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02 異世界転移


 私はドキドキしながら、「ステータスオープン!」と張り切って言ってみた。


 ……けれど。


 しばらく待って、周りを見渡してみても何も変わらない。半透明の画面が現れるのかな、と思った私の期待は脆くも崩れ去ってしまった。


(ええぇ……もしかしてそんな転移者特典って無いの? チートも何もない丸腰の状態でこのままだったらどうしよう……!)


 私は異世界転移といっても色んなパターンがあったな、と思い出す。


(えーっと、勇者や聖女を召喚するなら、普通はお城か神殿の中に召喚されるよね……)


 もし召喚だったら、私を召喚した人が近くにいるはずなのに、周りに人の気配は全く無い。

 ……ということは、私は次元の穴に落ちたとか、時空の歪みに入り込んでしまった、みたいな不慮の事故的な転移の可能性がある。


(そもそも、本当に異世界転移なのかな……?)


 すっかり異世界転移だと思い込んでいたけれど、ここは日本のままで、実はドッキリ的な何かだとしたら……私ってすごく恥ずかしい事をしているのでは……?


 いきなり興奮して森の中で「ステータスオープン!」とか叫ぶ女子高生……うぅ……! 恥ずかしい……!! これはキツイ!!


「……って、そんな訳ないか」


 興奮していた私はスンっ、と冷静になる。


 つい羞恥に悶えそうになったけど、もしこれがドッキリだとしたら、私の体が子供になっている理由の説明がつかない。


 私が知らない、常識を超えた超常現象が起こっているのは間違いない、はず!


「あれこれ考えても仕方がない! とりあえず森から出てみよう!」


 この場所でじっとしている訳には行かないと思い立った私は、森を出て人を探すことにした。

 きっと人に会えれば、私の身に何が起こっているのかわかるだろう。


 今いる場所がどこかわからないけれど、もし熊のような危険動物と遭遇したら大変なことになってしまう。

 それにもしここが異世界なら、魔物に遭遇するかもしれない。


「善は急げって言うし! よし! 行こ……って、うわぁ!!」


 私は立ち上がろうとしてすっ転んだ。ジーパンの丈が長くなっていることを忘れ、裾を踏んでしまったのだ。

 よくよく見れば、カーディガンの裾も余っていて、めちゃくちゃ動きにくい格好になっているではないか。


「これは流石にないか……」


 私はダボダボになった服を、動きやすいように調整することにした。

 まずジーパンの裾を何度も折ってちょうどよい長さにし、スニーカーの紐を絞った後は、脱げないように足首に紐を巻く。さらにカーディガンを肩に羽織ってマント代わりとした。

 ずれ落ちるジーパンをベルトで締めることで、自分の気持ちも引き締める。穴が足りないから、それでもずり落ちそうになるけれど。


「よしっ! 次こそはっ!!」


 さっきは見事に転んでしまったけど、今の私は準備万端、完璧だ。


 そしていざ出発! というところで、少し離れたところからガサガサと草むらが音を立てて揺れるのが見えた。


(えっ!! もしかして動物?!)


 せめて熊じゃありませんように、と思いながら音がした方向を見ると、現実では見た事がないような服装の、緑の髪の毛の男の人が立っていた。


「…………」


「…………」


 予想外の人物の登場に、思わずポカーンとしてしまう。

 それは向こうも同じだったようで、しばらく無言のままお互い見つめ合う。


(……えっと、コスプレ……の人じゃないよね? 顔立ちは西洋人だし、髪もすごく自然な緑色……。服も何だか冒険者っぽいし、着潰した古着な感じがリアルだし……)


 まるでファンタジー映画の登場人物みたいな男の人を眺めていると、その男の人が私に話しかけてきた。


「ええっと、こんな小さいお嬢さんがどうしてこんな場所に?」


 男の人が離す言葉は英語によく似ているけれど、やはり現実では聞いた事がない国の言葉のようだった。


(こ、これは……!! やっぱりここは異世界で、私はまさかの言語チート!?)


