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第4話 錬金少女アイーシャ

 人間でも入ってるのか――と思わせるほどパンパンに膨らんだアイーシャのバッグ。そこから次々とモノが出てきた。


「はいどうぞ、遠慮なくどうぞ〜〜」


 差し出された水気の抜けたパン、葉野菜のレモン浸け、小分けされたチーズ。無限かと思える程度には、ジャンジャン出てきた。


 それらをオレが片っ端から食らいついていると、今度は塗り薬と包帯が出てくる。足の治療用だった。


 アイーシャの右足首は赤く腫れていた。塗りつけた薬がしみるようで、眉尻がギュッと下がる。痛みをまぎらわせるつもりか、会話はなかなか途切れなかった。


「いたた……。ところでお兄さんはなんて人?」 


「オレはライル。ロックランス村から来た。不本意ながら槍に縛られて生きている」


「へぇぇ。槍遣いなんて本当にいるんだね。さすがはド田舎、ありえん事が当然のように起きるよ」


「少しは歯に衣を着せろ」 


「アタシはね、アルケイル村が生んだ奇跡の美少女錬金術師だよ。ちょっとお金が必要でさ、冒険者なんてやってんだ〜〜」


 今も浮遊するランプが、アイーシャの笑顔を優しく照らす。顎先で切りそろえた桃色の髪に、真珠のように大きな瞳。皮の胸当てがついたローブ。


 やたら貧相。装備も脆弱。とてもじゃないが、魔獣のうごめくダンジョンを踏破できるとは思えなかった。連れの居る素振りも見せない。無謀にも単身で乗り込んだのは、勝算があっての事だろうか。


