――ガガッ……ホェ~ン……
吠え貝の間抜けな音が、地面を埋め尽くす群衆の頭上に響き渡る。
――『どうも……大狸商店街の代表をやってます、田中蓮です』――
相変わらず締まらない出だしだな。まあ……かっこつけても仕方ない。かっこつけたところで、所詮、俺は俺。片田舎の商工会青年部の団員にすぎないんだ。
「ヒーゴ王、ソニンどのも一歩前へ」
「うむ」「おうよ」
サリサがヒーゴ王とソニンを俺の横へ促す。
――『えっと……クマロク王国の皆さん、いつもお世話になっています。あの、ヒーゴ王はちゃんと無事です。ご心配なく』――
――『みんな~~~! ワシ、元気だの~~~! ちょっとツクシャナの森の地層調べとったの~~~! めっちゃ楽しかった~!』――
「わあっ!!! 王様だ!!!」
「よかった! 元気そうだぞ!」
「どんだけ国をあけるのさぁ!」
「無責任が過ぎるぞ!」
「心配したんだからぁ!」
ドワーフたちの安堵の声が次々とあがる。ドワーフ族は同族同士のつながりが強いっていってたけど、それはこの王様だからこそ、かもしれない。本当に慕われているんだな。
――『そして、その隣にいるのはブンゴルド海洋連邦所属のソニン海賊団船長、ソニン・ブラーバ船長です。えー、つい先日の事なので、ご存知の方も沢山いると思いますが……色々ありまして……我が大狸商店街はソニン海賊団と兄弟同盟を結ぶことになりました』――
――『おう! ソニン・ブラーバだ! 俺はよぅ、この蓮の兄貴の心意気に惚れ込んだ! 今はまだ言えねぇが、志を同じとする者として……兄弟として、互いを支え合っていくつもりだ! 俺らはよぅ、世界を……変えるぜ!!! つーわけで、これからよろしく!』――
「海賊と兄弟同盟?!」
「ソニン海賊団って言えば、ブンゴルド最強海賊団じゃないか!」
「なんだお前ら、見てなかったのか! 蓮さまとの決闘!」
「あんなの決闘じゃねえ! もやもやの塊だ!」
「どっちが強いかはっきりしろ~!」
「何が世界を変えるだ! このパンイチ船長~~~!!!」
群衆にどよめきが広がる。だが、それは決して批判的なものではなく、むしろ好意的な、どこか馴染みの悪友とじゃれ合うような反応だった。
――『て、てめえら~~~……ぶっ飛ば――ふげぇ!!!』――
ソニンは窓から飛び降りようとしたが、速攻でマーサに簀巻にされ、ただの置物にされた。まったく……どっちが船長なんだか……
――『そして、クマロク王国の皆さん……バルト大臣をはじめ、多くの皆さんのこの街へのご厚意、本当に感謝しています。皆さんと出会えて本当によかった。本当にありがとう……』――
視線を横にやると、ヒーゴ王がつぶらな瞳で穏やかな笑顔をたたえている。このまま俺が喋ってもいいけど――
「あの、ヒーゴ王。ここはやっぱり……ヒーゴ王にお願いしてもいいですか? 王様の言葉で締めてもらった方が……みんな嬉しいと思うし……安心すると思います」
「うむ……そうじゃの」
――『ゴホン! えー、ワシじゃよ? 皆も知っておる通り、数カ月前、この蓮どのの、見返りを求めぬ無私の救助によって、我が同胞の命が救われた。
皆の命は……ワシの命……この恩義、決して忘れてはならぬ!!!
我がクマロク王国は……大狸商店街と友好協定を結び、とわの友情をここに誓う!!!』――
――ひゅ~~~ん…………どぉぉぉん!!!
ヒーゴ王の宣誓と同時に、バルトがクマロク印の大玉を打ち上げた。
――わぁっっっ!!!
花火の音に背中を押されるように、群衆は種族を越えて喜びを露わにした。飛び跳ねる者、抱き合う者、中には喜びで泣き出した者もいる。
――『そして、私たち大狸商店街は……』――
――「「「わああぁぁぁ!!!」」」――
みんなすごい喜びようだ。吠え貝を使っても俺の声がかき消される。
サリサが右手を掲げ、まだ続きがあると群衆を制した。こいつの振舞い、本当に凄いな……人の意識が向くように、意図的に動作をゆっくりと、不自然に、大きく行った……俺にこんな芸当は無理だ。
歓声は前列から波及的に静まり、異様な期待を込めた緊張の眼差しが俺たちに向けられている。
サリサの額にはうっすらと汗が滲んで光っていた。そうか……王族といえども、まだ19歳……彼女もこの群衆の熱狂を前に、胸の高鳴りを抑えるのに必死なんだ。
感心しきっている場合じゃ……ないな。俺も、サリサの働きに応えないと。
――『私は以前、人は力だと言いました。わたし――俺は……この街を住まう人も、訪れる人も、心から笑顔になれるような場所にしたい。そう思っています。今ここに集まってくれているあなた方一人一人が……その願いを実現する、この街の力です。そして、その輪はさらに広がり、このツクシャナの森にある集落、その人々とも協力し合える関係を築けるようになりました』――
群衆の期待を込めた視線が、痛いほど俺に刺さる。
いよいよか……いいんだよな? サリサ――
サリサは真っすぐに俺を見つめ、にやりと笑ってみせた。
「さあ……いけ、蓮……一気にぶちかませ……花火を打ち上げろ……!!!」
なんだろう、この感覚、この高鳴り……こんなの……いち商工会職員が体験していい代物じゃないだろう!
