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第23話 エリスグルの輝き

 前方を塞ぐ2体のリザードロードが大きく息を吸い込んだ。火炎でも吐き出しそうな動きだったが、ただの雄叫びだった。


 大地の怒りとも言えるほど、地面に響き、オレたちでさえも気圧されそうになる。見上げるほどの巨獣は、オレたちに注意を払わない。我が物顔で歩き出した。


「チッ。オレたち人間なんて、何の脅威でもないって? ナメやがって」


「今の言は訂正してください。私は錬成守護者(ゴーレム)です」


「うるせぇよ。つうか構えろ!」


 1人1体、いけるか。ゴーレムは右の方に向かって仕掛けた。オレは左に当たる。


「見せてもらうぞ、強化したトカゲどもめ!」


 敵の土手っ腹に向けて槍を突いた。しかし固い音。刃は身体の線に沿って、薄皮すら裂くことなく流された。


 リザードロードが腕を振り上げた。剥き出しの爪で切り裂こうとする。


 反撃は両手持ちの槍で受けた。飛ばされる。地面を滑り、何度も跳ねて勢いを殺し、宙返りしてようやく態勢を整えた。


「これは手強いな。気を抜くなよゴーレム!」


 右の方に目をやると、ゴーレムは敵の首元に登り、拳を叩きつけていた。乱打は効果が見られずマッサージにもならない。


 間もなくゴーレムは足を掴まれた。そして、振り上げられ、地面に叩きつけられた。立て続けに爪が襲ってくる。その攻撃をゴーレムは反転しながら避け、こちらに飛び退ってきた。


「敵を見誤りました。現在の戦力では太刀打ちできません」


「お前、腕が……!」


 冷徹に告げるゴーレムの左腕は肘から先が消えていた。その切り口から、煙が吹き出ており、止まる気配を見せない。


「アニマの放出が止まりません。致命傷です。お役に立てるのはこれまで」


 ゴーレムが右腕だけ構えながら続けた。


「アイーシャ様を遠くへ。その時間を稼ぎます」


 深く腰を落としたゴーレム。その肩を掴んで後ろに放り投げた。隊列が入れ替わる。遮るもののない草原で、2体のリザードロードが歩みよろうとしている。


「生意気言うな、弱いくせに。アイーシャたちを逃がすのはお前がやれ」


「しかし、あなたは死ねば戻りません。私は粉砕されたとしても、錬金術で量産ができます」


「次に生み出したゴーレムは、お前と全く同じなのか? そうじゃねぇだろ。母親の服を着せた理由を、少しは考えろ」


 ゴーレムは単なる木偶ではない。追いかける母の陰であり、そして成長の証でもある。


「それを、こんなトカゲどもに食い荒らされる訳にはいかねぇんだよ!」


 背後にゴーレムと、燃え盛る森。右手でベテルの住民が息を潜めて隠れる。左手は死屍累々の街道。


 逃げ場はない。一歩すらもさがる事は許されない。


「いくぞバケモノ! オレの槍がへし折れるかな!?」


 2体の中間へ向かって駆ける。ヘイトがオレに向いていない。負傷したゴーレムを見ている。


 敵の腹を突く、石づきで叩く。どちらも通用しない。気まぐれに払う爪は、寒気を誘う威力だ。防戦と言えば聞こえは良いが、確実に押されていた。


(くそっ。せめて有効打の1つも叩ければ!)


