――サラサラサラ……
「ふむ。これでよし……と」
宣言の次の日、ヒーゴ王が友好協定にサインをし、正式に大狸商店街とクマロク王国は友好国となった。
江藤書店のちゃぶ台で国交のサインをする……なんだか場違いな感じがして、少し可笑しかった。
「じいさん、もう行っちまうのか? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
先にサインを済ませたソニンが、壁にもたれ掛かり片膝をたてぶっきらぼうに尋ねた。座敷なのに土足のままだ。むちゃくちゃ行儀が悪い。文化の違いがあるから、あまり言うのもあれだし、今日の所は何も言うまい。そしてその台詞はお前が言う台詞じゃない。俺の台詞だ。馴染みすぎだろ。
「ここは食事も美味いし、そうしたいところじゃが、そうもいくまい。随分国をあけたからの」
「王様ってのは面倒臭いな。もっと自由に生きられねえもんかね」
ソニンはそういってちゃぶ台に土足の足を放り投げた。お前が一番面倒臭いし、自由が過ぎるぞ。行儀の悪さが目に余る。
「あ! そうそう。忘れるところだったの……おい、ソニン。お前さん……今も植物収集を続けておるのか?」
「あん? おうよ。大陸中の珍しい植物を集めてるぜぇ。なんだじいさん、盆栽にでも興味がでたか?」
「ちがわい! おぬし……この植物……どう思うかの?」
そう言うとヒーゴ王は、ウキヤグラでばあちゃんが生やした水やりの木の枝と採取したウキヤグラ現生の植物たちをソニンにみせた。
「ん? こりゃあ水やりの木じゃねえか……いや……ちょっと違うな。それに他の植物も……見た事ねえ……これ……全部、新種じゃねえのか?!」
「……やはりおぬしでも見たことないのか」
「じいさん! これでどこで手に入れた?!」
「それは……教えられんの~。とあるルートで手に入れての。のう? 蓮どの?」
「え、ええ……」
「それ! くれ! いくらで売る?!」
「いやいや、これは蓮どのの持ち物。それに貴重な品である故、譲るわけには……のう? 蓮どの?」
ああ~、さりげなくマウント取ろうって事か……
「まあ、ワシも蓮どのもこの植物には興味があるし、植物学者であるお主がしっかり調べて、その研究成果を報告するというのなら……考えてもよいが――」
「んだよ! そんなことでいいのか! だったらやるぜ!」
「じゃがの~、ただで譲るわけにはの~……新種の植物じゃろ? 他にないんじゃろ? すんごい珍しいじゃろ? う~ん……金貨――500ってところかの」
――「「たかっ!!!」」――
俺もソニンも思わず声をあげてしまった。金貨500枚っていえば、日本円にして5000万円くらいじゃないか……家が買えるぞ……買わないだろそんなの。
「う~~~……高い……高いが……欲しい……買った!!!」
嗚呼……こいつ、後で絶対にマーサに簀巻にされるぞ。バカだなぁ……いや……そうか! こいつ……自分に嘘をつけないんだ! 自分の欲しいという欲求に嘘をつけない……ということは……欲しいと思わせた時点で、買うしかない……
ヒーゴ王、それを分かってて……本来なら金を払って調べてもらう流れなのに、逆に5000万せしめるとは……飄々としてるが本当に食えない王様だ。
「よし。決まりじゃの。なにか分かったことがあったら、逐一ワシと蓮どのに知らせるんじゃぞ」
「おう、任せろ。へへへぇ……可愛いでちゅねぇ~。ブンゴルドのお友達の所に連れて行ってあげまちゅからねぇ~」
わぁ~。こいつ植物を愛でるときも気持ち悪いのか。残念なやつだ。
――「次は蓮どのがクマロクに来てくれ! 国を挙げてお迎えするからの!」――
こうして、ひと月以上行動を共にしたヒーゴ王はクマロクへ帰っていった。商店街からクマロクへ長く続く国民パレードは、半日もの間消えることはなかった。
ちなみにヒーゴ王は、クマロクまで続くドワーフたちが、王を頭上で渡しながら運ばれていった。バケツリレーかよ……
――「ぷっぷぷ~! らっくち~~~ん」――
◇ ◇ ◇
ソニン海賊団の面々は、たぬきつねの湯が気に入ったらしく、一週間ほど商店街に滞在し、ブンゴルドへ帰ることになった。
あ、それと……ローニャが沈めた船の賠償金は――
「田中どの。このクソ女が払えないのなら、兄であるあなたが払うのが筋です。まあ、兄弟同盟のよしみで……一銭も負かりませんが、割賦は認めます。しっかりと払って頂きますので、どうぞよろしく……お・に・い・さ・ま……くくくっ」
……と、マーサからの冷静かつ冷徹な判断で、なぜか俺が肩代わりすることになり、俺は物凄い額の借金を背負う事になってしまった。
そうして、ソニン海賊団、帰還当日――
――「ローニャ! また会いに来るからな! その時は返事をくれ!」――
裏で俺がマーサに借金宣告を受けているのも意に介さず、このバカ船長は相変わらずローニャに夢中だ。
しかし、今のローニャは幼女姿……良い歳した成人男性が幼女に求婚するその姿は、非常に好ましくない。ソニンよ……周りの目をもう少し気にしたらどうだ?
