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第6話 一難去ってまた一難癖

 無様にも背中を見せて逃走したエビルボアーだが、ついに最奥の部屋まで追い詰めた。聖槍の光が、隅っこで丸くなる巨大イノシシを照らしている。


「さぁ立て、仕切り直しだ! かかってこい!」


「ぽぇぇ〜〜」


「情けない声を出すなって! その足で立ってみろ、お前は雄々しき魔獣だろうが!」


 何度怒鳴り散らしても同じだった。エビルボアーは繰り返しポエポエ言っては、オレに上目遣いする。


「ねぇライル。さすがにやめよう? イジメは良くないと思う」


「何いってんだ。さっきまで青ざめて震えてたくせに。つうか焼き殺そうとしたヤツのセリフじゃないだろ」


「でもさ、なんか可愛くない? お友達になれちゃったりするのかな〜〜」


「黙ってろ、今は取り込み中だ」


 柄を踏んづけてみろと槍を差し出してみたが、イヤイヤと首を横に振った。刃を噛んでみろと顔に寄せてやると、この世の終わりみたいな声でポエる。


 あぁ、やっぱりダメか――。


 そう確信した時、オレの腹に駆け巡った熱意は、欠片さえも残さずに消え去った。


「チッ。仕方ねぇな。どっかいっちまえ」


「ぽぎぃ〜〜」


「ここからは出ていってもらうぞ。どっか他所に行け、分かったか?」


「ぷぎっ」


 オレの言葉が通じたか分からない。しかし、エビルボアーは静かな足取りで、いずこかへと立ち去っていった。すっかり小さくなった背中が、闇の中に消えた。


「ちくしょう……結局ダメだった……!」


「あはは。何か変なところに着地したなぁ。あの子を倒してないから、依頼料も無理だね。報酬の800ディナはもらい損ねたかぁ〜〜」


「どっちにしろオレはタダ働きだろ。ギルドの許可がないんだから」


「ライルはそうだったね……。それにしても今回は散々だなぁ。アイテムは使い果たしちゃうし。命があるだけマシだけど、もう大赤字だよ」


 オレは別に依頼料なんていらない。山分けして400ディナずつ、仮に800を丸々もらったとしても利息に足りないからだ。聖槍を破壊して借金をチャラにしてもらう以外に、生き延びるルートなんて無かった。


 そして見事に未来は閉ざされた。今日中に強敵を探し出すだなんて、まず不可能だろう。情報も時間も足りていない。


「あぁチクショウ! 結局プリズン送りかよ!」


 床には藁(わら)が無造作に敷いてある。自生したものじゃない。恐らくは寝床で、エビルボアーがせっせと集めてきたものだろう。そこそこ獣臭い。


 だが構わず寝転がる。さすがに疲れた。全身が鉛みたいに重たくて、藁に身体を預けた。


「クソ槍が。思わせぶりに光りやがって。お前のせいでオレは破滅だよ」


 いつの間にかエリスグルは元の状態に戻っている。こうなると神々しさもなく、ただの金食い虫でしかない。


「まったくよぉ、何だこの人生!? 悲劇そのもの――いや、悲劇を超えてんぞ絶対!」


 エリスグルを蹴飛ばして端に転がした。すると、それに巻き込む形で硬いものを蹴ってしまった。


 今のは石か……と思うが、様子がおかしい。手のひらサイズのそれは、暗闇の中でキラリと煌めいた。ランプに照らされたせいもあるが、それだけが理由じゃない。


 すかさずアイーシャが飛んでいき、石を手に取った。


「うわぁ、すごいよコレ……。高純度のアニマストーンだよ!」


「アニ……なんだって?」


「魔力(アニマ)が込められた石だよ。天然でここまでの品質って、なかなかお目にかかれないかも」


 アイーシャが石を両手で捧げ持ったり、降ろしたりと繰り返す。石はそのたびに色味を変えている。確かに普通ではない、不思議な何かを感じさせた。


「そんだけご立派な代物なら、高く売れそうだな」


「もちろんだよ。これなら1千ディナ……いや2千くらいいくかも」


「2千だって!?」


 飛び起きたオレはアイーシャにズイと顔を寄せた。相手が首を引っ込めるのを無視して叫んだ。


 確かに聖槍は壊せなかった。しかしまだ生存ルートはある。それは1千ディナに及ぶ利息金を支払って、乗り切る事だ。


「行くぞアイーシャ! 今直ぐだ!」


「行くって、どこに?」


「ロックランス村に決まってんだろ! 急げ、店が閉まるまでに!」


「そんなに慌てなくていいじゃん。まだ足も痛いし、少しくらい休んでからに――」


 ごねるアイーシャ。ならばオレ1人で村に行くか? いやダメだ。村の連中を思えば、買い取り拒否は十分にありえた。やはりアイーシャの同席は必須だろう。


「担いで連れて行く、掴まれ」


「ちょっと! 今度は何なのよ〜〜!?」


 アイーシャを荷物ごと肩に担いで、出口に向けて走り出した。果たして今は昼か、夕暮れ時か、夜更けかも分からない。だが希望を失ってはいけない。物事は確定するまで変化するものだ。


