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第12話 ヴァラキンとの激突

 ヴァラキンが大斧を構えると、取り巻きどもも剣を抜いた。背後に隠れていたのは魔術師か。


 それらは円を描くようにオレを取り囲む。その動きに澱みはない。実に手慣れたものだった。


「そもそもお前らは何者だ? 強盗、盗賊、賞金首だったりな」


 問いかけに返答はなかった。「やれ」ヴァラキンが短く言うと、取り巻きどもが一斉に動いた。視界で白刃が踊る。


「一対一じゃないのかよ」


 左からの斬りおろし、伏せてかわす。逆方向から低い横薙ぎ。槍を立てて柄で受けた。そこへ頭目がけて振り下ろしが浴びせられる。背後に飛び退る。


 今の動きは読まれたか。着地の瞬間に魔法が浴びせられた。


「ファイヤーバレット!」虚空を切り裂きながら、火の玉が飛んでくる。ひとつひとつは小さい、だが膨大、そして速い。


 オレは槍を高速旋回させて、火の玉を全て弾きとばした。石礫(いしつぶて)のようなものだった。


 魔法に対処したら、やはり剣士たちが斬撃を浴びせてきた。それらも槍で受ける。


 この頃になると、1つの違和感を覚えていた。


(こいつら、オレを殺す気がないな。例えるなら狩りに近いか……?)


 弱い個体をけしかけて、獲物を弱らせる。そして頃合いを見計らって最大火力を浴びせる戦法。


 その火力は何か、考えるまでもない。あの大デブの一撃だ。


「そこだ! 食らいやがれ!」


 ヴァラキンが叫ぶとともに大斧を振り下ろした。回避の瞬間を見極めた、絶妙の攻撃だった。避けられない。両手持ちにした槍で受け止めた。


「この威力……身体が――!」


 デカブツに体当たりでもされたかのように、身体は吹っ飛ばされた。地面を蹴ることで勢いを殺しつつ、宙返りをして体制を立て直す。


「へぇ、なかなかやるじゃん」


 手が僅かに痺れた。こんな経験は、親父との立ち会い以来で、不思議と笑みが込み上げてくる。


 対するヴァラキンは、苛立ちを隠さなかった。


「テメェら、もっと激しく攻めろ! ちょこまか動けなくなるまでな!」


 取り巻きたちが一斉に動き出す。オレとしては、そいつらに用など無い。何度か受け止めて理解したのは、連中の力不足だ。


「お前らごときに槍は壊せねぇぞ! 不合格!」


 押し寄せる剣士たちを順番に叩き伏せていく。斬撃の剣を粉砕して、腹に石づきを叩き込んだ。1人2人3人。攻め寄せるなり、戦闘不能のステータスをくれてやる。それは取り巻きの剣士が全滅するまで続く。


 魔術師どもが慌てて詠唱を始めるが、それも見逃さない。瞬時に間合いを詰めて、アゴを蹴り飛ばす。


「魔法を見る機会なんて中々なかったからな。割と面白かった。が、不合格!」


 こうして男たちは、顔に恐怖を張り付かせては地面に這いつくばった。まともに立っているのはヴァラキンだけだ。


「よし、これで邪魔者はいないな。じゃあそろそろ本気でやろうぜ」


「こ、こいつ……!」


 ヴァラキンが歯を剥いてまで睨む。しかし、闘気は膨らむどころか、むしろ引っ込んだ。思わず怪訝な目を向けてしまったのだが――。


「もしかしてお前……」


 オレは地を這うほどに低く駆けて、ヴァラキンに突撃した。相手の怒り顔に恐怖の色が差す。その図体を飛び越えて背後に回った。


 ヴァラキンも懸命に振り向くのだが、ひどく鈍重だった。1歩、2歩と、もったいぶるようにして振り向いた。牛よりも鈍い。


「分かったぞ。お前、動きがトロすぎてまともに戦えないんだろ。手下に牽制させてやっと戦力になるっていう」


「う、うるせぇ! テメェのようなチビガキ、一撃でも当たりゃ瞬殺なんだよ!」


「たいした自信だな。ぜひともオレの槍に披露してくれよ」


 オレはベタ足になって手招きした。ヴァラキンの顔が、アゴ下の贅肉までもが、赤黒く染まっていくようだった。


「このオレ様をナメやがって……。生きて出られるチャンスを不意にしたことを、あの世で後悔しやがれ!」


 全身を怒りで膨らませたヴァラキンが、大斧を激しく振り回した。肩口への振り下ろし、連続の攻撃。技よりも力というタイプだが、バカにはできない。特に身体を苦労した末に旋回させた横薙ぎの一撃は痛烈だった。受け止めたオレの体ごと吹っ飛ばすほどに。


