「わかりました! エドヴァルド様さえ良ければ、ここで働かせて下さい!」
私がヤースコさんの提案を飲むと言うと、言った張本人であるヤースコさんが何故か狼狽えている。
「……えっ!? 本当に良いのか? いや、提案したのは俺だけど、まさか乗ってくれるなんて思わなかったんだが……」
きっと、ヤースコさんは私が元の世界に帰りたがっていると思っているのだろう。
「提案に乗りますよ。私、異世界転移に興味ありましたし、ここは魔法があるのでしょう? それだけで十分、この世界にいる理由になりますから」
私がニッコリ微笑んでそう言うと、ヤースコさんはあまり深く聞かずにいてくれた。
「……そうか、ケイコがそれで良いのなら、俺はもちろん歓迎するぜ。王宮にも報告するけど、念の為<稀人>と言うのは黙っておこう。だからケイコも自分の事を誰にも言わないようにな」
「はい、わかりました! それと気を使ってくれて有難うございます。どうぞよろしくお願いします!」
異世界に迷い込んだ私が、早々に働き口を見つけられたのは本当にラッキーだった。もし最初に出逢っていたのがヤースコさんじゃなければ、一体どうなっていただろう。
「じゃあ、ケイコの処遇も決まったし、さっき質問されたカティの事について話そうか」
それは私が先程ヤースコさんに質問した、エドヴァルド様とカティさんの関係についての事だろう。
「エドヴァルド様の面倒を見るのなら、知っておいた方がいいだろうからな。しかもエドヴァルド様曰く、ケイコはカティにソックリみたいだし」
そう言ってヤースコさんが教えてくれた事によると、カティさんはエドヴァルド様の想い人なのだそうだ。
「ちなみに、カティさんは、その……私みたいに小さい女の子だったんですか……?」
私を見てカティさんにそっくりだというのなら、彼女も幼い少女だと言う事で……。と言うことは、エドヴァルド様はカティさんと随分歳が離れていたという事になるけれど……。何となく犯罪のような気がしなくもない。
「いやいやいや!! カティはエドヴァルド様と同じ年頃の女性らしいぞ? 流石にエドヴァルド様に幼女趣味はないって!!」
「……あ、そうなんですね。それなら良かったです」
カティさんが幼女じゃなくて、ひとまず一安心だ。
だけど、私を見てカティさんだと思い込んでいるのはどうしてだろう……?
ヤースコさんは「ごほんっ!」と咳払いすると、気を取り直して説明を再開してくれた。
「まあ、俺が生まれる前の話だから、詳しいことは文献でも読んでくれとしか言えないんだが、五十年以上前にこの国は魔族の一団に襲撃された事があってな」
「……っ?! 魔族、ですか……?!」
ヤースコさんの口から飛び出した「魔族」という言葉に、ドクンと心臓が跳ねる。
(魔族と言えばラノベの定番……という事は魔王が世界を滅ぼそうとした事があったのかな?)
「魔族はその名の通り魔力が俺達人族より多くて、しかも長寿なんだよ。まあその分、数は人族の方が多いんだけどな」
「魔王は? どんな姿をしているんですか? 魔物を操るんですか?」
魔王もファンタジーによく出てくるけれど、この世界の魔王は人型なのか気になった。話によってはドラゴン型だったり獣型だったりするし。
(個人的希望としては人型で美形キャラを見てみたい!!)
