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第24話 幻の誘い

 アルケイルからエイル湖にかけて、無数の松明が並んだ。その内側で、夜更けだと言うのに、大勢が集まり酒を酌み交わした。酒は1人2杯、焼いた肉がひとつまみという質素なものだが、誰もが曇りなき笑顔だった。


 どこの村から持ち出した酒樽の栓を抜いて、麦酒(エール)で満たしたものを配っていく。そして行き渡った所で、カーターが音頭を取った。


「偉大なる錬金術師ミシェルが娘アイーシャと、槍聖人ライルに乾杯ーーッ!」


 木椀を掲げて皆が叫ぶ。


 オレはというと、慣れないシチュエーションに身の置きどころがなく、ちびちびと酒を舐めては湖面を見ていた。青い月が水面で優しく揺れていた。


「まったく、人間というものは都合が良いですね。危機には見捨てて、救われれば媚びる。高潔のこの字も知らぬよう」


 オレの隣でゴーレムがピシャリ。ちなみに、左腕はゆったりローブで故障を隠し、煙も吹き出てはいない。


 酒食は味わえない、ということでアニマストーンに変えられた。エビルボアーがリザードロードのアニマを食った事で、石については困らない。ゴーレムも、腹の引き出しをぱかっと開いては、小石の一つまみを放り込んだ。