 しかし聖槍はどうか。傷やへこみの1つも出来たんじゃないか。エリスグルに目を向けると――無事。「やぁこんにちわ!」なんて気安い声が聞こえそうなほど、万全そのものだった。


 震える程の怒りが両手に宿ってゆく。


「お前も不合格! 期待させやがってーー!」


 掲げた槍を振り下ろした。ヴァラキンは斧で受け止めようとして、その柄がグニャリと曲がる。すかさず石づきで、みぞおちを突いた。巨体の顔は瞬く間に青ざめては、泡を吹いて、前のめりに崩れた。


「あぁクソッ! 時間をムダにした!」


 苛立ちが込み上げてくるが、ふと思う。こいつをギルドに突き出してやれば、何か評価してもらえるのではと。


 物を盗み、襲うようなやつだ。賞金首だの強盗団だの、捕まえたら喜ばれそうに思う。


「しかしな。こんなバカデカいもんを運ぶのはな。結構遠いし……」


 するとそこへ、揉み手の姿勢で1人の男がやって来た。小柄で革鎧姿、ここへ誘導したヤツだ。


「いや、あっはっは! めちゃくちゃお強いですね、槍の旦那! これ、アナタ様のお荷物です、そりゃもう大事に大事に、懐で温めてました!」


 差し出された手紙の束。ここで思い出す、オレは配達の途中だったなと。


「そうか。ところでお前、名前は?」


「ケビンという名の、それはそれはケチ臭い冒険者でごぜぇます。鍵開けとか、罠解除がお仕事で、腕っぷしはてんでダメっていう……だからお願い! 痛くしないで!」


「お前が無事に帰れるかは態度次第だ」オレはアゴをしゃくって手紙を差した。


「まずは届けてこい。終わったらここに戻れ。もし逃げるようなら、草の根を分けてでも探し出し、骨という骨を粉々に砕いてやる。分かったら行け」


「い、今すぐ行ってまいります!」


 転がるようにして駆け出していくケビン。ヤツの俊敏さなら時間はかからないと思っていたところ、実際その通りだった。


 青ざめた顔にほんのり赤みを差して、呼吸も荒くして戻った。


「手紙3通、確かに届けて参りました! こちら半券でございまぁす!」


 受領書のような一片の紙が差し出されるので、受け取った。住民たちのサインが記されている。


「そんじゃ次は、ヴァラキンを運ぶ。手伝え」


「いぃ!? ふ、2人でこの大デブを!?」


「冒険者ギルドまでな。つべこべ言うな」


 オレはケビンの2人がかりで、ヴァラキンに肩を貸す形で運んだ。引きずったという方が正しいか。


「あの、旦那、どうしてこんな苦労してまで運ぶんです?」


「ギルドに突き出してやるんだ」


「えぇ……? それに何の意味があるんです?」


 意味ならある、大有りだ。ヴァラキンが盗賊団か賞金首かは知らんが、手下がいるんだ、そこそこ名の知れたヤツに違いない。


 こうやって打ちのめすことで、金は期待できないが、有能さを示す事ができる。許可証も荒っぽい仕事もまとめてゲット。もうスキマ仕事に関わる理由だってなくなるハズだ。


 強敵と出会えるうえに、金まで稼げる大チャンスだと言えた。


「良いことづくめじゃねぇか。輝いてるな、オレの未来!」


「そっ、そうですねぇ旦那! 眩しすぎて目を開けらんねぇや!」


「そうだろそうだろ〜〜」


 巨体を運ぶのはしんどいが、それも約束された未来を思えばこそ。


 道すがら、ヴァラキンのズボンがずり落ちて、真っ白い尻がブリンと出るトラブルも発生。ご婦人方には悪いのだが、失態のツケは槍働きで返そうと思う。


 教会の鐘が3時を告げるころ、苦労の末にたどり着いた。受付は驚きつつも、短くピシャリと言った。


「ナメてんのか。私闘は禁止だって言ったろ。お前は出禁だ、槍小僧め」


「私闘? オレは強盗を蹴散らして、首魁(しゅかい)を捕まえたんだぞ。なんだその判断は!」


「ヴァラキン・アモンとその仲間たちは、暦とした冒険者で、シルバーとブロンズランクで構成される。それなのに、許可証の無い一般人のお前がブチのめしたと? 本来なら、縄でふん縛って衛兵に突き出すとこだが、ヴァラキンにも問題があっただろう。それだけは勘弁してやる」


