眠ってしまったエドヴァルド様を、ヤースコさんは「仕方ねぇなぁ」と言いながら担ぐと、「ちょっと寝室に連れて行ってくるわ」と言って、また別の扉へと消えて行った。
ラピヌが入ってきた扉と反対の方向にある扉の向こうがエドヴァルド様の寝室なのだろう。
(それにしてもヤースコさんはこの家?にずいぶん詳しそうだなぁ。様子を見に来る内に詳しくなったのかな?)
私は先程のヤースコさんとエドヴァルド様のやり取りを思い出す。すごく高名な大魔導師様とのやり取りと言うよりは、祖父と孫、師匠と弟子の関係が近いような気がする。
私がそんな事を考えていると、ヤースコさんが戻ってきた。
「すまねえな。エドヴァルド様には驚いただろう? 正直俺もあんなに興奮したエドヴァルド様を見たのは初めてだ」
ヤースコさんは、「……やれやれ」と言って肩を竦める。どうやらこれはヤースコさんの癖なのかも知れない。
「あの、エドヴァルド様が随分お若く見えるのですが……ご高齢って言っていませんでした?」
「ああ、そりゃ驚くよな。でもああ見えて爺さんは高齢だぜ? 何か魔法の副作用で老化が止まっちまったらしい」
「え……! まさか、不老不死なんですか?!」
「いやいや、見た目が若いってだけで、中身は老人の身体だって言ってたぞ」
魔法の副作用とはいえ、見た目が若いままというのはかなり羨ましい。
「ヤースコさんはエドヴァルド様とはどの様な関係なんですか? 随分親しい関係のように見えましたけど……」
私の質問に、ヤースコさんは「まあなぁ」と言って、エドヴァルド様との関係を教えてくれた。
「俺はエドヴァルド様の遠縁でな。今はお互い祖父と孫って感じかな? まあ、エドヴァルド様には孫どころか子供もいないんだけどな」
ヤースコさんの話から、エドヴァルド様はずっと独身だった事がわかる。
「エドヴァルド様も若くして大魔導師の称号を持っちまったからなぁ。それにあの顔だろ? そりゃこの国のみならず、他国の王家や貴族の令嬢たちからも結婚の打診が殺到するってもんだ。……まぁ、そのせいで婚期を逃したんじゃねぇかっていうのが、世間一般に出回っている噂だけどな」
……なるほど。そりゃそんなすごい能力を持った人の遺伝子なら、後世に残したいって誰でも思うよね。
きっともの凄い争奪戦が繰り広げられたんだろうな……あくまで想像だけど。
「でも、エドヴァルド様が結婚をされなかったのは……その、カティさんと関係があるのでは?」
ヤースコさんと違って赤の他人の私が踏み込んで良い話題では無いのはわかっているけれど、それでも私はその答えが知りたかった。
「うーん、そうだよなぁ……。個人的にはケイコに話してもいいと思うけど、俺に考えがあるから、ちょっとその答えは待ってくれないか?」
ヤースコさんの考えが何かはわからないけれど、一先ず私は「はい」と答えた。
「うん。じゃあ、ケイコの質問に答える前に、俺の質問に答えてくれないか? ケイコはもしかして<稀人>か?」
聞き慣れない単語を言われて困惑する。<稀人>って何だろう……?
