私は、偶然出会ったハンターのヤースコさんと一緒に森の中を歩いていた。
ヤースコさんはハンターだし、もっと速く森を抜けることが出来るはずなのに、子供の私に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
それだけでも、ヤースコさんがとても優しい人なのだとわかり、一瞬奴隷商かも、と疑ったことを後悔する。
そうして森の中を歩いている間、ヤースコさんは色々なことを私に教えてくれた。
「この森は<隠者の森>と呼ばれていてな。高名な大魔導師が森の奥に住居を構えて、一人暮らしているんだ」
(大魔導師……!? という事は、この世界には魔法がある……!?)
魔法がある事がわかり、私のテンションが爆上がりしてしまう。
「その方はどんな魔法を使うんですか? 大魔導師が何故こんな森に? ヤースコさんはその方にお会いした事があるんですか?」
興奮しながら立て続けに質問をする私を見て、ヤースコさんは「ケイコは魔法に興味があるんだな」と言うと、苦笑いしながら一つ一つ質問に答えてくれた。
その大魔導師様はエドヴァルドと言う名前で高齢の老人である事、終いの住処にこの場所を選んだ事、周りの反対を押し切って一人暮らしをしている事……。
(こんな森の奥に高齢のご老人が一人暮らしだなんて……。確かに『隠者』って言葉がぴったりだよね)
「えっと、一人暮らしの理由はご存知なんですか?」
「……いや、俺も知らないな。気になるなら本人に聞いてみるか?」
「え!? 御本人にお会いできるんですか!?」
「ああ、俺は王宮からの依頼で、定期的にエドヴァルド様の様子を見に行っているんだ」
ヤースコさんは様子を見に行くついでに、エドヴァルド様へ生活必需品や手土産、嗜好品などを届けているのだそうだ。
森の中にいたのも、エドヴァルド様の所へ行く途中だったらしく、私もご一緒させて貰える事になった。
「なるほど……。ご高齢なら心配ですよね。身の回りの世話をする人がいれば安心なのでしょうけど」
「そうなんだよな……。でも、何度説得しても一人暮らしがいいって聞かないし。あの人は頑固だからなあ……」
ヤースコさんはやれやれと肩を竦めた。確かに頑固なお年寄りって扱いに困る事があるよね。
「それに最近ボケてきたみたいでなぁ……皆んな心配しているんだよ」
「……それは……何と言うか……大変ですね……」
ヤースコさんを励ます言葉が見つからず、私は段々語尾が小さくなっていく。
(こういう時、気が利いた言葉の一つでも言えればいいのに……)
自分の語彙力の無さにしょんぼりしていると、ヤースコさんの「着いたぞ」と言う言葉に顔を上げる。
木々が影を落とす森を抜けて明るい場所に出ると、光が眩しくて一瞬視界が霞むけれど、慣れてきた目で周りを見渡してみると、とても立派な城が視界に飛び込んで来た。
「……わぁ……! すごい……!!」
まるで某ネズミーランドのお城のよう。確かアレはドイツのノイシュバンシュタイン城がモデルだったっけ……? とにかく、目の前のお城は壮大でものすごく大きかった。
(って、あれ……? これが一人暮らししているお爺さんの家……!?)
予想の遥か斜め上を行く豪邸というか建築物で驚いた。私の想像ではログハウスのような、質素な山小屋をイメージしていたのに……。
「あの、ここにそのエドヴァルド様が暮らしていらっしゃるんですか?」
何十も部屋がありそうなお城は大きいだけでなく、華美な作りをしていて、外観の柱には彫刻が施されている。青い空に白い壁が映えていてとても美しい。
広大な敷地内には池や噴水、花壇の美しい庭園があり、ここに王様が住んでいてもおかしくないほどだ。
「ここは国王がエドヴァルド様にと用意させた城なんだが、今は無人になっているんだ」
ヤースコさんの言葉に私の頭の中では、はてなマークが飛び交っている。
(んん? エドヴァルド様はここにはいないの? じゃあ、何処に?)
