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第7話 護るべきと棄てるべき

 陽の落ちた集会場でかがり火が燃え盛る。道を埋め尽くす30人ほどの大人たちは、こぞって三バカどもの演説に耳を傾けていた。


「ライルの野郎はエビルボアーを手なづけた、そいつに街道の荷車を襲わせた! それがこの事件の真相だ!」


 レックスが勝手なことをのたまう。オレはすぐにでも怒鳴りつけてやりたくなるが、堪えた。


 今はフィンを探さなくてはならない。冤罪を引っ被されるのはムカつくが、利息金の支払いが滞る方が問題だった。せっかく用意した金を渡せませんでした、では泣くに泣けない。


「ねぇライル。アレを止めなくていいの?」アイーシャの問いには答えず、頭を下げるよう指示した。オレたちは身をかがめつつ、人垣の裏側を通り抜けようとした。帰宅が最優先だ。


「ライルの奴はオレたちを逆恨みしてやがる! 槍なんて最低最悪の武器を、好き好んで遣ってるのを棚に上げてな。だからバケモノを利用して嫌がらせしようとした!」


「な、なんだとぉーー!」


 村人が叫ぶ。オレも叫びそうになった。仮に魔獣を使役する能力を持っていたとして、目的が嫌がらせって。マジで言ってんのか、バカなのか? いやバカだった。


 問題は村人たちも同レベルという点だ。三バカの雑な推理を、さも真理だという面持ちで受け止めていた。


「あの槍小僧め、オレたちが汗水垂らして育てた野菜を不意にしやがって。おかげで大損だ!」


「こうなったらもう容赦しねぇぞ! 身ぐるみを剥がして何もかも奪い、磔にして焼き殺すんだ!」


「そうだそうだ、根こそぎ奪い取れ!」


 いや盛り上がりすぎだろ。ヒートアップする村人たち、それを煽り立てるレックス。暴動寸前の熱気が耳にうるさい。


 しかし、そこへ冷水が浴びせられる。威厳の感じられる声が辺りを制したのだ。


「お前たち、これは何の騒ぎかね」


 レックスの隣に歩み寄り、ジロリと睨むのは村長のクリエだ。立派な口ひげ、固太りした体つきに羽織る高級ローブが、十分な威圧感をかもしだしていた。これでバカ騒ぎも落ち着くはず。


 なぜか、村長のローブに刻まれた模様に視線が引き付けられた。胸にジワリと不穏なものが差した。裏付けるように、エリスグルも微かに震えた気がする。


(違い羽根の紋章? あんなものあったかな……)