――『これから大狸商店街は、ツクシャナの皆さんと手を取り合って、お互いを助け合う関係を築きたいと思っています。私、田中蓮は……このツクシャナの森に、共に生きる共栄圏……ツクシャナ共和国の建国を宣言します!』――
その直後、世界が空白になった。
一瞬の空白……大気の凪……そこにあるはずの数千、いや数万の呼吸、息遣いが消えたのだ。
そして……その一瞬の静寂ののち――
――どおおおぉぉぉぉぉ!!!!!
何が起こったのか分からなかった。
数えきれないほどの人々の歓声が、ひと固まりとなって、大気を揺らし俺の全身を貫いた。
凄い……一人ひとりの声は小さくても、これだけの人が集まると……こんなにも圧倒的な力を発するのか……俺はその圧倒的な熱狂を、大気を震わす波動を、文字通り肌で感じていた。
――どぉん! どんどぉん!!!
――わあああぁぁぁぁぁ!!!!!
バルトがドワーフたちとせっせと花火を上げ続ける。しかしあまりの歓声にかき消され、その爆音すら霞む。
「蓮ちゃん……なんか凄いことになってきたねぇ」
「だね……ばあちゃん……最初、二人だけだったのにね……どう? 異世界転生、して良かった?」
ばあちゃんは頬に手を当て、少しだけ考えた後に――
「……もちろん! 私をなんと思っとうとね? 生粋のオタク女子ばい!」
「はは……だな」
「あ! 景気づけに
「やめてくれ。死人がでる」
「そうか……じゃあ、やっぱこれかいね?」
――バキバキバキ!!! ズルルル!!!
ばあちゃんはくさ神輿を発動し、書店の窓から飛び出し群衆の前に躍り出た。
「おお! 救い主様だ!」
「ぬし様~~~!!!」
「ありがたや~~~!」
「それでは皆さ~ん! ご唱和下さい! 元気! やる気! おおだぬき~!」
――「「「元気! やる気! おおだぬき~!!!」」」――
はは……結局最後は、ばあちゃんに全部持ってかれたな。でも……それでいい。それがいい。俺だけじゃだめ。ばあちゃんだけでもだめ……
「まだまだ~~~!!! 声が小さ~~~い!!!」
――「「「元気!!! やる気!!! おおだぬき~!!!」」」――
ばあちゃん、覚えてる?
いつかばあちゃんがヴィヴィ食堂でサリサに言った『みんな違う花を咲かせて、寄り添い合えば、お花畑たい!』って言葉。
最初、ここへ来た時……水も食料も無くて、魔物も強くて、ぼっこぼこにされたね。あの最初のウサギ、どうしてるかな? あいつ、小さいくせに本当に強かったな。
チエちゃんが最初の恩恵でよかったね。チエちゃんがいたから俺たち死なずに済んだんだよ。
ヴィヴィが最初にくれた携行食のナッツバー。あまりの美味さに二人とも泣いてたね。思えば、ヴィヴィの隷属の紋を消したときから、俺はこのヒズリアで自分が何をやるべきか考えるようになったのかもしれないな。
バルトの金貨10枚には驚いたなぁ。あの時バルトが来てくれたから、大狸商店街はこんなに豊かになったよ。
サリサは……最初は俺、完全に男と思ってたよ。フードを脱いだらトトゾリアの王女ってどんなサプライズだよ。
アポロもディアナも、ここへ来た時より随分たくましくなったなぁ。ほんのひと夏の事なのに……子供の成長って凄いな。
カリスとタリナの出会いは今思い出しても震えがくるよ。あれで手加減してたんだから、どんな強さなんだよ。俺、今度、二人から戦闘訓練の稽古をつけられるんだよ。死んでしまうかもしれないよ。
ローニャとの出会いも無茶苦茶だったな。でもばあちゃん、俺、不思議なんだ。あいつが俺の事「お兄ちゃん」って言った時、何だか懐かしいような、そんなことがあったような気がしたんだ。齢1000歳の妹ってどういうことだよ。
ウォルフとドンガは最初、顔にマーキングしたり、寝床にタメ糞したり……異文化摩擦の急先鋒だったね。でも、今はこいつら、この街の誰より仲がいいよね。こいつらがいたから、ツクシャナの森に相互理解の精神が広まったと思うよ。
そして今――ヒーゴ王に、ソニン海賊団。また心強い仲間が増えたね。
ばあちゃん、気づいてる?
あの時、ばあちゃんがサリサに……いや、多分ずっと前から、俺に、チエちゃんに、ヴィヴィに、みんなにくれた優しさ……
ウキヤグラのホタルの様に広がってるよ。
ばあちゃん、見えるかい?
「やーーーーー!!!」
――「「「やーーーーー!!!」」」――
今、咲いているぞ……
見渡す限りの――
お花畑