自らの手でデモノイドウェーブは起こした。その言葉にアイーシャは愕然としたのだが、オレには大した衝撃はない。
人間なんて一皮剥けばこんなものだろう。ロックランスの連中も底意地が悪かった。
「まさか教会が手動していたとはな。聖職者が聞いて呆れる」
「ふん、みくびるな。我らは決して私利私欲や、残虐嗜好に溺れたのではない。大いなる悲願のためだ」
ルカはもう隠すことをやめた。むしろ、無知な人間に啓蒙してやる、くらいの気分のようだ。
「我らアルフィオナ教会の目的は、聖者の楽園だ。飢えも病も、争いもない理想郷を実化させる事にある」
「聖者の楽園?」
「楽園を実現し、顕在化させ続けるには、とてつもない魔力(アニマ)が要求される。生半可なアニマストーンでは1日として保てない。高純度かつ巨大なものが必要だ」
「話が見えてこねぇが」
「アニマストーンは、石のままでは合成できない。それはあらゆる手段を試して導き出した結論だ。しかし、何らかの生物に姿を変え、それを集めたならばアニマ合成は可能となる」
「アニマを集める……。冒険者の許可証……」アイーシャが隣で呟いた。ルカは満足げに鼻息を吹いた。
「ふん、見た目よりは阿呆でないな。その通りだ。魔族化させることで、一度野に放たれたアニマは、冒険者や騎士団が回収する。ギルドが買い取る形だが、最終的には教会のもとへアニマが集まる。合成された形でな」
だから冒険者以外が倒しても、金にならないのか。その点については理解した。
「お前らの理屈はわかったが、なぜデモノイドウェーブを起こしたんだ?」
アイーシャが口を挟んだ。「どういうこと? 魔族を倒してアニマを合算させるためでしょ」
「大っぴらにやる理由がない。魔族を外に出したら、逃げられるパターンもあるしな。それなら、どこかの地下牢とかで魔族化して、安全に倒し続ければいい。村が襲われるリスクもないし、冒険者に金を払う必要もなくなる」
「あっ……」
「わざわざ魔族を出現させて、人々を危険にさらす、その理由はなんだ?」
ルカの瞳が丸くなる。そして細く歪んだ。
「これはこれは。槍なんて時代錯誤なものをひっさげる能天気かと思えば……。なかなか鋭いことを言う」
「質問に答えろ」
「それでは足りないのだよ。アニマストーンは教会、王侯貴族が大多数を所有するが、全てを足しても到底及ばない。それだけのアニマが要求される」
「だったら、お前らの理想郷とやらは夢物語になるぞ」
「魔族どもの、いや魔族に限らず、あらゆる生命はアニマを増やす事ができる。食事を摂り、水を飲み、胸いっぱいに空気を吸い込むことでさえ」
「だから魔族を野に放つ必要があったと……」
「村を襲わせたのは、庶民どものアニマを魔族が食らうからだ。死の恐怖に直面したアニマは非常に濃いものになる。今回のデモノイドウェーブは、かなり儲かると見込まれている」
オレはルカの首元をしめあげた。宙に浮いた足が虚空を蹴って暴れ出す。ルカの胸元にある違い羽根の刺繍が、まるで蠢くかのように見えた。
「それはもう人柱じゃねぇか! お前ら教会のために、アルケイルを滅ぼそうとしやがったな!」
「ダメだよライル! その人が死んじゃう!」
ルカの顔が赤黒く染まる。オレはゴミを投げ捨てる気持ちで、床に放った。
しばらく咳き込んだルカは、不敵な笑みを浮かべながら罵った。
「貴様らとて他人の心配はしていられん。村人のアニマを食った魔族が、今頃は凶暴化しているだろう。以前とは比較にならんほどに!」
「確かに、何人かはやられたな」
「濃厚なアニマを食った魔族は格段に強くなる。そして人の味を覚えたから、また人を襲う。果たして次の襲撃も凌げるか、見ものだな!」
「望む所だ」
オレが小屋を後にすると、アイーシャもついてきた。足早に歩くのに反して、口調は重たかった。
「もっと強い敵が来るって……。アタシら大丈夫かな?」
「さぁな。やれる事をやるだけだ」
オレは小躍りしたくなる気持ちを抑えて、しかめっ面を晒した。
強い敵、大歓迎。紅茶と菓子を並べて招待したいくらいだ。なにせ月末が近いと言うのに、利息金の用意も出来ていない。ならば聖槍を壊して借金をチャラにするしかないのだ。
(格段に強い魔族か……。なるべくヤバいのを頼むぞ……!)