 その時だ。森の中から2つの陰が飛び出す。エビルボアーを連れたアイーシャだ。


「ごめんライル! アタシたちだけじゃ火を止めらんない!」


「ぽぇぇ〜〜」


「バカ! 顔を出すんじゃねぇ!」


 左側のリザードロードが瞳を赤く光らせた。そして進路をアイーシャに向けた。走り出すとともに、辺りに地響きをもたらした。


「クソッ! 止まれ、この野郎!」


 攻撃は全て跳ね返される。ゆうゆうと走る敵を、無様に叩き続けるが、歩みを止める事もできない。


 どうする。この敵とどう戦えば――。その時、脳裏に親父の言葉がよぎった。


――ライルよ、回転だ。それが刺突の力を何倍にも押し上げる。


 うるせぇよ、と怒鳴る代わりに強く踏み込んだ。そして高らかに吠える。


「食らいやがれ! 螺旋突きーーッ!」


 手の内で高速回転させた槍を突き出した。穂先で敵の腹を突き、遠くに飛ばす。巨体はボールのようにバウンドしながら、街道に沿って北へと転がっていく。


「どうだ!?」


 リザードロードはおもむろに起き上がった。森を焦がす炎が、真緑色の腹を照らした。今もなお、傷1つついていない。


「ハハッ。まさかこんなにも強化されるなんてな。想定外もいいところだ……」


 転がした敵が、こちらに歩み寄る。右の方の敵も、勝利を叫ぶかのように吠えた。


 全滅。皆死ぬ。爪に裂かれて、あるいは炎に飲まれて。そう分かっていても、なぜか顔に笑みが差した。


「いいよ、待ってたんだよこういうの!」


 毛が逆立つように肌がひりついた。呼吸も鼓動も早くなり、頭がジリジリと痛む。それでも心に高ぶる思いは、何よりも純粋だった。


「よそ見をすんなよバケモノども! お前らの相手は、このオレだ!」


 すると、エリスグルがまばゆく煌めいた。辺りを切り裂く閃光がほとばしるとともと、槍の柄も激しく震えた。


(これは、洞窟のときと同じ……?)


 光がおさまったころ、エリスグルの刃は輝きを帯びていた。光の槍。そう呼ぶにふさわしい神々しさだ。


「これなら行けるか!?」


 リザードロードの様子も激変した。身体の正面をオレに据えて、牙を剥いてうなる。


「そう来なくちゃ。立ち会いってのは、こういうもんだよ!」


 振り上げの爪、腰の動きでよける。がら空きの脇を槍で突いた。驚くほど刃が通る。果実にナイフが食い込むのに似て。


「食らえや、バケモノ!」


「キィェェエーーッ!」


 槍が腹を貫くと、リザードロードは奇声を発して身悶えた。後ろに倒れた巨体は、手足をバタつかせては、やがて霧状になる。燃え盛るような赤黒いアニマに変質した。


 もう1体のリザードロードは明らかに怯んだ。歩みを鈍くして、街道で立ち止まる。


 すかさず駆け寄り、間合いを詰める。敵の赤い瞳は恐怖に包まれていた。


「お前も食らえ!」


 飛び交いつつ、刃で腹を斬りつけた。傷口から霧が吹き出してくる。続けて胸を貫くと、その、身体もアニマに変化した。


「マジかよ、勝てた……!」


 その場でびっくり返ると青空が見えた。しかし休む間もなく、アイーシャが駆け寄ってきた。


 そして抱き起こすなり、オレの頭を膝の上に置いた。


「大丈夫? 怪我は!?」


「オレは平気だ。それよりもゴーレムが負傷して、アニマを吐き続けてる」


「あれくらいなら何とかなるよ、任せて!」


 アイーシャは塗り薬を取り出し、ゴーレムの切断面に塗りつけた。それで治るのではない。アニマが噴出する部位に膜を張り、流出を防ぐのだと言ったが、よくわからない。


「あとは火事の対処か……」


 森を襲う炎は今も衰えを見せない。撤退すべきかと迷うが、ゴーレムが横から言う。


「村人総出で鎮火にあたりましょう。連中にもそれくらいの仕事は任せるべきです」


「確かに筋が通るな。ベテルだけじゃなく、レイクウッドもな!」


 するとアイーシャが「アルケイルにもお願いしてくる!」と言っては、エビルボアーにまたがって走り出した。


 やがて辺りは人で満ちていく。ありったけのバケツを持ち寄り、井戸水、湖水と、ひたすらに浴びせていった。3つの村が力を合わせた瞬間だ。


 その光景を眺めつつ、胸の内でそっと呟く。


(槍を壊しそこねた……!)


 炎は徐々に火勢を弱め、夕暮れ前には消し止めた。村に延焼せずに済んだと、皆が肩を抱き合って喜んだ。


 大森林の多くは焼けた。しかしデモノイドウェーブをしのぎ、村は無事で、人的被害も最小限に留めた。


 こうしてオレの借金問題だけが、残される形となった。



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