――グギャオォォ!!! ズズン……
「出た~~~!!! 船長の
「これに敵う奴なんてクシュ大陸にはいねえよ!」
「馬鹿野郎! ヨツシア大陸にだっているもんか!!!」
ご覧の通り、海賊たちは大盛り上がりです。ソニンに対する全幅の信頼が
《蓮さま! 凄いですよ! 今度、私たちも詠唱を考えましょう! 名乗り、呼びかけ、定義、指示の四行詩です!》
いや、チエちゃん……この水龍の咆哮聞こえてる? 今度って、俺、今から死んじゃうかもしれないよ? 見てよ……水龍の眼が、完全に俺をロックオンしてるよ。めちゃ怖いよ。
「どうだ田中蓮!!! これが俺の最強の魔法だ!!! すげえだろ!!!」
「……う、うん……とても、凄いと思います……」
「く~っはは~~!!! そうだろそうだろ~!!!」
――グギャギャギャ!!! ドドドドカン!!!
「ひゅ~ひゅ~! いいぞ~! 船長~! 敵さんビビってる~!」
いや、普通ビビりますって。水龍の首がまるで巨大な鞭の様にうなり、地面を叩いている。これ、軽い災害レベルじゃないか。
――『はは! 田中さまのあの顔。とても見てられませんね。これは戦う前から! 勝負は決まってしまったようですね? 節穴、おっと失礼……サリサさま』――
――『ぐぬぅ! おい! 蓮! そんな水龍、見掛け倒しに決まってる! お前の力、見せてやれ! このまな板に! おぉっと~失礼……マーサどのに!!!』――
この二人の審判……絶対公平じゃないじゃん……もうそんな小競り合い、よそでやってくれ。
「へえ~、あいつ……少しはやるじゃない~。
声の方をみると、観客席にいるローニャを囲んで人だかりができている。ヒゴモスコを飲みながら、ソニンの
「あ、
海賊や街の男どもが、とろりとした目で群がっている。あいつらの目……ローニャのやつ!
少し離れた席の男どもの会話が聞こえてきた。
「知ってるか? あの美女……近頃、夜な夜な街の宴席に現れるらしいぜ」
「ああ……俺たちもこの間会ったぜ。めっちゃいい女なんだよ~! でも、一杯飲んだところまでは覚えてるんだけど、その後の記憶がさっぱりでよ。緊張して飲み過ぎたのかなぁ。一緒に席囲んでた奴らも飲み過ぎたのか、次の日一日、全く動けなかったらしいぜ」
「そりゃ、あんな美女にお酌されちゃ酒も飲みすぎるっての!」
「だよな~! がははは~!!!」
それ、違うな……酒の飲み過ぎじゃない。ローニャのやつ、俺たちが救済活動に出ている間、街の男たちの魔力を……つまみ食いしてやがったな。
「おい! ローニャ!」
「は、はい! な、なに?」
「話が……ある。そのまま(妖女の姿のまま)お酒を置いて、皆さんに丁寧にご挨拶をして、こちらへ来なさい……」
「は、はい……皆さぁ~ん、今日のところはごめんなさぁい。また今度ねぇ~」
――「「「は!? 俺達……今、どうしてたんだ???」」」――
「おい! 田中蓮! そろそろ決闘始めるぞ! どっちが兄貴分か白黒はっきりさせようぜ!!!」
「ちょ、ちょっと待って! ローニャと話があるから! ローニャ急げ!」
「ローニャと……くそ! 少しだけだぞ! へへへぇ……ローニャ~! 俺だぞ~! 凄いだろ~この魔法! って……あれ……む、無視! それはそれで……おへへぇ~」
ローニャはへらへらと手を振るソニンに見向きもせず、俺のもとへそそくさと駆けてきた。
――『おい、節穴。船長のデモンストレーションは終わったが、そちらのビビり代表のご準備は? なにかあのクソ女と話し始めましたが……あは! そうか! ビビって時間でも稼いでいるのか!』――
――『ふん……水属性の装甲ねぇ。確かに強そうではあるが……まぁ落ち着けよ、まな板。あんまり焦ると、お前の所のパンイチが、うちの蓮にボコボコにされるのを早めるだけだぞ? ったく……デカっ尻の割に落ち着きがないなぁ!』――
――『デデデ、デカ!!! き、きさま~~~!!!』――
うわぁ……女の口論……めっちゃこえー……
「なに……? 蓮……」
ローニャは伏し目がちで、ばつが悪そうにしている。
「なに? じゃない。それはこっちの台詞だ。お前……自由に戻れるのか?」
「……はい。加護の仕組み……大体分かったから」
はあ?! 加護の仕組みが分かった?! マジか……さすが1000年生きた伝説の魔人ってところか……これは後でじっくり話を聞かなければ。
「夜中、その姿で出歩いてるんだな?」
「……はい……あ! でも毎日じゃない……本当にお腹がすいたときだけ……」
そうか……俺もばあちゃんも、ひと月以上街を離れてたからな。魔族のこいつにとっては魔力が主食。さぞかし……ひもじい思いをしたんだろう。
「カリスとタリナは知ってるのか?」
「……こっそり抜け出してます」
「ふう……ローニャ……俺が何が言いたいか、分かるな?」
「うん……抜け出して、魔力食べてごめんなさ――」
「――違う。お前の事、置いていってすまなかった……もっとお前の事を考えるべきだった。これからはちゃんと考える。お腹すいてたんだよな……ごめんな」
こいつは多分……ずっと我慢してたんだ。さっきばあちゃんの魔力をたらふく食べてたのが何よりの証拠。食事が無い日なんて、俺だったら……絶対に耐えられない!!!
