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第20話 陰謀の足跡

 月明かりが蒼く照らす夜道から、大森林の中を覗き込んでいた。深い森にはおあつらえむきに松明の灯りが輝く。お陰で暗闇を這いずり回る手間が省けた。


「ローブ姿の奴が、何してんだ?」


 目深に被ったフードが邪魔で、顔はアゴ先が見えるばかり。恐らく若い、事が分かっただけだ。


「旅人って事はねぇよな。騎士団が駐屯して、森がバカみてぇに燃やされてるんだし」


 その時、風が吹き荒れて、木々の枝を揺らした。月光が断片的に差し込む。そうして照らされたのは、その人物の背中だ。濃紺を基調としたローブに、金刺繍で描かれた『違い羽根』の紋章。


(アルフィオナ教会……こんな所で何を!?)


 その人物は懐から小瓶を取り出し、封を切った。そして中身をぶちまける。鮮血のような赤い液体は、自ずと地面を這いずり回ってゆく。その光景に、背筋をゾワリとした不快なものが駆け抜けてゆく。


 その液体はいつしか幾何学模様を生み出した。円の形。細かな文字に図形。いつしか大森林で見かけた魔法陣を彷彿とさせた。


「何をしてる! そこを動くな!」


 叫びながら飛び出した。するとローブの人物が弾かれたように振り向いた。顔は見えない。しかし、驚愕している事は間違いない。


 槍を突きつけてやる。間合いに飛び込んで足を強く踏み込んだ。


 しかし同時にローブの方が何かを呟いた。地の底から這い出たような声だった。


「何を言って……!?」


 すると足元の魔法陣が光を放ち、地面が弾けた。赤い閃光が駆け巡ったかと思うとともに、肌を刺す殺気を覚えた。


 魔法陣は地面がえぐれて半壊。代わりに1体のキルリガードが立ちふさがっていた。


「そうか……。テメェが呼び出したのか、違い羽根め!」


 教会の奴はローブを翻して森の奥へ駆け去った。


 キルリザードはそちらに一瞥もくれない。甲高く叫んでは高く跳ねて、木々の間を目まぐるしく跳んだ。


 刺すような殺気、首元がざわつく。白刃が空を裂く音がする。


「ナメんな!」


 突き上げたエリスグルが、キルリザードの身体を貫いた。それは間もなく霧化して、赤黒いアニマに変貌した。


「さっきの奴はどこだ!?」


 耳を澄ます。虫の音すら聞こえない静寂だ。下生えを踏みつける音。北方面だ。


 すかさず追いかける。キルリザードを真似て、枝を飛び回るようにして。これは楽だ、気に入った。


「見つけたぞ! そこのお前、止まれ!」


 眼下で教会の奴が駆けている。もちろん止まる素振りもみせない。


 オレは枝を手放し、地面に急降下。それはちょうど、相手の真ん前だった。


「聞こえないのか? オレは止まれと言ったんだ」


 槍の穂先をローブに突きつけた。さすがに相手は足を止めた。


「お前、さっきの魔法陣で魔族を呼び出したな?」


 返事はない。ただ冷たい膠着があるだけだ。オレは構わず続けた。


「どうせならもっと強いやつを出せ。出来ればパワータイプで、それこそもう、城とかぶっ壊せそうな奴だ」


 またもや返事はない。しかし相手は動揺したのか、首元が僅かに揺れた。もしかするとオレは、尋問が得意じゃないかも知れない。


「まぁ良い。続きは村で聞く。痛い目をみたくなきゃ付いてこい」


 そこでローブの人物が飛び退り、指笛を吹いた。すると間もなく、おなじみとなった奇声が聞こえだし、木々も揺れた。


 森の奥から現れたのはキルリザードたちだった。


「そんな事も出来るのか。だとすると、デモノイドウェーブはお前が原因か?」


 木々伝いに現れたのは3体。1体が斧を振り下ろしてくる。柄で受け止めては、位置をずらす。相手を倒したところで槍を突き立てた。


 残る2体は射手だ。闇に潜んでは素早く矢を射掛けてくる。


「チッ。こんだけ暗いのに、随分と精密だな!」


 矢を払い落としていると、例の人物が逃げようとするのが見えた。


「待て!」


 オレが叫ぶと、返事代わりに矢が迫りくる音が響いた。


