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072 同盟と協定

 ――「絶っっっ対に! ワシらの方が先だから! ぷんぷぷん!!!」――



 決闘の数日後――


 江藤書店の座敷にヒーゴ王の可愛らしい怒声が響いた。



 ――「みょーんみょん……つくつくみょ~~~~ん」――



 夏も終わりに近づき、ヒズリアのツクツクボウシが変な声で鳴いている。秋が近づいているとはいえ、まだまだ……まだまだ暑い……



「はぁはぁ……」「ぜーぜー……」「あっついな……」



 6畳ほどの座敷の中心にちゃぶ台が置かれ、俺とヒーゴ王、ソニンが卓についている。その周りにはヴィヴィやサリサ、バルト、ウォルフ、ドンガなどの店主をはじめ、従業員のアポロとディアナ、カリスとタリナ……さらにはソニン海賊団の面々がぎゅうぎゅうに集まり、『おしくら蒸し風呂』状態になっている。


 あ、あつせまい……!



「れ、蓮ちゃん……所帯が大きくなりすぎたばい……もう、江藤書店での会議は無理ばい!」



 ばあちゃんは、壁とドンガのでかいケツに挟まれ半泣きだ。あんたが「うちでやろうや!」と言い出したんじゃないか……


 ドンガの隣のウォルフは、こういった会議が楽しいのだろうか、ハッハッとベロを出して激しく尻尾を振り、その尻尾の先端が背の低いヴィヴィの横っ面や豊満なアレをバシバシとはたいている。ウォルフに自覚も悪気もないんだろうけど……ヴィヴィ……そういう時はちゃんと言った方がいいよ?


 ローニャの奴は早々に二階に上がり、かき氷を食べると言っていた。あいつめぇ~~~! しかしそれでいい……これ以上人が増えたら……事故になる!!!



「ぜー、ぜー、ワシらが先に、この街との友好協定を提案したんじゃ! 第一友好国はクマロク!」



 決闘イベントの後、ソニン海賊団との兄弟同盟の為の書類にサインをしようとした際、ヒーゴ王は納得がいかなかったみたいで、ぷんぷんと怒り出した。



「はぁ~、はぁ~……なんでぇ、じいさん。こんなもん、早いもん勝ちだろ? あんたがチンタラしてるからいけねぇんじゃねぇか」


「チンタラ……?! ワシらは蓮どのが待ってくれというから、待っとっただけだの!!! お前さんたちが後からへらへら出てきたんじゃろうが!」


「ふ~ふ~、わ、分かりました、ヒーゴ王。大狸商店街の第一友好国はクマロク王国と致します」


「やった! はぁ~はぁ~……やったのバルト! これでようやく正式に国を挙げて恩返しができるぞい!!!」


「王様ぁ~! 良かったよぅ~! みんな喜ぶよぅ~! ひぃ~ひぃ~……」



 この人たち……まだこんな事思ってたのか。稲荷神社への奉納や街のライフラインの整備など、もう十分すぎるほどお返ししてもらったのに……



「なんだよ! 蓮! 俺達が先じゃねえのか?! ぜえ、ぜえ……」


「はぁはぁ……別にいいだろ? お前との兄弟同盟が無くなるわけじゃないんだ。どっちが先でも変わらないだろ」


「俺はなんでも一番がいいんだ! 欲しいものは何をしても手に入れる! それが海賊ってもんだろ!」



 もう、なんなのこいつ。本当に面倒くさい。大人なのか子供なのか……あ、違う……バカなんだね。欲しいものは手に入れる。それが、全ての奴隷であっても……自分の思いに嘘偽りなく『バカに正直』なだけか……う~ん……やっぱ面倒くさいバカだ。


 ここでマーサが、汗ばんだ海賊服にぱたぱたと風を送り込みながら、ソニンに声をかけた。汗が滲み、少しはだけたシャツが……なんだか妙に生々しいな……



「船長……はぁはぁ……確かに『第一友好国』はクマロクですが……『第一兄弟同盟』は我々ではないですか? うぅん……はぁ」



 ここで同じく汗ばみ、純白のスカートから生足を覗かせ、湿らせたハンカチで足を冷やしているサリサが続けた。



「はぁ~はっ、うぅん……しかも兄弟だからな……その繋がりは遥かに強いんじゃないか? はぁ~……ん! はぁ~」


「た、確かに……ご、ごくり……」



 大狸商店街と海賊団の副官二人が、さりげなくソニンを説得している。そして……本人たちはそんなつもりはないんだろうが、汗で濡れた『びしょびしょ美女』の二人が吐息交じりに擦り寄るさまは……なんだか子供にみせてはいけないような気がした。



「……アポロ、ディアナ。お前たちは外に行ってなさい……」


「いえ……蓮さま。俺はここにいます。俺は今、ここに居たいです」「私も!」


「アポッ……え、ディアナまで?!」


「これも勉強だと思います」「私も!」



 こ、こいつら……アポロとディアナは曇りなき眼で、艶めかしい二人の副官を例のごとく「じーーー」っと見つめている。こいつらはこいつらで子供なのか大人なのか……ソニンの逆パターンだな……


 その子供大人、コドナのソニンは暫く考えたのち――



「……ならいいか!!!」



 とあっけなく納得した。よかった。バカで。


 ここで、汗だくメイド服のカリスとタリナが、鋼のような太ももが露わになった絶対領域(ミニスカとニーハイの間だよ。今は汗が凄いよ)を二人同時に打った。



 ――ズビシャぁぁぁん!!!