 村長は威厳のあふれる声で問い詰めた。


「何やら磔がどうのと、穏やかでないな。説明しろ」


「村長、ライルだ。あの厄介者が魔獣を従えて、オレたち村人に復讐しようとしてる」


「魔獣を従える?」フム、と考え込む仕草に理性を感じた。暴動寸前のムードも消えるに違いない、と思われたが……。


「それは大変な事だな、殺そう。全てを奪い、八つ裂きにして、ランドウルフの餌にでもしてしまえ」


 コイツもバカだった。


 たまらずオレは「いやアンタもかよ!」と飛び跳ねてまで叫んでしまった。群衆が一斉に振り向いたことで、失態を痛感する。


「やべっ、つい……」


「居たぞ、ライルだ!」


 憎悪に顔を歪ませた村人がオレたちを取り囲む。前と左右は群衆、背後はギルドの家屋。逃げ場はなかった。


「お前ら落ち着けよ。オレが魔獣を使役したって? そんな事出来るわけが――」


 弁明のセリフをレックスが遮った。


「言い逃れすんなよライル! オレは聞いたぞ。巨大イノシシを相手に『こんなところを見られたらマズイ』とかホザいてたよなぁ!」


「あれは、お前みたいなバカに見られたら誤解されると思ったからだ! 実際そうなったじゃねぇか!」


「うるせぇ! 言い訳すんな、汚らしい犯罪者め!」


 レックスが煽るほどに周囲の憎悪が膨らんでいく。奴を黙らせるべきか。いやそれより、アイーシャを守るべきだ。


 男たちはオレを見ていない。全員が、オレの隣に釘付けになっていたからだ。


「へへっ……。身ぐるみを剥ぐってことは、この女も脱がしていいんだよな?」


「脱がしたローブをかいでも良いかなぁ、汗のたっぷり染み込んだやつをさぁ」


 下心を暴発させた村人がアイーシャに飛びかかった。オレは咄嗟に聖槍で払おうとした。


 が、しかし。脳裏に親父の声がよぎった。


――槍は護り。いたずらに振り回すものではない。


 オレは舌打ちするとともに、槍は引っ込めた。代わりに飛びかかる男のチュニックを掴んで、力付くで投げ飛ばす。


 背中から叩きつけられた男は、白目をむくとともに意識を手放した。


「アイーシャに手を出すな! こいつはただの知り合いで、オレとは関係ない!」


「槍遣いと同行してるだけでもう罪だ! こいつも同罪だ!」


「いい加減にしろよ、痛いじゃ済まさねぇぞお前ら!」


「うっせぇ! 村長が良いといったら良いんだ!」


 迫りくる村人たち、素手で応戦するのも限界があった。勢いづかせると危険だ。そう見て取った瞬間、槍を大きく振り回した。


 そして強く踏み込んで構える。槍の穂先にまで殺気を漲らせると、村人どもは凍りついたように立ち止まった。


「こうなったら手加減なしだ! 死にたいヤツからかかってこい!」


 数は多くとも丸腰の連中だ。刃物を見せつけると、途端に怖気づいた。瞳に燃え盛る憎悪の光も、今やかすんでいた。


 あとは逃げ道を確保すれば、この場から脱出できそうだ。


「アイーシャ、大丈夫か?」


「ありがと。無事と言えば無事だよ、不愉快千万だけど」


「奇遇だな、オレも腹が煮えくり返ってる」


「何なのよこの村、おかしいよ。どうかしてる」


「とっとと離脱する。走る準備をしておけよ」


 オレが槍を掲げて威嚇すると、群衆が割れた。あとはそこを駆け抜けるだけだ。と思えたのだが、村長が吠えた。「武器を!」


 するとギルドの裏手が開き、中から無数の刃物が持ち出された。ロングソード、メイス、大斧とまとまりは無いが、全員に行き渡る量だった。


 そこまでやる気か。呆れと怒りで心がかき乱された。理性を取り戻してくれたのは、不安げに身を寄せてきたアイーシャの存在だった。


「逃げるぞ、こっちだ!」


 目指すは自宅方面、裏山に逃げる方が良い。そちらはほとんど家屋がなく、逃走に適している。


 しかしアイーシャは足を痛めており、全力で走れない。速度を落としつつ、村人たちの猛追に備えた。


「死ねぇ! 村の面汚しがぁーー!」


 束になって押し寄せる村人どもの数は多い、しかし素人。突き出された剣や斧は、1合も打てば十分で、揃いも揃って武器をポロリと落とした。


 槍は横薙ぎに、止めどなく振り回す。流水をイメージしながら。それだけで怯む連中は、間合い深くまで入り込めない。つまりは、槍の届く範囲ならば安全圏で、アイーシャに指1本すら触れる事が出来なくなる。


