大きな机に座り、本を広げて何かの実験をしていたらしい、いかにも魔法使いっぽい綺麗な顔の男の人が、ヤースコさんが言っていた大魔導師エドヴァルド様なのだろう。
(あれれー? でもヤースコさんはご高齢って言ってなかったっけ?)
私はエドヴァルド様のことを、長い髭を蓄えた某魔法学校の校長先生みたいなご老人だと想像していたのに……随分どころかかなり若く見えて驚愕する。
……しかしそのエドヴァルド様は、私の顔を見て何故か固まってしまっている。
(えっと、私の顔を見て驚いてる? しかも微動だにしないから怖いんですけどっ?!)
しばらく驚いた顔で固まっていたエドヴァルド様が、ガタッと椅子から立ち上がってびっくりする。どうやら再起動したようだ。
「カティ!! 来てくれたんじゃな!! ワシはずっと待っとったぞ!!」
そして嬉しそうな顔で私を見て何やら大声で言っているけれど……んん?
見た目は二十代後半の美形だけど、言葉遣いがやけに高齢のご老人っぽいから違和感がすごい。
(……のじゃロリ……じゃないな。のじゃイケメン……のじゃイケになるのかな?)
立ち上がったエドヴァルド様は素早い動きでまっすぐ私のもとへ来ると、目線を合わせるように膝立ちになって、私の手を両手でガシッと掴んだ。
「元々美しかったが、若返ったカティも可愛いのう! さあさあ、こっちに座って一緒にお茶をせんか? カティの好きなお茶菓子を用意しような」
「えっ!? もしかしてカティって私の事ですか!? いやいや! 違いますよ! 私はカティさんじゃありませんよ! ケイコって名前なんですけど!」
何故か突然人違いされた私はメチャクチャ狼狽えてしまう。しどろもどろになりながらも、必死に否定するけれど……。
「ん? だからお前さんはカティじゃろ? ワシがカティを見間違う訳なかろうて」
……エドヴァルド様には全く通じない。
いくら人違いだと言っても、私をカティさんだと言って譲らないエドヴァルド様に困っていると、ヤースコさんがエドヴァルド様を止めに入ってくれた。
「おいおい、爺さんよぉ。ケイコが嫌がっているだろ? いい歳して小さい女の子をナンパするなよ。下手すりゃ犯罪だぜ?」
(……あ。この世界でもナンパって言うんだ。それとも自動翻訳かな?)
「失礼なっ!! ナンパなんかしとらんわい! ワシはカティをお茶に誘っただけじゃわい!」
「それをナンパって言うんだろーがっ!! ボケてんのかっ!!」
私はエドヴァルド様とヤースコさんが言い合いをしているのを見て、二人は随分親しいんだな、と気がついた。
(さっきまでヤースコさん敬語だったのに……めっちゃ言葉崩れてるし……)
私は不思議に思いつつも、きっと長い付き合いだからだろうと思い、未だに言い合いしている二人を宥めることにする。
「まあまあ、お二人とも落ち着いて下さい。私はカティさんではありませんが、それでも良ければお茶をご一緒させて下さいませんか?」
仲裁に入った私の言葉に、二人は思うところが有ったみたいだけれど、言い合いはやめてくれたらしく、騒がしかった部屋が静かになった。
「ケイコがそう言うなら俺はいいけどよ……」
「そうかそうか、一緒に茶を飲んでくれるか。やっぱりカティは優しいのう。ならカティが好きなお茶を入れような」
未だに私の事をカティと呼ぶエドヴァルド様に、ヤースコさんが「おい! 全然人の話を聞いていね―じゃねーかっ!」と怒っている。
しかしエドヴァルド様はそんなヤースコさんを気にした様子もなく、机の上に置いてあった小さいハンドベルの様なものに手を伸ばす。
そしてベルを手に取り左右に振ると、涼やかな音色が部屋中に響き渡った。
どうやらベルは呼び鈴だったらしく、しばらくすると私達が入ってきた扉とは違う奥の扉から、うさぎのような動物がワゴンを押しながら入って来た。
(うわぁーーーーっ! 何これ! すっごく可愛いんですけど―っ!!)
よく見るとそれは生きている動物ではなく、動物を模したぬいぐるみだったらしい。背中に真鍮のような色をした金属のネジが付いているではないか。
(ぬいぐるみの中に人が入っている……なんてことはないよね。うわー! 本当にファンタジー映画を観てるみたい!)