「冒険者って、マジ?」ケビンに顔を向けた。上目遣いのニヤケ顔が、ゆっくりと頷く。


「はい、間違いねぇです。どうしてバカでかい身体を運んで、わざわざギルドにケンカ売りにいくのかなと、不思議でしたぜ」


「先に言えよお前! こっちは事情なんて知らねぇっつの!」


 結局はヴァラキンの身柄はギルド預りとなり、オレとケビンはつまみ出された。「余計なこと吹聴するなよ」という警告まで上乗せで。


「クソッ。まさか出禁扱いになるなんて……こんなハズじゃ!」


「あぁ〜〜なんつうか、残念でしたねぇ。そんじゃアッシはこの辺で」


 立ち去ろうとするケビンの肩をガシリと掴んだ。


「まだだ。お前にはこれから、アイーシャへの釈明に付き合ってもらうぞ。仕事をほっぽりだした形になってるからな」


 泣き顔のケビンを連行しつつ、政務所に戻った。てっきりアイーシャが憤激して出迎えると思ったのだが――。


「ライル〜〜! どこ行ってたのよ〜〜!」


 政務所では、いつの間にかアイーシャがカウンターに座っていた。机に積み上がる膨大な書類の狭間で泣き顔を晒している。


「えっと、諸事情あって。お前はどうしたんだ?」


「仕分けが終わったから、アタシも配達に行こうと思ったの! そしたらこの人が」


 アイーシャが見上げるように隣の女を見た。その政務官は、ゲッソリこけた頬に薄笑いを浮かべていた。怖い。


「このアイーシャちゃんっていう子。素晴らしい逸材だわ。アッという間に仕事が片付いていくの」


「ひぃ〜〜ん、こんなの契約違反だよ〜〜契約してないけど約束が違うよ〜〜!」


「あら、違反はお互い様でしょ。ろくに配達が終わってないものねぇ」


 アイーシャがすがる目で見てくる。一刻も早く配達を終わらせろと、そういう事だろう。


 すると背後で忍び足が聞こえたので、すかさず釘を刺す。


「ケビン。お前に新たな仕事ができたぞ、それが終わったら帰っていい」


「あの、ええと、そろそろ勘弁して欲しいところですがねぇ〜〜」


「未遂とはいえオレから聖槍を盗もうとして、さらに危険な目に合わせたよな。今ここで帰るというのなら、骨の2、3本も貰っとこうかな」


「わぁい配達大好きぃ! 街の隅々まで徘徊したぁい!」


 それからは、ケビンと手分けして配達に当たった。目が眩むほどに膨大だったが、どうにかその日の夜までに終わらせた。


 ようやくケビンを釈放。ゾンビ顔のアイーシャと肩を並べて帰宅した。


「ひどいめにあったな。次から政務所と売り子は避けよう」


「あのお姉さんに、しつこく根掘り葉掘り聞かれたよ。肩書とか、住んでる場所とか。全部ごまかしたけど」


「ちなみに報酬は?」


 アイーシャが震える手を突き出してきた。手のひらに置かれた銅貨は8枚。それが答えのようだった。


「フザけんなってくらい安いな。売り子以下じゃねぇか」


「いや、これでも高い方だよ。売り子がおかしかっただけ。他のスキマは50も貰えないし」


「そんなもんか。ところで聞きそびれたが、最強男の情報は――」


「ごめん。アタシもう寝るわ。あとよろしく〜〜」


 藁の寝床に気絶する勢いで倒れ込むアイーシャ。都会暮らしの大変さを無言で語るようだ。


「たしかにキツイな。これだったらロックランスの生活の方が楽だったぞ。金は手に入らんが、畑と山の恵みで食っていけたし」


 ここに居座る理由は無きに等しい。


 明日、街を出よう。強敵なんてエイレーネの外でも見つかるはずだ。だったら馬小屋も今夜まで。藁の感触も馬の臭いも胸に刻みつけておこうと考えていた。


 翌日、アイーシャに胸の内を明かされるまでは――。


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