「へっ。これなら確かに、槍は護りって言えるかもな!」


 前方を塞ぐ敵を討ち倒し、猛追する連中は横薙ぎの牽制で足止めする。その繰り返しで、自宅までのルートを危なげなく前進できた。


 しかし燃えている。夜空を焦がすほどに燃え盛る紅蓮の炎が、村外れにポツンと立つ家屋から立ち昇っていた。


「オレの家が……」


 背後から連中の迫る足音が聞こえる。事態を飲み込む暇(いとま)さえなかった。


 オレはアイーシャの手を引いて裏山に駆け込んだ。それでも奴らは追ってくる。夜闇の中で、松明は虫が群れるかのように蠢いている。


 視線を村から、山の反対側に巡らせてみる。そちらは街道で、道々に灯りが散見された。馬のいななきも聞こえる。すでに村人の手が回っているようだった。


「ねぇライル、逃げ切れるかな……」


「任せろ。ここはガキのころから遊び倒した山で、庭みてぇなもんだ。細部まで知り尽くしてる」


 安心させたい一心で告げる。しかし、それを嘲笑うように誰かが立ちはだかる。3人組。揃いの装備。顔を見なくとも、それだけで誰か分かった。


「やっぱりな。ここを通ると思ったぜ、ライル」


「チッ。そこをどけよレックス、殺すぞ」


 ショートソードを抜き放つレックス、同じく左右にラティとオルガノ。松明を片手に薄笑いを浮かべていた。


「お前のボロ屋、よく燃えたな。汚ねぇもんが消えてスッキリしたぜ」


「そうか、オレも同意見だ」


「なっ……お前! 自分が生まれ育った家だろうが! 哀しくねぇのかよ!?」


「ロクな思いでがない。あの家も、ロックランス村もだ。ゴミみてぇな縁を家ごと燃えてくれた。むしろ感謝すべきかもな」


 レックスたちが驚愕に目を開くと、やがて憎悪が滲み出す。


「涼しい顔しやがって……! ライル、オレはな、テメェのそういうとこが気に入らねぇんだ! まるで自分は特別だと言わんばかりのツラが!」


「ハァ? 何言ってんだお前?」


「ガキの頃からずっとそうだ。どんなにブチのめしても泣かねぇし、参ったとも言わねぇ。それどころか、次の日にはシレッとしたツラでうろついてやがる。オレが全力で苛め抜いたにも関わらず、お前の心は全然折れなかった!」