「ん? 魔王? そう言うのはいないなあ。魔族の族長の事か?」
「……えっ」
てっきり魔王がいると思っていたけれど、どうやらこの世界には存在しないらしい。
(元の世界のファンタジーと全く同じじゃないんだ……って、そりゃそうか)
魔族は数が少なく、魔族だけでは国として機能しないそうだ。だから王は存在せず、まとめ役として族長がいるらしい。
そして五十年前に襲撃してきた魔族の一団は、族長の後継者争いを有利に進めるために、人族の国を手に入れようと企んだ一派だと言われているそうだ。
「エドヴァルド様は魔族の一団に引けをとらない程の魔力持ちでな。彼のおかげでこの国は助かったんだよ」
……なるほど、だから王様からあんなに立派な城を贈られたんだ。大魔導師ってだけじゃ、普通そこまでしないよね。
「……ただ、その時の戦いで、エドヴァルド様は最愛の女性であるカティを失ってな」
私はヤースコさんの言葉に、酷くショックを受けた。まるで冷水を掛けられたかのように、すうっと体温が下がっていくのがわかる。
「……その、カティさんは……亡くなられたんですか……?」
(失ったと言っても、死んでしまったんじゃなくて、何かの理由で別れたとか、色々事情があったとかだよね……?)
私がドキドキしながら質問すると、ヤースコさんが苦しげな表情を浮かべる。
「……いや、俺も詳しくは聞いていない。……って言うか、聞く勇気がないんだ。カティを失ったエドヴァルド様は一時、抜け殻のようになったと聞いてな。それほど大切な存在を失った人間に、その時の事を思い出させるような質問が出来る訳ねぇ……」
ヤースコさんの悲しげな声に、私の胸が酷く痛む。
(エドヴァルド様はそんなひどい状態から、何とか立ち直ったんだ……)
初めて逢った時の、笑顔のエドヴァルド様を思い出して、私の胸は苦しくなる。
深い森の奥のこの屋敷で、結婚もせず、世話役も付けずにたった一人で──それこそ五十年もの間、ずっと愛する人のことを想い続け、その帰りを待っていたなんて──……。
そんなエドヴァルド様の事を考えると、私の目から自然と涙が零れ落ちる。
「えっ!? ど、どうした!! なんでいきなり泣くんだよっ?!」
突然泣き出した私に、ヤースコさんが酷く慌ててオロオロとしている。どう扱えばいいのかわからないのだろう。
「……ごめ、なさい……。エドヴァルド様の気持ちを考えると、すごく胸が苦しくなって……っ」
自分でも何故涙が出たのかわからない。義母にいじめられた時も、一切泣かなかったのに……。そんな私だったから『可愛げがない』とよく言われたんだろうけど。
(でも、私ってこんなに感受性が強かったのかな……? 自分ではかなり図太い神経だと思っていたのに……)
私は零れ落ちる涙を袖で拭うと、ヤースコさんを安心させるように微笑んだ。
「ごめんなさい、もう大丈夫です。カティさんの事、教えてくれて有難うございます」
「本当に大丈夫か……? この提案を断られたら言おうと思ってた別の提案があってな? ケイコが良ければ一緒に街まで行って、住み込みの仕事を紹介しようと思ってたんだよ。それで、俺がここに来る時にケイコも一緒に来て貰えたら助かるなって」
確かに、初めからそういう選択肢があるとわかっていれば、私はそちらを選んでいたかもしれない、けれど──……。
「……いえ、私はここでエドヴァルド様のお世話をしようと思います」
私はカティさんじゃないけれど、偽物の私でも役に立つ事が出来るなら、エドヴァルド様が喜んでくれるなら、出来るだけ側にいよう、と思う。
そうして、私がエドヴァルド様の下で働くと決めると、ヤースコさんは何度も「本当にいいのか?」と確認してくれた。
私の意志が固い事がわかると、ヤースコさんは「気が変わったら言ってくれよ?」と、納得した様子を見せたものの、本心では心配してくれているんだな、という事がわかった。
きっとエドヴァルド様の過去を知った私が、同情や憐れみを感じて言っているのではないか、と思ったのだろう。
確かに私はエドヴァルド様とカティさんの話を聞いて衝撃を受けたけれど、同情や憐れんでいるつもりは全く無い。
(そもそも赤の他人である私が、大魔導師であるエドヴァルド様の気持ちや考えを推し量れる訳がないよね)
ただ、誰にも愛された事がない私は、一番近くでエドヴァルド様の人生を最後まで見届けたい、知りたいと思ってしまったのだ。
──長い時の中で、ただ一人を想い続けた、その人の愛の結末を。