ぬいぐるみは首のところにリボンをしていて、結び目の辺りに宝石のついたブローチが付いている。ブローチに付いている宝石はとても綺麗で淡く光っているようにも見える。
「すっごく可愛い子ですね! 名前はあるんですか?」
うさぎとは少し違うようだし、きっと別の動物なのだろう。なんていう動物なのかすごく気になる!
「ほっほっほ。カティはラピヌが気に入ったか。ラピヌはワシがカティのために作った魔導人形じゃよ」
このうさぎのような動物はこの世界ではラピヌっていうんだ……名前も可愛い!
ラピヌがモフモフな手で器用にお茶の用意をしてくれているのを見てほっこりする。
そしてラピヌがポットにお湯を注ぐと、芳しい香りが部屋に広がっていく。
「ほらほら、ハータヤ地方で採れる珍しいエルキラの茶葉じゃよ。カティの好みだと思って取り寄せたんじゃよ」
「珍しいお茶なのですか? 有難うございます、いただきます!」
聞いた事がない名前のお茶が入ったカップを持ち上げて、お茶を一口、口に含むと、甘い香りなのにスッキリとしたお茶の味が口の中に広がった。
(うわぁ! 全然渋くなくてすごく美味しい! このお茶、すごく私好みかも!)
お茶を飲んだ私の反応を今か今かと待っているエドヴァルド様に、「このお茶すごく美味しいですね! 私このお茶大好きです!」と、満面の笑みを浮かべて言うと、エドヴァルド様はニコニコと笑顔になった。
「そうかそうか、気に入ったか。良かった良かった。ほれほれ、この焼き菓子も食べてみい。この菓子もカティの好物じゃろ?」
エドヴァルド様が勧めてくれるお菓子は、ころんとした形の一口サイズのクッキーだった。
「美味しそう! いただきます!」
お皿を受け取り、クッキーを一個つまんで口に入れると、サクッと繊細な歯ざわりがして、クッキーが舌に触れた瞬間、ほろほろとほどける様に溶けていく。
(おいしーい! このクッキーもすごく私好み! 何だか私とカティさんの好みってすっごく似ている気がする!)
「このクッキーもとっても美味しいです! どなたが作っているのですか? もしよければ自分でも作ってみたいです!」
こんな美味しいクッキーが自分でも作れたら、きっと楽しいだろうな、と思ってエドヴァルド様に聞いてみた……けれど、エドヴァルド様の様子が何だかおかしい。
「え? あ、あの、エドヴァルド様、どうかされたのですか……?」
エドヴァルド様は顔を手で覆い、俯いて肩をプルプルと震えさせている。
(ど、どうしよう……!! 何かの発作!? 何処か痛んでいるのかも……!)
私は隣の椅子に座っているヤースコさんに、必死に目で訴えた。
だけどヤースコさんは呆れたように肩を竦めただけで、特に何かすることもなくエドヴァルド様を見ている。
その様子に病気じゃ無さそう? と思っていると、エドヴァルド様がガバっと顔を上げた。
「おお、おお……! まさかカティが菓子を作りたいなどと言ってくれる日が来ようとは……! 何たる幸せ……! ワシは今日この日のために生きてきたんじゃろうなぁ……」
エドヴァルド様はそう言うと、天を仰ぎながら、綺麗な顔を涙で濡らす。
美形は泣き顔でも美形なんだなぁ……なんて。
「はっ!? ちょ、泣かないでください! そんな、大げさな!」
つい美しい顔に見惚れちゃったけれど、未だエドヴァルド様はさめざめと泣いている。どう対応したら良いのか全くわからない。
私がどうしよう、と困っていると、エドヴァルド様の頭ががくんと落ちた。
「ひえっ!?」
(え? え? 今度は何……!? 今度は何が起こるの!?)
また号泣しながら叫ばれたらどうしようと、心の準備をしていると、ヤースコさんが私を安心させるように言った。
「寝てるだけだから気にすんな」
「はあっ?!」
ヤースコさんの言葉を確かめるようにエドヴァルド様を見てみると、「すぴーすぴー」と、穏やかな寝息が聞こえてきた。
……ええ〜!? 本当に寝てる?!