前方を塞ぐ2体のリザードロードが大きく息を吸い込んだ。火炎でも吐き出しそうな動きだったが、ただの雄叫びだった。
大地の怒りとも言えるほど、地面に響き、オレたちでさえも気圧されそうになる。見上げるほどの巨獣は、オレたちに注意を払わない。我が物顔で歩き出した。
「チッ。オレたち人間なんて、何の脅威でもないって? ナメやがって」
「今の言は訂正してください。私は錬成守護者(ゴーレム)です」
「うるせぇよ。つうか構えろ!」
1人1体、いけるか。ゴーレムは右の方に向かって仕掛けた。オレは左に当たる。
「見せてもらうぞ、強化したトカゲどもめ!」
敵の土手っ腹に向けて槍を突いた。しかし固い音。刃は身体の線に沿って、薄皮すら裂くことなく流された。
リザードロードが腕を振り上げた。剥き出しの爪で切り裂こうとする。
反撃は両手持ちの槍で受けた。飛ばされる。地面を滑り、何度も跳ねて勢いを殺し、宙返りしてようやく態勢を整えた。
「これは手強いな。気を抜くなよゴーレム!」
右の方に目をやると、ゴーレムは敵の首元に登り、拳を叩きつけていた。乱打は効果が見られずマッサージにもならない。
間もなくゴーレムは足を掴まれた。そして、振り上げられ、地面に叩きつけられた。立て続けに爪が襲ってくる。その攻撃をゴーレムは反転しながら避け、こちらに飛び退ってきた。
「敵を見誤りました。現在の戦力では太刀打ちできません」
「お前、腕が……!」
冷徹に告げるゴーレムの左腕は肘から先が消えていた。その切り口から、煙が吹き出ており、止まる気配を見せない。
「アニマの放出が止まりません。致命傷です。お役に立てるのはこれまで」
ゴーレムが右腕だけ構えながら続けた。
「アイーシャ様を遠くへ。その時間を稼ぎます」
深く腰を落としたゴーレム。その肩を掴んで後ろに放り投げた。隊列が入れ替わる。遮るもののない草原で、2体のリザードロードが歩みよろうとしている。
「生意気言うな、弱いくせに。アイーシャたちを逃がすのはお前がやれ」
「しかし、あなたは死ねば戻りません。私は粉砕されたとしても、錬金術で量産ができます」
「次に生み出したゴーレムは、お前と全く同じなのか? そうじゃねぇだろ。母親の服を着せた理由を、少しは考えろ」
ゴーレムは単なる木偶ではない。追いかける母の陰であり、そして成長の証でもある。
「それを、こんなトカゲどもに食い荒らされる訳にはいかねぇんだよ!」
背後にゴーレムと、燃え盛る森。右手でベテルの住民が息を潜めて隠れる。左手は死屍累々の街道。
逃げ場はない。一歩すらもさがる事は許されない。
「いくぞバケモノ! オレの槍がへし折れるかな!?」
2体の中間へ向かって駆ける。ヘイトがオレに向いていない。負傷したゴーレムを見ている。
敵の腹を突く、石づきで叩く。どちらも通用しない。気まぐれに払う爪は、寒気を誘う威力だ。防戦と言えば聞こえは良いが、確実に押されていた。
(くそっ。せめて有効打の1つも叩ければ!)