 息を切らしながらダンジョンの坂道を駆け上がっていく。肺が破裂しても構わないから、今は一歩でも前へ。


「やべぇ……もう夕方かよ……!」


 洞窟から飛び出して見上げた空は、赤く染まっていた。何時間ぶりかに太陽を目にしたのに、腹の奥がギュウッと締め付けられた。


 背負ったアイーシャを降ろしつつ、訊いた。


「ハァ、ハァ、急ぐぞアイーシャ。走れるか?」


「少しくらいなら。それよりライルの方がヤバくない?」


「頼みがある。一足先にロックランス村に行って、雑貨屋で売ってきてくれ。今日中じゃないと手遅れなんだ」


「何を急いでるか知らないけど、今からだと間に合わないよ。村に着くのは夜遅くだろうし。それにね――」


「それに、なんだ?」


「もうアイテムが尽きちゃったから、独り歩きなんて怖いもん。魔獣に襲われたらそこでお終いだからね」


「マジかよ……。じゃあ行くしかねぇな」


 再びアイーシャを担ぎ上げ、村へ急いだ。


 少しでも近道をと思い、街道から外れて雑木林に向かった。それで移動距離は短くなるが、足元は悪い。天然の段差は多く、小石や岩が頻繁に邪魔をする。


 悪路が着実に体力を奪った。喉も渇ききってしまい、舌の根が張り付くようだった。


「み、水が飲みてぇな……」


「アタシ持ってるよ。ちょっとだけ休もうったら」


 差し出された革袋を受け取り、呷るように飲んだ。氷のように冷たいのは素直に嬉しい。


 喉を潤したあと、大木の幹に背中を預けた。身体はクタクタで立っている事すら辛くなっている。しかし猶予はない。空は既に赤黒くなり、夜に染まるのも時間の問題だった。


「待たせた。じゃあ行くか」


「村に戻るのは明日で良くない? 今夜は野宿で過ごそうよ」


「いやダメだ。理由あって、今日中に金を用意しなきゃならない。さもないとワクワクプリズン送りになっちまう」


「なにそれ……。もしかして、夜のお店? 推しのお姉さんに貢ぎたいとか?」


「フゴッフゴ」


「そんな楽しい話じゃない。オレの人生がかかってるんだよ。自由に生きられるか、それとも奴隷暮らしになるかの瀬戸際で――」


「フゴゴッ」


「ら、ライル! うしろ、うしろ!」


「ハァ? 何だよ急に」


 オレは肩越しに振り返ると、背中の大木が動いた。木の幹と思われたそれは、グラリと動き、向きを変えた。


 そしてこちらに顔を向けた。そこでやっと気づく。オレが寄りかかっていたのはエビルボアーの背中だった事に。


「お前、こんなところに居たのか。用なんて無い、サッサと行け」


「フゴゴ〜〜」オレの身体に鼻先を擦り寄せては、小さく鼻を鳴らした。持ち上げた尻に、短い尻尾をピコピコ振り回す。


「何だよその態度は。どっかに消えろっつの」


「ねぇライル。もしかして、懐いちゃったのかな?」


「勘弁しろよ。こんなデカブツなんてペットにもならねぇぞ」


 エビルボアーの態度は一貫しており、低く鳴きながら鼻先をこすりつけてくる。こいつなりの愛嬌かもしれない。


 だがその時、閃いた。巨大イノシシの背を叩いた。


「オレたちを乗せて走れ、分かるか? 村まで運んでけ」


「えっ、魔獣にそんなこと出来るの?」


「他に手段はねぇだろ。出来るか、オイ?」


「ブモッ!」


「頼むぞマジで。お前が最後の希望だからな」


 エビルボアーの背に乗ったオレは、アイーシャにも手を貸してやった。そして背中にしがみついては、イノシシの尻を叩いた。


「よし、全力で行け!」


「フゴーーッ!」


 疾走し始めたエビルボアーは、さすがに速い。そしてたくましい。岩をたやすく飛び越え、木々も避ける必要はなく、体当たりで弾き飛ばしていく。


 無茶苦茶だが、馬よりもはるかに早く、豪快だった。だが所詮、イノシシはイノシシである。


「おい、行き過ぎだ! 左の方に曲がれ!」


 走り出したら一直線、まさにそれだ。村へのルートから大きくはみだしてオーバーラン。切り返す用に、今度は左方向に走らせたのだが、またもや行き過ぎる。今度は右方向へ。左、右、左右。