「れん……ちょっとだけ、元に戻っていい? 何もしないから」
「うん……今だけは是非そうしてくれ。海賊以外に誰もいないとはいえ、絵面的に非常にまずい。まだ妖女の方がましだ」
――シュゥゥゥ……ボン!
「う~わ……やっぱり元に戻る時、かなり魔力を持ってかれるわねぇ~。ふぅ~、さ・て・と……ソニン、私の事、好きでいてくれるのは……嬉しいわ。ありがとう」
「じゃ! じゃあ――」
妖女ローニャのまさかの言葉に、ソニンが目を輝かせる。しかし……
「ごめんなさい。私……もう、人なんて愛せないの。だって1000年も生きてその愚かさを誰よりも知ってるから。だから……1000年たったら出直しておいで……ぼ・う・や……」
この時……「もう」とローニャは言った。つまり彼女は愛を知っている。傷だらけの身体を魔力でひた隠し、国落としの名を受ける伝説の魔人……俺と出会った時――
『――れんも……私を……殺すの?――』
ローニャはそう言った。
――1000年の孤独――
俺は不意に、ひょんなことから俺の妹を名乗るようになった、このサキュバスを……抱きしめたくなった。
ソニンは俯き、海賊帽でその表情は見えない。諦めたか? いや……この男の事だ。そう易々と――
「……ダメだぜ、ローニャ。俺に嘘は通じねぇ」
「嘘? ふんっ……何を言っているの? 本当の事よ」
「い~や……俺はお前に操られたとき、お前の『魂』に触れた。お前の魂……誰よりも……誰よりも美しかったぜ。俺はお前の魂……お前の『本当』に惚れたんだ!!!」
「な……何を――」
そうか、真眼の天秤……他者の魂の揺れをみることが出来る固有スキル……本当を知る力……
「お前が1000年人を愛せなかったんなら、それは出会ってなかっただけだ。心配すんな! 愛は……あるぜ!!! へへへぇ~!」
「はあ?! あんた何言ってのよ?! 話の通じない男ね!」
珍しくローニャが動揺している。ソニン・ブラーバ……大馬鹿な変態海賊……嘘が通じない男、嘘をつけない男……本当を見抜く男……もしかしたらこいつは……
「俺は運がいい。お前に出会えたんだからよ。そして!!! お前も運がいい! 俺に出会えたんだからよぅ……今から俺がお前の……1000年目の男だ!!!」
バ、バカっぽいが……か、かっけ~~~!!! 何だこいつ……こんな歯の浮くようなセリフを……でも……なんか、かっこいいぞソニン!!!
「だ、だれがそんな言葉……信じるって言うのよ!!!」
ソニンは眼帯を右目に付け替え、コインを弾いた。
――ピィン! パシィッ!
「……裏だ。俺は偽らねぇ。お前が信じないなら、何度でも、何度だって証明してやるぜ。この眼にかけて……たとえ1000年後だろうとな」
ソニーーーン!!! 無茶苦茶カッコいいじゃないか!!!