「ここへ来たのは依頼のためか?」


「そうなの。街道を騒がせる魔獣がいるから退治してくれって事で。なんでも、ロックランスから送り出したエイレーネ行きの荷馬車が襲われたらしいじゃん」


「へぇ、実害があったのか。知らんかった」


「知らんかった!? いったい何しに来たってのよ……」


 荷馬車が襲われたとなると、何人かの怒り顔が思い浮かぶ。しかし同情する気持ちが薄いのは、親しい間柄ではないからだ。


 事前情報は、鉄すら切り裂く巨大なバケモノ、という事ぐらいだった。それ以外に知るべきことはない。聖槍エリスグルさえ壊せれば、詳細などどうでもよかった。


 が、しかしだ。もしかするとエビルボアーも不要かもしれない。アイーシャ次第では。


「ところで錬金術って、どうやるんだ?」


「あれあれ? もしかして興味湧いた?」


「割と。どうなんだよ」


「錬金釜に調合液を満たして、素材を溶かすんだよ。そして複数の素材をうまいこと混ぜ合わせて――」


「素材を溶かすんだな!? じゃあこの槍も溶かせるよな!」


 オレが前のめりになると、同じ分だけアイーシャが引いた。


「えっ、何、溶かしてどうする気? それはライルの大切な武器でしょ?」


「こんなもん疫病神だ。それよりどうする、どうやる、錬金するには何か道具がいるんだよな? 一刻も早く頼むぞ」


「分かったから落ち着いて……。つうか顔! 圧がやばいから!」


 必要なものは一通り揃っている。そう告げたアイーシャは、一抱えもある金属の釜をバッグから取り出した。


「そんなもん持ち歩いてんのか。こわっ……」


「何よ。このタイプの錬金釜は、見た目ほど重くないんだよ。軽い素材で出来てるから」


 アイーシャが釜を叩くと、コワンと小気味良い音が鳴った。しっかりとした造りに思える。


「ここで出来るなら助かる。存分にやってくれ」


「言っとくけど、武器強化なんて専門外だよ? そういうのは鍛冶屋に持ってってくれないと」


「そうじゃねぇ。槍が跡形もなく消えたら十分なんだ」


「ねぇ君、マジでなんなの?」


 アイーシャは不審げだが、準備を進めておく。まずは素材を中に入れるべし。


 釜は大きいが、さすがに槍がスッポリ入る程ではない。斜めに差し込んでも、せいぜい柄の半分が隠れるくらいだろう。


「じゃあ中に入れるぞ……」


 聖槍を釜の口に近づけた途端、エリスグルはするりと手のひらから抜け出して、地面に転がった。


「ハァ? 何が起きたんだ……?」


 改めて槍を握りしめると、特に不審な点はない。強いて言えば、柄の部分の宝石が、蒼い光を淡く放っていた。


 何かの意思表示かもしれない、とは思う。


「だが関係ねぇ。お前はもう溶かされるんだよ」


 今度はしっかりと柄を握りしめて、再び釜へ。しかし、釜の口から逃がれる方向に向かって、凄まじい力が生じた。まるで反発し合う磁石をぶつけた時のような。


「クソッ、抵抗すんなオラ! いい加減観念しろよ金食い虫が!」


「何してんのライル……まさか一人芝居? 槍ジョークってやつ?」


「お前も手伝え! こいつ、スゲェ拒否りやがる……!」


 半信半疑のアイーシャだが、柄を掴んだ瞬間に顔色が変わる。どうやらこの不可思議に反発する力を理解したらしい。


 そうして2人がかりになったのだが、一進一退となる。オレはベタ足になってまで渾身の力を込めたのだが、決着には至らない。


「踏ん張れアイーシャ、死力を尽くせ……ッ!」


 アイーシャも柄にぶら下がる形になって協力してくれた。


「ごめんライル、アタシそろそろ手がヤバいんだけど」


「弱音を吐くな、まだいける! このまま限界の向こう側に……!」


 腕を激しく震わせたアイーシャは、ついに手を離してしまい、尻から地面に落下。


 同時に均衡が崩れた。エリスグルがオレの手のひらからスッポ抜ける。槍は自由だと叫ぶ代わりに、凄まじい速度で頭上の方へ飛んでいった。


「チッ。逃げんなよ!」


 エリスグルは戻るように落下を開始。ギラリと光る刃を下を向けて。そして地面に突き刺さるのだが、寸前にアイーシャの胸当てを掠め、オレのズボンをかすかに裂いた。


 そして突き立った地面に、大きな亀裂を作った。


「上等だこの野郎、持ち主に逆らうなんて。こうなりゃトコトンやってやる!」


「無理! ムーーリムリムリ! やめようよ、次は殺されちゃうかも!」


 それからのアイーシャは拒絶するばかりになる。あらゆる説得も効果はなかった。これ以上は時間のムダでしかない。


「そうか、邪魔したな。飯も助かった。じゃあな」


「えっ、待って、一緒にいかないの!?」


「傷の手当は終わっただろ」


 問いかけには答えず、オレは焚き火から燃えさしを拾った。とにかく時間が惜しい。一刻も早くボスを見つけなくては。


「ねぇ、アタシはこう見えて、冒険に慣れてるよ。ランクはブロンズだし、色々役に立てるから!」


 追いすがるアイーシャが銅板を見せつけてくる。ランプの光で赤茶に輝いた。恐らくは鉄板のレックスたちよりは上等だと思う。


「オレは冒険者じゃないから分からんが、役立つように思えない。銅板が勝手に戦うわけでもないしな」