「まさか、おまえ……」


 嘘だろ、と耳を疑いたい気分になる。レックスは手前勝手な憤りを溢れさせた。


「お前のせいで、オレがしょぼく見えるだろうが! 這いつくばれ、レックス様には敵いませんって、潔く負けを認めやがれ!」


「そんな理由か……お前が絡んできたのは、思い通りにならないからで……。ガキの理屈じゃねぇか」


「今日こそ後悔させてやる。オレたちをみくびった事をな!」  


「みくびってなんかいない。オレとお前らでは、天と地の開きがある。そもそものラインが違うんだよ」


「その驕りごとぶった斬ってやらぁーーッ!」


 三バカが分かりやすく、同時に剣を振り下ろした。それを聖槍で受け止める。片手で足りるほどに軽い。悲しい。哀れみが込み上げるほどに。


 受けた槍で押し返すと、3人は並んで尻もちをついた。すかさず間合いを詰めて、レックスを前にして槍を振り上げた。


「邪魔すれば殺す、と警告したよな」


「ひっ。や、やめ……!」


 槍は護り。何を護るか。10年以上、嫌がらせに終始した腐れ縁はどうだろうか。値せず。


 しかしその時、いくつかの光景が蘇る。こんな男でも、家族や仲間を前にすると自然に笑う。曇りのない笑顔は、何度か目撃したことがあった。


「覚悟しろ」


 ためらわず槍を振り下ろした。刃は身体をとらえず虚空を切り裂き、しかし鋼鉄の柄がレックスの肩を粉砕した。


 悲鳴をあげる余裕すら無かったらしい。静かに泡を吹いて意識を手放しす様を、オレは静かに見下ろした。


 ネズミ顔のラティが歯をむいて声を荒げた。死んではいないと思った。


「なんて事すんだよ! オレたち幼馴染だろ!」


 刃物を向けてきたヤツのセリフとは思えないが、隣のオーク面も同意見らしい。オルガノも「そうだそうだ」と言っては、アゴ肉を大きく揺らす。


 そんな言い分も、オレが槍の切っ先を向けると、黙り込んだ。


「聞け、バカども。お前らは絶望的に弱い。だから大人しく剣を捨てて、家業を継げ。それが賢い選択ってやつだ」


「クッソ〜〜。このままで済むと思うなよ」


 ラティはその場で松明をかかげ、虚空に円を描いた。すると遠くから「いたぞ」「山の中だ、急げ」という声が聞こえるようになる。


「へへっ。村の皆に知らせてやったぜ。すぐに囲まれるだろうよ」


「……面倒な事を。さっさと殺しておくべきだったか」


「もう遅ぇんだよ。お前は寄ってたかって焼き殺されるし、女の子ちゃんはご褒美だぜ。そのぶっとい足に頬をスリスリしてやるんだ」


 欲望に顔を歪めたラティだが、それはみるみるうちに青ざめ、そして絶望に染まる。オルガノも、鏡合わせしたように、まったく同じ様子になる。


 2人ともオレを見ていない。オレの背後を凝視していた。


「グオォオオン!」


 咆哮、地響き。それはエビルボアーのもので、ちょうどオレの真後ろからだった。 


「ひぇっ、バケモノ……!」


 しめた。すかさずエビルボアーの背中にアイーシャを放り投げて、続けてオレも乗り込んだ。


「よくやったデカブツ、このまま走れ!」


 エビルボアーの尻を叩いて走らせた。山林を蹴倒しつつ、斜面を降って登ってを繰り返しつつ、ひたすら北へと駆けていく。


 人里から大きく離れた草原で、ようやく止まった。村はすでに遠く、追跡の馬蹄(ばてい)すら突き放していた。


「まったく、何なんだよ……。あの騒ぎは」


 草原に寝転がったオレたちは、空を見上げた。満天の星空に蒼い三日月が浮かぶ。村の喧騒が幻だと思える程に平穏だった。


「ライル、これからどうするの。今日は疲れたし、ここで野宿する?」


「そうだな。クッソ疲れたし、早いとこ寝ちまおう」


「それじゃあ焚き火の用意をしちゃうね」


 助かる、と言いかけて飛び起きた。いや寝ちまおう――じゃないが。


「やべぇ利息金! 払いそこねた!」


 するとその時、頭上から耳障りな声が聞こえた。


「ンフフ〜〜ちゃんと思い出せてエライエライ〜〜。思ったより義理堅くて安心しましたよ」


「その声はフィンか!?」


「はいはい、こちらでございます〜〜」


 宙空で煙を伴う爆発が起こり、フィンが現れた。そして、不自然なまでに恭しい仕草で頭を下げた。


「お前、どこにいた?」


「ついさっきまで、あなたの家でずぅ〜〜っと待ってましたとも。暇なので、トビグモちゃんと遊んだりしてねぇ。家が燃やされたと同時に逃げまして、魔獣の動きを察知しながら追ってきたんです。ちなみにクモちゃんならば、安全な場所に移しましたのでご心配なく〜〜」


「そこは気にしてない。つうか家に居たなら、村のバカ騒ぎも見てたんだよな?」


「あっ、それよりも前に――」


 フィンは長い腕をスルリと差し伸べてきた。純白の手袋が嫌味なほど綺麗だった。


「利息分、お支払いくださいな。話はそれからですので、ハイ」


「ほらよ。ちゃんと1千用意したぞ」


「ひい、ふう、みぃ……。はい確かに! 利息分キッチリいただきましたよぉ〜〜」


「それはそうと村人の話だ。どう思う?」


「いやはや面妖な事ですねぇ。ロックランス村は、古くから槍遣いと濃い間柄にあったのに。かつてとは全くの別物、真逆と言ってもよろしい。これも時代というヤツですかねぇ〜〜」


「待てよ。お前、何か知ってんのか?」


 問いかけるも答えはない。ただ唸りながら、ゆっくりと首から上を揺すっただけだった。


 蒼い半月がフィンの仮面を冷たく照らす。仮面の内側は、今この瞬間も見えなかった。



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