 二人の汗が爆ぜ、全員に飛び散ったが、この屈強な二人に文句を言えるものなど誰もいない。さらにタリナが距離間のバグった大きな声で叫ぶ。



「よし!!! 話は決まったようだな! 姉上! 準備は出来ているぞ!!!」


「うむ!!! では皆の衆!!! 表へ出られい!!!」



 な……なんだ? 準備? これから何が起こるんだ?


 二階に続く階段からローニャが顔を出し、驚いた表情で声をあげた。



「れん! 二階に来て! 外! 凄いことになってる!!!」



 ――ズビシャぁぁぁん!!!



 再びタリナが膝を打ち、再び汗が飛ぶ。彼女は俺たち代表に向かって促した。



「ちょうどいい!!! 蓮どの、伊織どの、それに、ヒーゴ王にソニンどのは二階へ参られよ。他の者は早く表へ出ろ!!! あ~~~つい!!!」




 ◇     ◇     ◇




「なんだこれ……」



 商店街の南端入口、江藤書店の2階からは、クマロクへ向け拓けた広場(バルトたちが最初にベースキャンプにした広場、今は難民たちのキャンプ)とクマロク街道が見渡せるようになっている。


 しかし、今は……その街道が見えない。正確には街道の地面が多くの人波で見えないのだ……


 集まっている人たちは、ツクシャナの森から集まった難民や移住希望の冒険者、そして多くのドワーフたちだった。



「ヒーゴ王、これは……?」


「ワシが救済活動に帯同して、ひと月以上……こんなに長い事、国をあけた事なかったからの~。みんな心配してきたんじゃないの? ほら、こう見えてワシ、人望厚い王様じゃから。ぷっぷぷ~」


「それにしても……この数……いったいどれほどの人が……」


「これ、なんごとね?! カリちゃんタリちゃん、準備って言いよったばってん……」



 俺とばあちゃんが目を白黒させていると、いつのまにか傍らにいたサリサが話しかけてきた。



「蓮、伊織……このひと月、本当にご苦労だった。ツクシャナの森に点在した貧しき民の集落、その救済……そして協力関係の構築。さらには伊織……救い主への信仰心がもたらした、稲荷神の加護拡張という思わぬ収穫……今回の救済活動は大成功といっていいだろう」


「ど、どうしたんね、サリちゃん? 急に改まって……」



 集まった人々を見渡すサリサの表情はどこか期待と希望に満ち、そしてその裏で……何か覚悟めいたものを感じさせた。



「そして、ヒーゴ王。友好協定の申し出……長い間、保留しにして申し訳ございませんでした。本日よりどうぞ……末永いお付き合い、よろしくお願い致します」


「……うん。ひと月、帯同して……蓮どのと伊織どの心のうち、ワシなりに見たつもりじゃ。こちらこそ、どうぞよろしくだの」



 サリサは胸に手を当て、ヒーゴ王に感謝と敬意を込め、お辞儀をした。その無駄のない美しい一連の動作は、まさに王族のそれであった。



「そして……ソニンどの」


「お? つぎ俺か?」


「奇妙な出会いより生まれたこの兄妹同盟……えにしは思いがけぬものだったが……我が主、蓮と似た志を持つ者がいた事、本当に、本当に心強く思う。この出会い、偶然と片付けるにはあまりに必然……この巡り合わせにはきっと意味がある。そして……蓮を含め私をはじめとしたこの街は、まだ未熟な部分が多くある。どうか……仲睦まじき兄弟として、力を貸して欲しい」


「…………おう。そのつもりだぜぇ~! 全ての奴隷に『自由』をくれてやる。なぁ! 兄貴ぃ~!」


「う、うん……よろしくお願いします」



 サリサは階下、江藤書店出入口にいる商店街の店主たちに声をかけた。



「カリス! タリナ! バルト! やるぞ!!! マーサ! 頼む!」



 ――「「「了解!!!」」」――



 マーサが吠え貝拡声器をガタガタと持ち込み、マイク部分を俺たちの前にセットした。



「おい。サリサ。これいいですかこの野郎」


「うむ。ありがとう。野郎ではないがなデカっ尻」


「口の減らない……まあ、今のところ……相撲対決ではあなたの方が勝ち越しているので、暫定で姉の座を認めよう。あくまで暫定だがな」


「そうだな。また勝負しよう」


「ああ」



 階下ではカリスとタリナがマイク部分から延長された吠え貝を、長い棒にくくり高く掲げている。



「さあ、蓮……宣言だ。この街に集う者、この街を愛する者に伝えてやれ」


「え……宣言って……どうすりゃいいの? 何か演説すんの?」


「ふ、難しいことは考えなくていい。お前の声で、ただ事実だけを伝えろ。お前の想いはみんな知っている」



 ヒーゴ王は穏やかな目で、ソニンは野心に満ちた目で俺を見ている。ばあちゃんはへらへらと街のみんなに手を振っている。中には跪き、手を合わせている人もいる。



「さあ、蓮……」



 サリサが俺をマイクの前に促す。


 見渡す限りの人の波……ばあちゃんと二人っきりで始まった大狸商店街……それが今や、こんなにも多くの人が集まる場所になってしまった。


 嬉しいような、怖いような……でも……やると決めた。ここから、この街からこの世界を、ヒズリアを変えると。


 さて……どうしよう。


 俺……演説とか苦手なんだよなぁ。






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