「冒険者じゃないって……? それじゃボスを倒しても報酬がもらえないじゃん。なんだってこんな危険な場所に!」


「オレにも事情があるんだよ」


 先を進むオレにアイーシャがまとわりついた。身振り手振りもそうだが、口もやかましく動く。


「あぁ、ふぅん。分かっちゃったよ。ライルって武者修行中でしょ! その槍で大活躍して、悪い評判を吹き飛ばしたいとか!」


「いや、そうじゃねぇが」


「立派な心がけですなぁ。お兄さんアレでしょ。負けてる人を応援したくなるタイプ」


「だから違うっての」


 オレは舌打ちを漏らした。アイーシャが邪魔くささもあるが、何よりエビルボアーの気配が消えた事だ。


 定期的に聞こえた唸り声は、いつの間にか聞こえなくなっている。これでは大まかな位置すら分からない。自然と足早になっていった。


 やっぱりアイーシャは、小走りになって付いてくる。


「ともかくね、乗りかかった馬車だから。これも縁ってことで」


「乗せたつもりはねぇが」


「一緒にエビルボアーを討伐しようよ、ねぇ。アタシがいれば、ギルドから報酬だってもらえるし」


「いやいや、別にエビルボアーを倒す気はねぇし」


「えっ? は? え? 理解不能!」


「とにかく槍を壊したい。それ以外に用は無いぞ」


 アイーシャは、この期に及んで槍破壊の目的を理解していなかった。信じられない――とでも言うように、口だけ動くのが見えた。


「ともかくそういう事だ。ここのボスを倒すのは、依頼を請けたお前がやればいい。オレは知らん」


 ここでアイーシャが泣きっ面を見せたかと思うと、いきなり飛びついてきた。


「いや! いや! お願い見捨てないで! 準備の時間をケチったら道具がカツカツで大ピンチなの! そんなに強いんだから、人助けだと思って世は情け、情けは人の為ならず……それからええと……。ともかく、か弱いアタシを守ってお願い!」


「えぇ……?」


「色々役に立つからお願いだってばぁ! 美少女だし華やかになるじゃんよ〜〜!」


「そもそもお前、どうして1人で乗り込んだんだ! そこまで貧弱だったら仲間でも連れてくるだろうが!」


「いや、それはその、良い人に巡り会えなかったからで……もう良いやと思って引き受けちゃって……」


「だったら自業自得だ。1人の醍醐味をかみしめろ」


「でもホラ! 灯りが必要じゃん、灯りが! そんな燃えさし1つじゃ、すぐに燃え尽きちゃうよ?」


 アイーシャが指先で弧を描くと、例のランプが浮かび上がった。確かにそこは便利だと思う。エビルボアーも、片手で制御できる相手とも限らない。


 オレは長い長い溜め息とともに、状況を受け入れた。


「わかった、オッケー。しばらく同行してやる」


「えへへ! ありがとう〜〜すごく心細かったんだ〜〜」


「お前は照明係だ。頼めるな?」


「もっちろん! ランプはもう、こんなにも自由自在なんだから、ほらほら〜〜」アイーシャが上機嫌になって、宙空にランプを走らせた。


「おいおい、ハシャギすぎだろ」


「見て見て〜〜アタシはこんなにも〜〜」


 その時、ランプは何かに激突して、音を立てて揺れた。鍾乳石にでも当たったのか。


 いや違う。揺れる光が巨大な影を映し出す。それは地面を掻いて走り出した。辺りには身体が痺れるほどの振動が伝播した。


「何か来るぞ、気をつけろ!」


 オレはアイーシャを横に突き飛ばし、それから壁を蹴って跳んだ。懸命に跳んだその真下で、巨大な物が猛然と通り過ぎてゆく。


「ハハッ! やったぞ、ついにお見(まみ)えだ!」


 着地して身構えていると、それは静かに戻ってきた。そして吠える。激しい咆哮が肌をうった。


 すると、震え声になったアイーシャが、オレの背後で呻いた。


「あわわわ、間違いない。出たよ、ダンジョンの主が……!」


「やっぱりな、ハハッ! 不意打ちとはやるじゃねぇか!」


「なんで嬉しそうなのよ!?」 


 口から飛び出した無骨な牙、分厚く角張った四足の身体、真っ赤に怪しく光る瞳がオレを見下ろした。まるで山が動き回るような圧迫感だった。


 それだけじゃない、こいつは知性もある。闇に紛れて気配を殺し、不意打ちまで仕掛けたのだから。つまりただのバケモノではない。それが嬉しくて堪らなくなる。


(よし、こいつならいけるぞ。きっと聖槍をブッ壊してくれるはずだ)


 ついに呪いから解放される時がきた。そう思えば、余計な事は全てどうでも良かった。


「グォォオオーーン!」


 巨大なイノシシ、大型魔獣エビルボアー。そこにいるだけで他を圧倒する姿は、まさにダンジョンの主として相応しい姿だった。吹き付ける闘気に当てられて、手のひらに汗がジワリと吹き出した。


「そうだよな。こうじゃなきゃ困る!」


 オレは、震える手で槍を構えた。鏡を見なくとも、自分の口角があがってゆくのが分かる。笑っているんだろうと思った。


 オレの背後で青ざめて震えるアイーシャとは対象的に。

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