不思議に思っている私にヤースコさんが「ほら、こっちこっち」と言って案内してくれたのは、とても小さい小屋のような建物だった。
「エドヴァルド様はここで暮らしているんだ。王からの贈り物は気に入らなかったようでな。ご自身でこの小屋を作ったそうだ」
「……え!? ここですか!?」
ここで暮らしていると聞いて、今度は別の意味で驚いた。何故ならその建物は六畳ぐらいの広さに三メートルぐらいの高さで窓がなく、あるのは建物に似つかわしくない重厚な扉だけだからだ。
どう見ても人が暮らせるような建物には見えない。
「まあ、普通は驚くよな。ほら、扉を開けて中を覗いて見てみろよ」
ヤースコさんに言われて恐る恐るドアノブを握ると、”ぎぎぎぃ”と言う音を立てて扉が少しずつ開いていく。
(開いた途端、モンスターの口の中だったらどうしよう……!!)
ビクビクしながら扉を開いたけれど、何かが飛び出すような気配は無かったので、更に扉を開く。すると、中には信じられない光景が広がっていた。
「……えっ!?」
扉の向こうには、綺麗に磨き上げられた格子模様の大理石の床に、アーチを描いた天井がずっと奥まで続いていたのだ。
(え? え? 何これ……!)
私は、明らかに外から見た建物の大きさと内部が噛み合っていない事に驚いた。
(これはファンタジー映画やラノベで見かける空間魔法的なやつ……!!)
「これ、空間魔法ですか!? エドヴァルド様が魔法で空間を歪めて何処かに繋げているんですか!?」
日本人なら誰でも憧れる魔法を目の当たりにした私は、またもや捲し立てるように質問攻めをしてしまう。
「おいおい……ケイコは本当に魔法が好きなんだなぁ。ちょっと落ち着けって」
ヤースコさんが苦笑いをしながら、私を落ち着かせようとする。
「……あっ! すみません……! つい、興奮してしまって……」
(うわあぁん! 二回もやっちゃった! 恥ずかしい!!)
興奮するとつい我を忘れてしまうのは私の悪い癖だ。ここ最近は興奮する事なんて殆ど無かったから油断してしまった……反省。
「ほら、エドヴァルド様にお会いして魔法の事が聞きたいんだろう?」
ヤースコさんは私に優しくそう言うと、「この先の部屋だ」と言ってエドヴァルド様のところまで案内してくれた。
まるで中世に作られたようなお城の廊下を歩いて行くと、細かい彫刻が施された扉の前に着いた。
ヤースコさんが扉を叩いて「エドヴァルド様、ヤースコです」と言うと、中から「入って良いぞ」と、荘厳さを感じさせる低い美声が聞こえて来た。
「失礼します」
ヤースコさんが中にいるエドヴァルド様に断りを入れて入室したので、私もおずおずと後に続く。
「……っ!? ……す、すごい……!!」
部屋の中を見て私は再び驚愕する。
ヤースコさんの後ろ姿のその先には、まるで聖堂のようにドーム状になっている天井があり、その天井には細やかな模様の青いステンドグラスが施されていて、差し込んだ陽の光と相まって、神秘的な雰囲気を醸し出している。
そして床から天井まで伸びている彫刻された柱は金色で、青いステンドグラスとの対比が素晴らしい。
なんとも言い表しがたい色と光が織りなす美しさに、私の心は感動で打ち震える。
私が更に感動したのはステンドグラスの下、壁一面に装飾が施された趣のある本棚に、ぎっしりと収納されている膨大な量の本だ。
360度、どこを見ても本、本、本で、一生かかっても読みきれないぐらいの本が保管されていた。
私が驚きのあまりポカーンとしていると、バサッと本が落ちる音がして我に返る。
音のした方を見ると、部屋の真ん中に置かれた大きな机の上に大量に積まれた本の隙間から、いかにも魔法使いと言った服装の綺麗な顔の男の人が、こちらを見て驚いた顔をしていた。