 そうしてジグザグな進路で、せせこましく駆け抜けた。


「よし止まれ! このへんで良いぞ!」


 村郊外の森で告げた。空はほとんど暗い。日没まで秒読みという頃合いだ。


「いくぞアイーシャ。足の方は?」


「うん。少しくらいならいけそう」


 すかさず駆け出すオレたち。背後からは、アイーシャの荷物が鳴る音、そして大地を揺るがす振動が後をついてきた。


 いや、ついてきた――じゃないが。


「デカブツ、お前まで連れていけるかよ。さっさと消えろ」


「ぷぎぃ〜〜」


「こんな所を誰かに見られたらどうすんだ。誤解されるだろが。とにかく行け!」


 エビルボアーはまたもや肩を落として立ち去っていく。そちらに構うゆとりはない。急ぎ、村中央にある雑貨屋へ。


「あそこだ! まだ灯りがついてる!」


 店先に店主の姿がある。看板に手をかけているところで、「開店」の札をひっくり返そうとする真っ最中だ。


 オレは足に渾身の力をこめた。膝が笑う。足腰は限界だ。しかし走れ。翔べ。ラストスパート。


 そしてついに、オレの手は店主の傍に伸ばされた。札が裏返るのを寸前で阻止した形だ。


「はぁ、はぁ、店じまいの前に、話を聞いてくれ……」


「誰かと思えば、槍小僧のライルじゃないか。何を慌ててるか知らんが、今日はもう看板だ。明日にしてくれ」


「今日じゃなきゃ、困る、頼む……」


「困るのはお前さんであって、オレじゃない。さぁ帰った帰った」


 雑貨屋のオヤジが太鼓腹を揺すってピシャリと言った。しかし、遅れて駆け寄ったアイーシャの顔を見て、態度が急変。


「誰かね、この美人さんは!?」


「連れのアイーシャだよ。それがどうした?」


「ま、まぁ、話くらいなら聞いてやるかね。んふっ」


 鼻を膨らませた店主は札から手を離した。にわかに、寂しさ漂う茶髪頭を手ぐしで整えるなり、ドアを開けた。そしてニヤケ面で「どうぞ」などとのたまった。聖槍でシバキたくなる。


 数日ぶりに訪れた雑貨屋は、やはり雑然としていた。食料品や日用品、それと冒険者向けのナイフやバッグ、とにかくまとまりが無い。


 きっとアニマストーンも買ってくれるに違いない。実際、店主は目を丸く見開いていた。


「こりゃスゴイ。なかなかお目にかかれない代物だ……」


「どうなんだよ。いくらで買ってくれる?」


「そうさなぁ……。500ディナってところかな」


「ご、500だって!? 安すぎるだろ!」


「ガキの小遣いには丁度良い、むしろ多すぎるくらいだ。槍小僧の所持品ってだけで値が下がるところを、お情けで買ってやろうってんだ。感謝して欲しいくらいだね」


「こいつ……!」


「嫌なら他所に行けばいい。もっとも、店なんてここにしか無いがな」


 オレが拳を硬く握ると、それにアイーシャが手を添えた。それからは袖を引いて、出入り口まで連れて行こうとする。


「何だよアイーシャ。まだ途中だろうが」


「ライル、これはもう交渉決裂だよ。やっぱり行商の人に売っちゃおうか」


「えっ、何を言って……」


 アイーシャが視線だけを不自然に2度さげた。合わせろ、という意図だろうか。


「街道で出くわした商人だよ。あそこなら2千は出すってさ。交渉次第じゃもっと引っ張れるかも」


「そんな上手くいくか?」


「まかして。アタシけっこう得意だから。それじゃあ行こうか」


 アイーシャがドアノブに手を伸ばしたところで、青ざめた店主が待ったを叫んだ。勝敗が決した瞬間だった。


「やったねライル。2千ディナで売れたよ」


 売買を終えたオレたちは、店を後にして、村の通りを歩いていた。パンパンに膨らんだ革袋から銀貨を半分抜いたアイーシャが、残りを袋ごと手渡してきた。


「はいどうぞ、ライルの分」


「確かに10枚、1千あるな。助かったぞアイーシャ。お陰で首の皮が1枚繋がった」


「いえいえ、むしろこっちこそ助けられたよ〜〜。ライルが居なかったら、今頃は魔獣の晩餐になってたハズだし」


 雑談の傍らでフィンの姿を探したのだが、見当たらない。家に戻るべきかな。自宅に向かおうとして村の通りを歩いた。


 そしてギルドの裏手側に差し掛かったところで、珍しく村人で人垣ができており、足を止めた。彼らは一点を見つめている、集会所の方だ。


 その瞳には、憤りの色がありありと浮かんでいた。


「何事だ、これ。どうして集まってるんだ?」


「ねぇライル。ちょっと怖くない? 変に殺気立ってると言うか……」


 そこで集会所の方から大声が鳴り響いた。それは忘れもしない、レックスの声だった。


「オレは見たぞ! オレだけじゃない、ラティやオルガナもだ! ライルの野郎がダンジョンのボスと繋がってやがったんだ!」


 そこまで聞いて、オレは目眩を覚えた気分になる。


 ようやく金を手にしたと安堵したところ、突如暗雲がたちこめる。まだまだ今日という日は終わらないらしい。


(流れ次第ではレックスをぶちのめしてやる。)


 そう心に誓うなり、聖槍をそっと握りしめた。


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