その時だ。森の中から2つの陰が飛び出す。エビルボアーを連れたアイーシャだ。
「ごめんライル! アタシたちだけじゃ火を止めらんない!」
「ぽぇぇ〜〜」
「バカ! 顔を出すんじゃねぇ!」
左側のリザードロードが瞳を赤く光らせた。そして進路をアイーシャに向けた。走り出すとともに、辺りに地響きをもたらした。
「クソッ! 止まれ、この野郎!」
攻撃は全て跳ね返される。ゆうゆうと走る敵を、無様に叩き続けるが、歩みを止める事もできない。
どうする。この敵とどう戦えば――。その時、脳裏に親父の言葉がよぎった。
――ライルよ、回転だ。それが刺突の力を何倍にも押し上げる。
うるせぇよ、と怒鳴る代わりに強く踏み込んだ。そして高らかに吠える。
「食らいやがれ! 螺旋突きーーッ!」
手の内で高速回転させた槍を突き出した。穂先で敵の腹を突き、遠くに飛ばす。巨体はボールのようにバウンドしながら、街道に沿って北へと転がっていく。
「どうだ!?」
リザードロードはおもむろに起き上がった。森を焦がす炎が、真緑色の腹を照らした。今もなお、傷1つついていない。
「ハハッ。まさかこんなにも強化されるなんてな。想定外もいいところだ……」
転がした敵が、こちらに歩み寄る。右の方の敵も、勝利を叫ぶかのように吠えた。
全滅。皆死ぬ。爪に裂かれて、あるいは炎に飲まれて。そう分かっていても、なぜか顔に笑みが差した。
「いいよ、待ってたんだよこういうの!」
毛が逆立つように肌がひりついた。呼吸も鼓動も早くなり、頭がジリジリと痛む。それでも心に高ぶる思いは、何よりも純粋だった。
「よそ見をすんなよバケモノども! お前らの相手は、このオレだ!」
すると、エリスグルがまばゆく煌めいた。辺りを切り裂く閃光がほとばしるとともと、槍の柄も激しく震えた。
(これは、洞窟のときと同じ……?)
光がおさまったころ、エリスグルの刃は輝きを帯びていた。光の槍。そう呼ぶにふさわしい神々しさだ。
「これなら行けるか!?」
リザードロードの様子も激変した。身体の正面をオレに据えて、牙を剥いてうなる。
「そう来なくちゃ。立ち会いってのは、こういうもんだよ!」
振り上げの爪、腰の動きでよける。がら空きの脇を槍で突いた。驚くほど刃が通る。果実にナイフが食い込むのに似て。
「食らえや、バケモノ!」
「キィェェエーーッ!」
槍が腹を貫くと、リザードロードは奇声を発して身悶えた。後ろに倒れた巨体は、手足をバタつかせては、やがて霧状になる。燃え盛るような赤黒いアニマに変質した。
もう1体のリザードロードは明らかに怯んだ。歩みを鈍くして、街道で立ち止まる。
すかさず駆け寄り、間合いを詰める。敵の赤い瞳は恐怖に包まれていた。
「お前も食らえ!」
飛び交いつつ、刃で腹を斬りつけた。傷口から霧が吹き出してくる。続けて胸を貫くと、その、身体もアニマに変化した。
「マジかよ、勝てた……!」
その場でびっくり返ると青空が見えた。しかし休む間もなく、アイーシャが駆け寄ってきた。
そして抱き起こすなり、オレの頭を膝の上に置いた。
「大丈夫? 怪我は!?」
「オレは平気だ。それよりもゴーレムが負傷して、アニマを吐き続けてる」
「あれくらいなら何とかなるよ、任せて!」
アイーシャは塗り薬を取り出し、ゴーレムの切断面に塗りつけた。それで治るのではない。アニマが噴出する部位に膜を張り、流出を防ぐのだと言ったが、よくわからない。
「あとは火事の対処か……」
森を襲う炎は今も衰えを見せない。撤退すべきかと迷うが、ゴーレムが横から言う。
「村人総出で鎮火にあたりましょう。連中にもそれくらいの仕事は任せるべきです」
「確かに筋が通るな。ベテルだけじゃなく、レイクウッドもな!」
するとアイーシャが「アルケイルにもお願いしてくる!」と言っては、エビルボアーにまたがって走り出した。
やがて辺りは人で満ちていく。ありったけのバケツを持ち寄り、井戸水、湖水と、ひたすらに浴びせていった。3つの村が力を合わせた瞬間だ。
その光景を眺めつつ、胸の内でそっと呟く。
(槍を壊しそこねた……!)
炎は徐々に火勢を弱め、夕暮れ前には消し止めた。村に延焼せずに済んだと、皆が肩を抱き合って喜んだ。
大森林の多くは焼けた。しかしデモノイドウェーブをしのぎ、村は無事で、人的被害も最小限に留めた。
こうしてオレの借金問題だけが、残される形となった。