「これからは、ばあちゃんとずっと一緒にいろ。ばあちゃんなら、どんだけ魔力を吸っても枯れることはないから」
「う……うぅ……れ、れ~~~ん!!!」
ローニャは涙を流しながら、俺に抱き着いた。その瞬間――
――ドガガガガガン!!!
「た~な~か~れ~ん~!!! ローニャから……離れろ!!!」
嫉妬に狂ったソニンの目が真っ赤に燃え、水龍の首が激しく地面を打った。あれ?! 水龍の首……5本……いや、6本に増えてない?!
「さっきから見てると……お前ら、どういう関係だ……!」
「どういう関係って……た、ただの街の代表と住人の関係だけど――」
「い~や……そんな感じには見えねえ! ローニャ! こいつ……お前の男なのか?!」
「ち、違うわよ! そんなんじゃ――」
「じゃあなんだ!!!」
ローニャは俺を見つめながら、驚くほど長い時間考え込んでいる。こいつの妖女バージョンの顔を、こうして真正面から見るのは初めてかもしれない。出会ったときはいきなり魔力を吸われてガチャガチャだったもんな。
だが――なんと整った顔立ちだ。
大きく引き込まれるようなアーモンド形の瞳には、濃く長いまつげがしなやかにカールを描いている。艶やかに揺れる淡紫の長いストレートヘアからは、ほんのり甘い香りが漂っていた。
小さな唇に人差し指をあてて真剣に考え込むその姿は、妖艶でいて、どこか幼さも残しており、彼女の二面性を象徴しているかのようだった。
「うーん…………………………デザート?」
「おいー!!! ローニャ! ダメ! もう! 人のこと! め!!!」
「うふっ! ごめんなさい」
ローニャは悪戯っぽく笑ってみせた。なんだ……こいつ、こんな風に笑えるのか。そして少し考えた後――
「うーん、蓮はねぇ……あ……お兄ちゃん? 的な?」
――「「お、お兄ちゃん?!」」――
ローニャの発言に俺もソニンも目を丸くしてしまった。
(ちょっと待て……お前1000歳だろ? 俺、29歳だぞ? なんでそうなるんだよ)
「なんでって……うーん……でも、なんかそんな感じなのよねぇ……うん……蓮は、ローニャのお兄ちゃん! ダメ?」
そういうと、ローニャは俺の腕を取り、期待と悪戯の混じった笑顔を見せた。
……なんだろう、この感じ……懐かしいような、本当にこいつが俺の妹だったような……これも、こいつの
――バシャァアア……ザザザァ……
大量の水の流れ落ちる音の方を見てみると、ソニンが困惑の表情浮かべ突っ立ってる……あれ? 水龍の首が1本になってる?! しかも、その太さと長さも腕一本くらいに縮んでいる。
「た、田中蓮……お前……ローニャのお兄ちゃん……いや、お兄さまだったのか!」
「お、お兄さま???」
「そうか…………それは…………それで…………んん……?」
ソニンは暫くの長考の後、なにか混乱しているのか頭を抱えている。よく見ると左目の眼帯が、ぼんやりと輝いているように見えた。
――クエっ?!
ソニンの肩からチョロっと生えている水龍が、つぶらな瞳で可愛くひと泣きした。