教会のやり口がムカつくのは本音だ。聖者の楽園だか何だか知らんが、無関係な人の命を奪うのは許せない。
しかし、それはそれ。強い敵は嬉しい。オレの心は整然としていた。
「やっぱりゴーレムを造らなきゃ。絶対にこの村を守るんだ!」
アイーシャが自宅に駆け込んでいった。これから錬金釜と格闘するのだろう。
オレは何をするでもなく、村をウロついた。有事の時以外は、用心棒ってやつは暇の塊だ。
「さっきの話はカーターに報告しておくか」
集会所へ向かう。そこで声をかけたのだが、彼は憔悴していた。夜通しでの拷問が失敗に終わり、その疲労感に苛まれていた。
「すまないライル殿。少し休ませてくれ……」
そう告げては、負傷者と並んで眠ってしまった。報告は後回しにするしかなかった。
「アニマ、ねぇ。そういやキルリザードを倒した時、それらしいモンが出たっけ」
集会所の前、それと村の西側で魔族を倒した。あの時は、赤黒い霧みたいなものが出て、半透明な球体が浮かんでいた。
しかし、外を見回してもそれらしき物は無かった。風に流されて消えたか、地面に飲まれたか。
(まぁどっちでも良いか。教会の奴らが損をしただけだし)
するとそこへ、元気の良い声が聞こえた。声の主は幼子のもので、村の西側からだった。
「連れてきたよママ〜〜。おっきいイノシシさん」
目を向けると、エビルボアーが民家の前に佇んでいた。子供が家の中に入ると、デカブツも鼻先をドアから中に差し入れた。
「あのバカ。その図体で入れるわけねぇだろ!」
オレは風のように駆け抜けて、エビルボアーの背後についた。
「おいデカブツ! 何やってんだ!」
「フガフガ」
「文句言うなこの野郎! 良いからゆっくり出てこいっての!」
後ろ足を引っ張り出すと、エビルボアーは何かを食っていた。人の家のものを強奪したのか。
咄嗟に家主の姿を探した。すると見覚えのある女が現れて、こちらに頭を下げた。
「先日はありがとうございます。親子ともども救われました」
「あっ……アンタは、家の中で魔族に襲われてたヤツ?」
「はい。本当に助かりました。なんとお礼を申し上げたら良いのやら」
「いや、まぁ、うちのデッカイのが迷惑かけたみたいだし。貸し借りなしって事で」
「迷惑? いえいえ、アニマを食べてもらってたんですよ。あの日、魔族を倒していただいたのは良いのですが、残っておりまして」
「あぁ、そういやアイツラは死ぬと、霧みてぇなの吐き散らすもんな」
「何か悪さするようでは無いのですが、気味が悪くって。そのイノシシがアニマを食べてくれると聞きまして、こうして処理してもらったのです」
「そうなのか、デカブツ?」
エビルボアーはフンッと鼻息を吐いた。ここへ連れてきた子供も「集会所にあったやつだって、ぜ〜〜んぶイノシシさんが食べちゃった」と言う。どうやら事実のようだ。
それからは親子に別れを告げて立ち去った。行先は何となく東の方。
「お前さ、アニマなんて食って平気なのか? もっとデカくなったりすんの?」
「フゴッ」
「フゴじゃ分かんねぇよ。これ以上デカくなったら、マジで置いてくからな」
一応アイーシャにも相談してみようと思い、帰宅。エビルボアーは裏庭の方に待たせて、裏口から家の中へ。
「ただいまアイーシャ。手が空いたら相談に――」
「キャアアア! ライル良い所に! ちょっと釜を抑えて〜〜!」
オレは目を疑った。さほど広くない室内を、錬金釜が右に左にと疾走している。それを止めようとしてか、アイーシャが釜のフチにしがみついてるのだが、全く抑止できていない。
「おい、これはどういうことだ! 釜に手足でも生えたのか!?」
「難しい調合だって言ったでしょ? 素材が反発して大暴れしてんの! 良いから押さえてよ!」
ちょうど釜がオレに突進してくるので、肩を当てて押し返す。そこそこ強い。0.5エビルボアーくらいの力か。
「止めたぞアイーシャ。こっからどうすんだ?」
「ええと、あとちょっとかな? 調合が終われば反発も収まるし」
「調合が終わるって、それは……」
やがて釜が震えて煙を吐き出した。鼻をつく黒煙。オレたちはたまらず裏口から外へ逃れた。
「ゲホッゲホ。くっせぇな相変わらず!」
「また失敗だぁ……ほんと難しいよこれ〜〜」
「ずいぶん厳しいようだな。原因は何か分かってるのか?」
「アニマストーンが無くなりそうでさ。だからギリギリの量で調合してるんだけど、それが難易度を押し上げてて」
「足りないなら調達は……無理か」
「こんな所に行商なんて来ないしね。山の中を探し回っても、何ヶ月かかるかなぁ……」
アイーシャはボヤきながらエビルボアーの首を撫でた。だが、すぐに異変に気づく。
「どうしたのボアちゃん。調子悪い?」
「ゲフゲフ」
エビルボアーは何度も身体を揺すった。さっきのアニマが悪さを? などと思ったところ、何か小石が転がった。エビルボアーの口から出たものだ。
それを拾い上げたアイーシャが目を丸くした。
「これ、アニマストーンだ! どうしてこんな所に!?」
エビルボアーは都合5回、小石を吐いた。これにはアイーシャも大喜びだ。
「ありがとうボアちゃん! お陰で何とかなりそうだよ!」
家の中に駆け戻るアイーシャ。張り切っているらしく、威勢のよい声が聞こえてくる。
「デカブツ。お前はこうなる事を予想してアニマを食ってたのか?」
「プギッ」
「まさかな。預言者でもあるまいし。猫が草を食う感覚に近いのかもな」
やがて中から悲鳴が聞こえた。「ライル、手伝って!」
声にそこまで逼迫感はないなと思いつつ、アイーシャの待つ方へと向かった。釜は走らないものの、高速回転して暴れる状態にはあった。今回もダメそう、とは言わないでおいた。