 その矢は肩を貫いた。ただし、食らったのはオレのではなく、ローブのヤツだ。


「痛い目に遭わせると言ったろ」


「あ、うぁぁ……」


「毒矢の味はどうだ? お前が呼び出した魔族だ、存分に味わえよ」


 それからも何かを呻いたようだが、結局は意識を手放し、力なく倒れた。


「まぁよし。これでお前らの方に集中できるよなぁ!」


 意識を集中させた。瞳は虚空を見つめ、闇と一体化する気持ちで。


 やがて微かに光った。2つ。矢じりが月光に触れたのだ。


「そこだ!」


 足元の石を光に目掛けて投げつけた。2体が枝から地面に落下した。一息で飛んで槍で討つ。


「よし、そろそろズラかるか。謎の男も捕まえたしな」


 担いで帰ろう。そう思ってローブに手を伸ばした時、ふと気づく。中の肌着が顕になるとともに、胸元が大きく膨らんでいた。それは重たそうに、しかし柔らかげに揺れた。


 オレは思わず首元をかいた。


「まぁ、別に男かどうかは関係ねぇしな」


 その女はタルを担ぐ要領で持ち帰った。


 夜中だというのに、アルケイルはちょっとした騒ぎだ。集会所の一画はランプの灯りで眩しくなった。怪我の軽い者は、わざわざ起き上がってまで様子を眺めた。


 アルフィオナ教会の女はフードを外すと、容姿はありふれたものだった。まだ若く、金色の長い髪を革紐で後ろ縛りにしていた。髪飾りの類は一切ない。


「ほんとにこの人が魔族を呼び出したの?」


 アイーシャは傷口を解毒薬で濡らしながら言った。


「こいつのせいで、何人も大怪我を……! それどころか、危うく全滅しかけたぞ」


 カーターが口元をわななかせながら言う。下手に刺激すると、斧で頭をかち割りかねない雰囲気だ。他にも集まった大人たちも、怨嗟の目で睨みつけていた。


 しかし、これほどの憎悪を前にしても、ローブの女は平然としていた。後ろ手に縛られていることも、さほど気にしていないようだ。


「殺したければ殺せ。私の信仰心を甘く見るな」


 挑発するだけの活力も取り戻していた。先程とは打って変わって、やたら饒舌だった。


「私が憎いか、ならば殺せ。どうせこの村も間もなく滅びるのだ。遠からず道連れだ」


 カーターが床を踏みつけながら前に出た。


「あぁそうか! だったら今のうちに殺してやろうか!」


 振り上げられた斧を、横から手を伸ばして柄を掴んだ。刃は首元の手前で止まる。オレがさしたる力を加えずとも、それは宙に留まった。


 本気では無いことが分かり、少しだけ安堵する。


「よせよカーター。殺して何になる」


 女の方も肝が座っていた。顔色を変えず平然とした面持ちだ。あと僅かに振り抜いていたら、首が胴から離れていたのに。 


「ライル殿、止めないでくれ。こいつのせいで、仲間を何人も廃人にされたんだ。このままじゃ気が済まない!」


「情報を吐かせろ。この女は、デモノイド・ウェーブだけでなく、事情を知ってるはずだ」


「そうだな。その通りだと思う」


 カーターが顔を暗く歪めた。それはどこか、凶々しさを漂わせる。


「身体に聞いてやろう。その信仰心とやらがどの程度のものか、オレたちで試してやる」


 すると、他の男たちも同調した。どれもこれも、薄汚い笑みを浮かべていた。


「お、おい。お前ら。あまり酷い扱いは――」


 オレの言葉は届かなかった。


「言わんとしてる事は分かる。だがオレたちも危険な目に遭わされたんだ。ここは目をつぶってくれないか。まだ夜中だし、一旦寝に帰ったら良い」


 それ以上は何も言えなかった。カーターは「必ず情報は聞き出す」と呟いたので、信じる事にした。彼らが少なからず理性を保っていることに。


 アイーシャとともに帰宅。お互い、口数は少ないままに眠る。明日は早く起きて様子を見に行こうとだけ約束して。


 そして夜が明けた。アイーシャとともに起き、短い朝食の後に集会所へと向かった。


「あの女の人、どうなったかな……」


 アイーシャが、不安か同情か、どちらともつかない声色で言った。


 そして集会所へ辿り着いたのだが、異様な光景が出迎えた。