 反対側は空席で、乾杯直後にアイーシャは外していた。その隙間に、中年のむさ苦しい男たちが次々とやって来た。ベテルやレイクウッドの村長だった。


「いやはや、槍遣いのライル様! この度はまことに、感謝の言葉もございません!」


「お、おうよ」


「今後はアナタ様に足を向けて寝られません。まさか槍がここまで強いだなんてもう、驚天動地とも言える新事実ですな!」


 ここぞとばかり褒められて、オレは曖昧に笑った。彼らの村は流れで助けただけなので、こうも持ち上げられると面映ゆくなる。


 すると赤ら顔のカーターが横から絡んできた。


「ずいぶんと調子が良いもんだ。見捨てられる側の気持ちが少しは理解できたか?」


「まったくもってその通りだ、返す言葉もない」 得意になるカーターを背後から刺したのはオレだ。


「おい、ずいぶんと饒舌だな。アンタもやらかしてんだ。程々にしておけよ」


「え、いや、オレは何を……」


「アイーシャだよ。錬金術が怪しいとか、母親の霊がどうのと騒いでたろ」


「その事か、嘘ではないぞ。確かにミシェルの姿を見たんだ。1人や2人ではない」


「その種明かしをしてやる。余興がてらに」


 すると、アイーシャが松明の外から言った。「ちょっとこっちを見てよ!」両手でメモリースコープを抱えている。その背面をまさぐって起動。


 そうして現れた光景に全員が腰を抜かした。中には木椀を放り投げてしまい、頭から酒を被る者までいた。


「み、ミシェル様だ!」


 月明かりも手伝って、青白い女が彼らの前に立った。過去を映したものなので、村人たちの言葉に彼女が反応する事はない。


 しかし、その幻は絶妙に動いた。前かがみになりつつ、眼尻をきつくして、ピシャリと叱った。


「コラ! 怪我人はさっさと寝る! カーター達もいちいち酒に誘わない!」


 その場に居合わせた村人たちは大慌てだ。皿も椀もテーブルに放り投げて、一目散に逃げていく。口々に「すいませんでした!」とわめきつつ。


 残されたのはオレたちくらいだ。アイーシャは、息が詰まるほどに笑っている。


「あっはっは! ヤバ! 母さんのお叱りは今も健在とか!」


「おい、話が違うぞ。幽霊の誤解を解くんじゃなかったのか? あの様子だと火に油だろうが」


「そうだよね〜〜。でもなんかこう、イタズラ心がモキモキと」


「お前なぁ……。どっかで説明しとけよな」


 祭りの後は、寂しさよりも混沌が勝っていた。飲み食いがおおよそ終わった後だが、容器がそこかしこに散らかっている。


 片付けよう、という気分にはなれなかった。全ては明日に回したら良い。そう思って席を立つと、不意に闇が動いた。


「誰か残っているのか?」


 目を凝らすと、それは見上げるほどの長身だ。そいつは椀を片手に言った。


「どうもどうも〜〜。月夜の晩にこんばんわ、調子はどうです?」


「てめぇかよ、フィン」


「そろそろお役目の時なのでねぇ。お目障りかと思いますが、まぁご容赦を」


 フィンは狐の仮面を少しずらして、酒を呷った。タダ酒をもらったくせに「うん、イマイチ!」などとケチをつけた。


「せっかく来てもらったが、金ならないぞ」


「ふむ。その割には随分と堂々としてますねぇ。利息金を払えなかった時の事、お忘れですか?」


「別に忘れてねぇよ。だがな」


 オレはエリスグルを手に取り、フィンに向けた。


「納得いかねぇよ。親父の不手際で莫大な借金を背負うだなんてな」


「お気持ちは察しますが、その態度はいただけませんねぇ。躾が足りていませんよ〜〜」


「オレは別に遊び呆けてたわけじゃない。エイレーネで日銭を稼いで、それからデモノイドウェーブも跳ね除けた。それで多くの命が救われた」


「はい、存じておりますよ。殊勝なことです。がしかし――」


 フィンがおおげさにかぶりを振った。


「私には無関係です、はい。金は1ディナさえ負けるつもりはありませんよ〜〜」


「そうかよ。それならそれで良い」オレは槍を低く構えた。「だったらもう、こうするしか無いよな」


「おやぁ? 強硬手段ですか? それだと大変だ。プリズン暮らし編の前に、半死半生の療養編が始まる事でしょうに〜〜」


「もともとお前が気に食わなかった。いきなり現れて、借金だの違い羽根だの、ゴチャゴチャ抜かしやがる」


 構えながら聖槍に闘気を送り込んだ。エリスグルは光ることも震えることもなかった。


 フィンも、両手をダラリと下げたままだ。その余裕綽々の態度も気に食わない。


(マジで目にもの見せてやろうか……!)


 オレが駆け出そうとする寸前、眼の前に陰が割って入った。アイーシャだ。大きく膨らんだ革袋を差し出している。


「あの、フィンさん。ちょっとだけ足りないんですが、全財産です!」


「ふむふむ。いかほどで?」


「800と20くらい……」


「はい、ダメで〜〜す。あと180をかき集めて貰わないと〜〜」


「ええと、どうしよ! 急に言われても」


「そうだ、こうしましょ。村人に金を出してもらうんですよ〜〜。アナタたちは英雄ですから、頼めばちょっとくらい出すでしょ〜〜?」


「わかりました! みんなにお願いしてみます!」


 駆け去ろうとするアイーシャの肩をつかみ、押し留めた。そしてゴーレムに目線で合図した。「こいつを守れ」と。


「そんな事する必要はないぞ、アイーシャ。こいつはブチのめしてやる」


「でも、ライル。フィンさんには一応、真っ当な理由があるんじゃない? 胡散臭いけど」


「そうだ。胡散臭いなりにも正当性はあった。それなりに筋を通してきた」


「ンッフッフ〜〜。ボロカスに罵られて、可哀想な私」


「だが今のを聞いたか? デモノイドウェーブを知ったうえで、さらに村人から金をむしれと指図する。あらかたの金を、騎士団だのに貢いだ後だと知りつつ!」


 フィンを改めて睨む。ヤツは「それがどうした」とばかりに肩をすくめた。


「ムカつくよな、お前みたいな奴。人の心を平然と踏みつけるような奴は!」


「だから私を殺すと?」


「オレは別に良心の呵責を感じてねぇが」


 さらにエリスグルに闘気を送り込んだ。しかしなおもフィンは構えようとしない。


「ンン〜〜やめませんか、この茶番。どんなに虚勢をはっても殺意が無ければ殺せませんよ?」


「……チッ。見抜かれたか」


 オレは構えを解くとともに頭の後ろを掻いた。


「さすがに殺す気なんてなかった。でも気に食わねぇのは本当だ。胡散臭いし、ムカつく」


「ンッフッフ。和解したのに、この言われよう」


「さぁどうする気だ。金は足りねぇ。村人から借りる気もねぇ。プリズン送りだろうが、スンナリ言うことを聞くつもりはねぇぞ」


「ええ、それなんですがね〜〜1つ確認したいです。そこのお嬢さん、かの高名なるミシェル名人の娘さんなので?」


 急に話題を振られたアイーシャは、声を出せず、代わりに頷いた。


「だったらお金はあるでしょうよ〜〜。大金とまでは言いませんが、1千くらいなら用意出来るんじゃないですか?」


「でも、ウチは色々あって。学費とか。母さんも結構浪費家で、高い素材を買い漁ってたし」


「とりあえずお宅に伺いましょ。こちらですかね〜〜?」


 フィンが不躾にドアを開くので、慌ててオレたちも続いた。


「ンン〜〜。お金ちゃんの臭いがしますねぇ、香しや〜〜」


「黙れよ金の亡者」


「こっちからですね〜〜、あの箱なんか怪しい」


 フィンが道具入れを指さした。しかし、アイーシャが言うには、金なんて無いという。実際、開いてみれば、焦げた木の根っこやら金属タイルなど、見慣れないものが出てくるだけだ。