「まあ、今回の所は、ようやく俺の意志が伝えられたってことで、手打ちだ。返事はゆっくり考えてくれや……俺はいつまでも待つぜ。たとえ……1000年後だろうとな!!!」
……嗚呼……くどい! いい台詞だったのに……台無しだ! きっと自分で気に入ってしまったのだろう……ソニン・ブラーバ……残念すぎる男だ。でも、左目の力は失ってないから、本気でいってるんだね……1000年待ったら死んでるよ? バカだから気づいてないのかな?
――シュゥゥゥ……ボン!
「な、何よ! あんたなんか! 私の何が分かるのよ! もう知らない!」
ローニャは動揺のあまり幼女姿に戻り、その場から逃げ出していった。
「へへへぇ。照れやがって……まあいい。おい! 帰るぞ! 野郎ども!!!」
――「「「へい!!!」」」――
帰り際、サリサがマーサに語り掛けた。
「おい、デカッ尻。本当に良いのか? 雇用の契約を結べば、お前ら海賊団の隷属の紋は消せるんだぞ? 悪い話じゃないだろう?」
「……サリサ。お前は本当にまだまだ子供だな。今、見ただろう? あのバカ船長のバカっぷり。私らはな、あのバカ船長の……バカなところが好きなんだ。ソニンさまが私らを買い取って、海賊にしてくれた。海に連れ出して……自由をくれた。そして、それを全ての奴隷にやろうとしている……バカも大バカ、見事なバカっぷりだ。そして……愛しき大馬鹿だ……もはやこの紋は、奴隷の証ではないんだよ。わかるかな? 節穴」
「そうか……大変……失礼した。私が
「っ……!!! 調子狂うなぁ! そこは突っかかってこいよ!」
「そうだな……失礼した。また……次来た時、スモーをとろう。それまで腕を……いや、そのデカいばかりのケツを磨いておけ!!! ついでにまな板もな!!! は~はっはっは!!!」
「く、口の悪い!!!……それでこそ、
はは、変な友情……本当、こっちの二人も面倒な関係だ。
マーサが去り際に俺に小声で耳打ちしてきた。
「田中どの。私はローニャに船団を潰された面子もある故、船長の恋慕には反対だったのですが……船長があのクソ女を妻にめとるのであれば、船長の懐の深さを周りに示せることになる……わかりますね? 是非、良き計らいを……では」
最後の最後まで、マーサは最強の副官としての仕事をして去っていった。
「ふう……行ってしまったな……蓮」
「ああ。ソニンたちが来てから忙しいというか、怒涛の賑やかさだったな」
「蓮……カリスとタリナからの報告だ。この街に潜んでいた斥候の数が宣言後、減った。恐らく自国へ報告に戻ったのだろう。これから……忙しくなるぞ」
「……だね。まあ、みんなもいるし……どうにかなるさ。サリサ、これからもよろしくな」
「ああ。任せておけ。私はお前が大好きだからな。どこまでも支えてやる」
「ばっ?! バカ! そういう事じゃなくて――」
「はは! 何を照れている! 私はずっと変わらず言い続けているだろう! 何をいまさら!」
「お前は直球すぎるんだよ! もう少し情緒というかそう言うのが――」
――こうして大狸商店街は、ツクシャナの森に共栄圏を築くことになり、その中心的役割を担う事になっていく。
しかし、不可侵領域であったツクシャナの森が共和国となったことで、近隣諸国のパワーバランスが崩れつつあった。
東のブンゴルド最強海賊団と南のクマロク王国と手を組んだツクシャナ共和国は、もはや静観できる存在ではなく、近隣諸国は対応に追われることになる。
西の交易都市ファクタでは、貴族階級が教会とコンタクトを取り、北の防砦都市ノルドクシュではギルドが傭兵を集め始めていた。
嵐の前の静かな緊張がクシュ大陸を包んでいた。
そして、これからほどなくして、蓮の右腕として建国まで支えてきたサリサ・ヴェレドフォザリが……大狸商店街から姿を消す。
夏の終わりの風に吹かれ、蓮を見つめる彼女の笑顔は、いつもより柔らかく、少しだけ遠かった。
――みょーんみょん……つくつくみょ~~~~ん……
秋が、もうそこまで近づいてきていた――
【第二章~統治篇・夏~】 完