「お、おいカーター! しっかりしろ!」


 床につっぷすカーターは、苦悶の表情で右手を抱えていた。他の男たちも、腕が痛いと騒ぐ。酷いものは仰向けになって気絶していた。


「まさか返り討ちにあったのか!?」


 逃げられたかもしれない。とっさに視線を巡らせた。


 すると部屋の隅に、後ろ手に縛られたローブ姿の女。昨夜と全く同じように見えた。違いがあるとすれば、靴を脱いで素足になり、袖もまくられて白い腕が晒されていた。


 少なくとも、出血や着衣の乱れはない。


「ふふん、どうした。その程度で音を上げるとは、根性なしめ!」


 女が村人たちに罵声を浴びせた。しかし返せるのはうめき声だけ。さすがのカーターも言い返すだけの活力を失っていた。


 いや、何があったんだよ。マジで。


「すまない、ライル殿。全力で責め抜いたのだが、全く通用しなかった……くぅっ!」


「うん、そっか。何をしたんだ?」


「徹底的に足裏をくすぐった。脇の下も、にの腕も! しかしどんなに責めても、女は口を割らなかった。おかげでもう、指が限界を……!」


「あぁ、うん。そっすか」


 脱力するオレとは違い、アイーシャは戦慄を覚えていた。


「そんな、なんて信仰心なの……」


「信仰心で片付けて良いのか、それ?」


「だっておじさんのくすぐり技はすごいんだよ? アタシがちっちゃいころにイタズラした時、お仕置きされた事があるんだけど。あれは凄かったよ。今でも足の裏に感覚が残ってるもの」


「うん、もういいや」


 プロセスはともかく、情報を一欠片も吐かせていないのは問題だった。しかし、女はまだ余裕を見せている。聞き出すのは難しいだろう。


「カーター。この女はオレに任せてくれ。いいよな?」


「君に委ねる、頼んだぞ」


 許可が降りたことでバトンタッチ。女の身体を担ぎ上げては、アイーシャの家に戻った。


「ねぇライル。何を考えてるの? アタシは拷問とか、そういうの好きじゃないんだけど」


「別にお前は特別な事しなくていい。予定をそのままこなしてくれ」


「そうなの? それは良いけど……」


 アイーシャの家に着くなり、女をダイニングの椅子に縛り付けた。これで身動きは取れないはずだ。


「ふん。何を企んでるか知らんが、ムダなことだ。私は殺されても口を割らない。たったの一言さえも教えるもんか」


「その威勢がいつまで続くかな?」


 アイーシャは不安気だが、オレは重ねて言った。予定通り動けと。


 すると釜を用意して、錬金術を開始。ゴーレムの生成は極めて高難易度だと言う。もちろん、黒煙を吐き散らしての失敗だ。


 オレたちはすかさず外へ逃げた。だが例の女は、煙のたちこめる部屋の中だ。激しく咳き込む声が聞こえてくる。


「よしよし良い感じだ。強情な女も、この死にたくなる臭いにいつまで堪えられるかな?」


「やめてくんない!? 人の失敗を拷問代わりにすんの、屈辱なんだけど!」


 それからも拷問、もとい調合は続けられた。ボン、ゲッホゲホ。ボゥン、ゲーーホゲホ。


 そんなループを5回も繰り返しただろうか。女は椅子に縛られたまま、顔を涙で濡らしていた。


「お願い、もうやめて! 全部喋るから、知ってる事は何だって!」


「見ろよアイーシャ。お前のお陰で口を割ってくれるぞ」オレは褒めたつもりだが、真っ直ぐ伝わらなかった。アイーシャがオレの背中をポカポカ殴りだした。


 不興を買った事はアレだが、それを補って余りある情報は得られた。女はルカと名乗った。


「私は察しの通り、アルソフィア教会のものだ。マギノリア教区の助祭なんだ」


「助祭ってのは、司祭の補佐みたいな奴か。そのお前が大森林まで来て何を?」


「魔法陣により魔族を錬成した。デモノイド・ウエーブだとか、災厄のように皆は言うが、違う。これは人為的に生み出されたものだ」


 ルカの言葉は、にわかに信じがたいものだった。それでも、彼女の瞳には嘘偽りの色は感じられなかった。 

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