「すみません、<稀人>とは一体何ですか?」
「ああ、すまねぇ。<稀人>はこの国では違う世界から来た人間の事を言うんだ。ケイコって言う名前は珍しいし、その服もすごく仕立てが良いもののようだしな。それにケイコが履いている靴なんだが、見た事がないような素材を使っている様に見受けられてな」
私はヤースコさんの推理(?)に納得する。
確かに私とヤースコさんの服は随分作りが違うと思う。
この服だって安価なファッションブランドのものだけど、それでもヤースコさんが着ている服よりはかなり高級品に見える。
そう言えば、エドヴァルド様の服もとても高級そうに見えた。
金糸をふんだんに使って刺繍されたローブだけで結構な価値がありそうだったし。
(もう隠す必要もないよね……。ヤースコさんが良い人っていうのは良くわかったし)
私はヤースコさんに話そうと覚悟を決めた。
「ヤースコさんの仰る通りです。私はこことは違う世界から来ました」
そうして私は光りに包まれて意識を失った後、目が覚めて気が付いたら森にいた事、何故か身体が子どもに戻っていた事、それからヤースコさんと出逢った事を話した。
ヤースコさんは私が話している間ずっと、真剣な表情で黙って聞いてくれていた。
一通り話し終えると、ヤースコさんは「なるほどなぁ……」と言って考え込むように腕を組む。
「じゃあ、ケイコは元の世界に帰る方法を知らないんだな?」
「はい、全く心当たりがありません。この世界に異世界に渡る魔法は無いのですか?」
エドヴァルド様の様な大魔導師がいるこの世界なら、異世界転移の魔法が開発されているかもしれない──そう思い、期待を込めてヤースコさんを見る。
「そんな魔法は聞いた事がないなぁ。エドヴァルド様なら知っているかもしれないが……でもなぁ……」
ヤースコさんが何か言い淀んでいる。何か困ったことでもあるのだろうか。
しばらくヤースコさんの様子をうかがっていると、「うーんうーん」と悩んだ後、意を決したような顔をして私を見た。
「もう細かい話は無しで、ぶっちゃけて行くぞ? ケイコは<稀人>だから、住む家も場所もない。もちろん金も持っていないだろうし、金目のものも持っていない。しかも身体は子どもになっている。そんな状況で元の世界にも帰れない。……ここまでは合っているか?」
ヤースコさんが私の置かれている状況をまとめてくれた。
「……はい、仰る通りです」
私の返事にヤースコさんは「よし!」と頷いた後、続けて話し出す。
「で、だ。俺の考えはこうだ。ケイコはエドヴァルド様が長年待ち続けていたカティによく似ている。よく似ているどころかエドヴァルド様は本人だと思いこんでいる。……という事は、ケイコはカティとしてここでエドヴァルド様と一緒に暮らすのが良いんじゃないか、と俺は閃いた! そうすればエドヴァルド様の面倒を見てくれる人間がいてくれて俺も王宮も助かる! ケイコはエドヴァルド様の面倒さえ見れば衣食住を保証される! これでどうだぁっ!!」
ヤースコさんが一気に捲し立てる。ばばーんっ!と言い切ったヤースコさんはとても晴れ晴れとした顔をしている。
長年の憂いが払われた、そんな爽やかな表情だ。
私は提案された内容を考える。
──うん、良いんじゃないかな?
(人違いされているけれど、エドヴァルド様はすごく優しいし、面倒を見るっていうのは家事をすれば良いんだよね? 今までずっとやって来ていたから、家事をする事に全く抵抗はないし)
ただ、心配な事が一つある。それはこの世界の生活水準だ。
魔法があるんだし、きっと便利な道具が発明されているだろう……聞いてみないとわからないけれど。それとトイレ事情なんかも確認する必要がある。これは最重要事項だ。
「すみません、この世界で生活する方法を教えて貰ってもいいですか?」
それから私はヤースコさんに家事の方法を一通り教えて貰った。その結果、生活水準は元の世界と同等──いや、それ以上だという事がわかった。
水は魔法で出せるし、出せなかったとしても水の魔石に魔力を流すと、魔石から水が湧いてくるそうだし、火だって火の魔石に魔力を通せば魔石から炎が出る。
トイレは元の世界と同じ洋式で、排泄物処理には汚物を溶かして処理してくれるスライムのようなものがいるのだそうだ。
……もしかすると元いた世界よりも余程エコなのかもしれない。
だけど、それはエドヴァルド様が大魔導師だから出来る事なんだろうな、と思う。貴族じゃない平民だと、かなり文明が遅れているようだし。それこそ中世レベルだ。
それでも私にとって、この世界はとても魅力的に感じている。正直、元の世界に帰っても私を待っているのはあの義母がいる家なのだ。
ならば、人違いとは言え、私に優しくしてくれるエドヴァルド様の下で一緒に暮らす方が余程楽しそうに思う。
──そう考えた私は、ヤースコさんの提案を飲む事にした。