 思わぬ出来事に、私は再び興奮する。


(これが何かの試練だったとしても構わない! むしろこんな貴重な体験をさせてくれてありがとうとお礼を言いたい!!)


 私が異世界転移させてくれた見知らぬ神様か仏様に感謝していると、男の人が再び声を掛けてきた。


「おーい、俺の言っている事がわかるか? もしかして言葉が通じないのか?」


 心配そうな男の人に、まだ返事していない事に気付いた私は慌てて頭を下げる。


「あ、すみません! 突然人が現れたからびっくりしちゃって!」


 ちゃんと返事をした私に男の人はホッとしたようだ。


「ああ、言葉が通じて良かった。……という事は、君はこの国の人間か?」


 男の人の質問に私は狼狽える。国どころか世界が違うかもしれない場合、どう返事をするべきか。


(ええっと、こういう時はなんて答えるのが正解なんだろう……って、よく考えたらこの人が善人とも限らないよね。もし奴隷商だったら捕まって売り飛ばされる可能性も……)


 私が返事に困っていると、男の人は「ああ、そうか」と、何かに思い当たったように言うと、自己紹介をしてくれた。


「ごめんごめん。俺は怪しいものじゃねぇよ。このラウティオラ国のベンディクスでハンターをしているヤースコという者だ」


 ヤースコさんと名乗った男の人は、ラウティオラと言う名前の国で、ハンター……ラノベで言う冒険者をしているらしい。


(国の名前がラウティオラ……! 聞いた事がない国名だし、やっぱりここは異世界なんだ……!!)


「これがハンター証だ」


 そう言ってヤースコさんは、首から下げていたプレートのようなものを見せてくれた。刻まれている文字はきっと名前なのだろう、銀色に光るカードサイズの板に鎖がついていて、いかにもーって言う証明証だ。


「あ、有難うございます! 私はヒラサワケイコと言います。名前がケイコで、姓がヒラサワです」


 私の自己紹介を聞いたヤースコさんが不思議そうな顔をする。


「ケィクゥオ……?」


「ケイコです」


「ケィコォ……」


「ケ・イ・コ、です」


 どうやら私の日本語名は、この世界の人にとって発音しにくいようだ。

 ヤースコさんも何回か練習して、ようやく近い発音が出来るようになってくれた。


「ケイコか……変わった響きの名前だな。このラウティオラ国では聞かない名前だ。ケイコは他国の人間か? しかも姓があるという事は貴族か何かか?」


「え、えっと……」


「それにこんなに小さい子供にしては言葉遣いが随分丁寧だ。もしかして、君はかなり高等な教育を受けてきたんじゃないのか?」


 ヤースコさんが質問してくるけれど、私はなんて答えればいいのかわからず困惑する。

 確かに高校に通っていたけれど、今の私の身体は子供だったのだ。それなのについいつもの調子で喋ってしまったから、年齢に不相応な言葉遣いだったかもしれない。


 未だに答えない私を見て、ヤースコさんが頭をガリガリと掻きながら、困ったように「訳有りか……」と呟いた。


「あ、あの、すみません……! 何と言って説明すればいいのかわからなくて……っ」


(ヤースコさんは私に自己紹介をして誠意を見せてくれたのに……自分はだんまりだなんて、そんなのずるいよね)


「あの、私は……!」


 もう思い切って「私は別の世界の人間かもしれない」と言ってしまおうと思ったら、ヤースコさんが私に向かって片手を上げたので、反射的に口を噤む。


「どうやら込み入った話になりそうだ。ここじゃ落ち着かないから、場所を変えよう」


 ヤースコさんはそう言うと、踵を返して私に「こっちだ」と声を掛けた。一瞬ついて行っていいものなのか躊躇ったけれど、どっちにしろ、私はヤースコさんに頼るしか無いんだと思い直す。


 人の悪意には慣れているけれど、ヤースコさんからは悪意を感じない──だったら、もう運を天に任せよう!


 そうして私は彼の背中を追うべく、駆け出したのだった。

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