのも、この水の鎧の力か! どおりで服を着せる海賊たちの手際が良すぎると思った。



「田中蓮……俺はおめさんの事が気に入った。だから手の内を隠すのは無しだ。初っ端から全手札オープンで俺の全てをぶちかますぜ……覚悟しな……」



 そう言うと、ソニンは目を瞑り詠唱を始めた。



 ――「俺の名は、ソニンブラーバ……波と共に生きる、蒼き自由の徒」――



 ソニンの深い集中と共に、彼の身体が青く光り輝きだした。



 ――「蒼海の眷属よ、同じ心を持つ蒼き徒よ、俺の呼び声に応えろ」――



 ソニンの輝きがどんどん増していく……



「チエちゃん……そういえば、ヒズリアに来てまともな詠唱を見るのは初めてかもね」


《ええ……! 蓮さま! そうなんです! 商店街の面々に攻撃魔法の使い手はいませんからね……サリサさまやカリスさま、タリナさまは戦士タイプですし、伊織さまに至っては危なくて詠唱禁止ですから……! 蓮さま、これは魔法を学ぶいい機会です! しっかりと目に焼き付けましょう!》


「あ、ああ。分かった」



 チエちゃんが興奮している。こういう魔法体系や世界の成り立ちには目がないからな。さすが知恵の宝庫。


 ん? なんだ? ソニンの周り……いや、広場全体が光り輝きだした。



《これは……水……水滴が光を反射して輝いていますね。しかしこれだけの量……どこから――》



 ――シュウウゥ……



 なんだ? この音……それに急に喉が張り付くような……皮膚がひりつくような……



 ――「おい! 始まったぞ! 酒! 飲め! 持ってかれるぞ!!!」――



 海賊たちは慌てて自分たちのヒゴモスコを煽り始めた。持ってかれる???



《蓮さま……これ、この魔法……この辺りの水分を集めているんじゃないでしょうか……見てください。水滴がどんどん大きくなります!》



 本当だ……空気がやたら乾燥してきた。


「ああ! 折角お風呂入りなおしたのに! またカサカサしてきたばい! なんでね?!」とばあちゃんが叫んでいる。



 ――「お前は万象を呑む形なき龍、あらゆる刃を弾く流転の守護者」――



 宙に浮いた水球がぐるぐると渦を巻き、ソニンの周りに集まっていく。



 ――「大波、小波、金、銀、蒼……揺蕩たゆたい流れ、我が身と共に舞え!」――



 水球は水流となりソニンの身体を包んだ。そしてソニンは最後の詠唱を唱えた。



 ――「水・龍・装・甲ヒュドラ・スーツ!!!」――



 ――ギュルルル…………

 ――――ザザアァァ……



 激しい水流はソニンの身体を持ち上げ、その背中からは水で出来た龍の首が4本伸びていた。



 ――グギャオォォォ!!!



 龍は激しい咆哮をあげ、ぐねぐねと鎌首を揺らしている。



「マ、マジか……これ……くさ神輿の水属性版じゃないか……詠唱付きの魔法って……こんなにも……」


《なるほど……四行詩ですね。名乗り、呼びかけ、定義、指示の順に詠唱を行い、最後に名を与える……素晴らしい!!!》



 いや、チエちゃん……分析して感心してる場合じゃないって……これ、くさ神輿の……いや! もしかしたら、くさ戦艦のばあちゃんを相手してるようなもんだぞ!!!


 こ、殺される!!!


 どっちが兄か弟かなんてどうでもいい……!!!


 逃げ出して~~~!!!






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