 全てミシェルが遺した錬金素材らしい。高価なものもあるにはあるのだが、それを売買するには、錬金術師の免許が必要だった。


「ほら見ろ。何が金の臭いだ。その鼻、腐ってんじゃね?」


「その箱を隅から隅まで調べました〜〜? たとえばホラ、二重底になってるとか」


 アイーシャが箱をまさぐると、何かに気付いた。


 どうやら僅かに隙間があり、下面がスライドすると言う。そうして現れた第二の底には、小袋と、手紙が添えられていた。


 そこにはこう書かれている。


――アイーシャへ。もしもの時の為にこれを遺しておきます。無駄遣いしちゃダメよ、特にお菓子とか。 ミシェル


 読み終えるなり、手紙を震える手で抱きしめた。しかし、その横からフィンが小袋を奪う。了承を得ずに中を開いた。


 そこには、見るもまばゆい金貨があった。


「ホラ〜〜御覧なさい。やっぱりあったでしょう? 金貨1枚で1千ディナ。利息金としてこちらはいただきますね〜〜」


 オレはすかさずエリスグルを振り下ろした。


「返せよこの野郎!」


「おっと、危ない」


 フィンが皮一枚でかわした。続けて刃で突く。突く。急所を避けもせずに突きまくる。


 しかしそれらは掠りもしない。フィンは金貨を握りしめたまま、コウモリの変身を織り交ぜてまで、全てをかわしきった。


「いやぁ怖い怖い。私でなければ死んでましたよ〜〜?」


「うるせぇよ! その汚い手を放せ! こいつの親がどんな気持ちで遺したか、少しは考えろ!」


「おやおや、アナタが親の気持ちを代弁するだなんて、ずいぶんと成長しましたねぇ」


「親父みてぇなクズとは別もんだからだ。つうか金貨をアイーシャに返せ!」


 すると、オレの腕にアイーシャが手を添えた。


「ありがとうライル。もういいから」


「何がだよ。あれは母親がお前のためにって!」


「だから、ここで使わせてもらうの。母さんの心は、こっちかなって思うから」


 アイーシャが手紙を大事そうに抱えながら言う。当人がこの態度では、オレも振り上げた拳を降ろすしかない。


「チッ。そういう事だ。とっとと消えろ、金の亡者」


「ありがとうございます〜〜、では利息金は回収ということで」


「もう何も言うな。出て失せろ」


「そうですか〜〜。では最後にひとつだけ。違い羽根の連中にはお気をつけくださいね。かの者たちは、アナタの事を微塵も諦めてませんので〜〜」


 フィンはコウモリに変化してから、さらに言った。「アナタに死なれたら貸し倒れになっちやわいますから〜〜」と。


「クソッ! とにかくムカつく野郎だ!」


「あはは。色々あったけどさ、どうにか丸く収まったよね。スキマ仕事が随分前に感じるよ」


「すまないなアイーシャ。せっかくの金を」


「だから良いってば。ライルには、言葉に出来ないくらい助けられてるもん。お金で解決できるなら安いと思うよ」


 すると、アイーシャの顔が赤みを帯びていった。どうしたのかと思って覗き込むと、弾かれたようにすっ飛んでいった。「お片付けしてくる!」と叫んで、裏口から出ていった。


「どうしたんだ、アイツ……」


 呟くとゴーレムが答えた。


「顔が赤くなるのは、アルコール反応の一種です。すなわち酒を飲んだがゆえの事だと断言できます」


「今になって急に? まさか」


 そうして家の中で待っていたのだが、アイーシャは一向に戻らない。ゴーレムの言う通り、今さら酒が回ってきたのだろうか。


 そう思うなり、様子を見に行った。


「アイーシャ、大丈夫か?」


「あぁ、うん。ごめんね。ちょっと目が離せなくて」


 メモリースコープの傍らで立ち尽くすアイーシャは、裏庭の方を見ていた。


「ここに戻ったら、急に動き出してさ……」


 花畑には2人の幻が現れていた。ミシェルと、アイザックだ。それらもやはり、月明かりが蒼く照らしていた。 


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