私の今後についてヤースコさんと話していると、どこからか声が聞こえてきた。
どうやらエドヴァルド様が眠りから覚めたらしい。
そして私の姿が見えないことに慌てたようで、「カティ! カティは何処じゃ!!」と叫びながら部屋に飛び込んできた。
恐らく、私の事を夢か何かと思って確かめたかったのだろう。
私がいる事に気付いたエドヴァルド様は、真っ直ぐにこちらへ来たかと思うと、ギュッと私を抱きしめた。
突然のエドヴァルド様の行動に、ヤースコさんが「おい! 爺さん! それセクハラだぞ! ケイコから離れろ!」と大慌てしている。
(セクハラって言葉もあるんだ……ナンパと言い、元の世界と言語体系が似ているのかな?)
エドヴァルド様に抱きしめられても、不思議と嫌じゃなかった私はしばらくじっとしてみる事にした。
すると夢じゃなかった事を理解して落ち着いたのか、エドヴァルド様がそっと体を離してくれた。
「おお、おお……! 夢じゃなかったか……! 本当にカティが帰ってきてくれたんじゃな……!!」
涙を流しながら喜んでくれたエドヴァルド様の姿に、自分が必要とされているとわかり、私の胸がじんわりと温かくなる。
だけどエドヴァルド様が求めるのはカティさんであって、私ではない。
だから私はヤースコさんと相談して、記憶喪失を演じる事にした。
名前以外の記憶を失って倒れていたところを、偶然通りかかったヤースコさんに助けて貰ったという設定だ。
そうすれば、エドヴァルド様とカティさんの共通の思い出を私が知らなくても、記憶喪失だからと言って誤魔化す事が出来るからだ。
そして私は弱々しく、エドヴァルド様に言った。
「……すみません、私、ケイコって名前以外何も覚えていなくて……。私はカティって名前なんですか?」と。
──それからは、あっという間に話が進んでいった。
私が記憶喪失だという事を、エドヴァルド様は疑う事もなくすんなりと信じてくれたのだ。
そして「そうかそうか、それは辛かったのう……。記憶を失った状態でよくぞ戻ってきてくれたな」と言って労ってくれた。
……その時ほど罪悪感で押し潰されそうになった事はない。
そんなこんなで、私はヤースコさんの希望通り、無事エドヴァルド様のお世話係に就任する事が決まったのだった。
──だけど、ここで問題が浮上する。
それは、私が魔法を全く知らない事だ。そもそも魔力があるかどうかもわからないのだ。
確かに、記憶喪失設定ならそれでも問題はないだろう。
しかし、私はエドヴァルド様のお世話をするためにいるはずなのに、これでは全くの役立たずではないか。
それに今は子どもの身体なのだ。見た感じ七歳ぐらいになっている。これでは今まで通り思うように働けないのでは、と心配だ。
しかしそんな私に、エドヴァルド様がある提案そしてくれた。それは……。
「おおそうか、魔法が使えんのか。ならワシが一から教えてやろう。カティは魔法が上手だったからのう。練習している内に使い方を思い出すかもしれんぞ」
(ええ! エドヴァルド様が教えてくれる……? それって、弟子にしてくれるってこと!?)
エドヴァルド様の思わぬ提案に、私は大喜びで飛びついた。何故かヤースコさんは固まっていたけれど。
「はい! 有難うございます! よろしくお願いします!」
「うむうむ。頑張るのじゃよ。カティは素質があるからのう。魔法もすぐ使えるようになるじゃろうて」
エドヴァルド様が褒めていると言う事は、きっとカティさんもかなりの魔法使いだったのだろう。そう考えると、大丈夫なのか少し不安になってきた。
「いやいや、ちょっと待てよ! 今まで皇族や王族に請われても弟子を取らなかった爺さんがケイコを弟子にするだと!?」
驚きのあまり放心していたヤースコさんが、我に返ったのだろう、すごい剣幕でエドヴァルド様を問いただす。
「何か問題でもあるのか?」
私はエドヴァルド様に今まで弟子がいなかったと聞いて驚いた。
(うーん、確かに国からすれば勿体無い話だよね。大魔導師の弟子ってだけで、すごい箔が付きそうだし……)
「お前は何か勘違いしておるようじゃがの、ワシが弟子を取らないのではないぞ。弟子になりたいとやって来た奴らがろくに修行もせんと逃げて行っただけじゃ。風評被害も甚だしいわい」
ヤースコさんの言葉にエドヴァルド様がプリプリと怒っている。
(……エドヴァルド様の修行って、魔導師を目指す人が逃げ出すほど大変なんだ)
そんな修行に、全くのド素人な私が耐えられるのかな、と不安になってきた。
いや、ド素人どころか素質すらあるのか無いのかわからないけれど。
「あの、エドヴァルド様が行う魔法の修行はそんなに辛いのですか?」
「いんや? その者が得意な属性を効率よく使えるように導くぐらいじゃよ?」
エドヴァルド様の話では一人ひとりに適応する属性が有って、それはファンタジー世界定番の、火、土、水、風、光、闇の六つの属性なのだそうだ。
そしてこの世界の全ての人々が魔力を持っていて、呪文を唱えればどの属性の魔法も使えるけれど、火の魔法が上手な人は水の魔法が苦手、みたいに人によって得意な属性が違うらしい。
だからエドヴァルド様は、その人が得意な属性を伸ばす手伝いをしていたようなのだけれど……。
「王族や貴族連中は我儘で敵わん。水属性の家系に生まれながら雷属性を短期間で極めたいなど、無茶振りにもほどがあるわ!」
自身の適性に相対する属性の魔法を覚える事はもちろん可能で、レベル1の魔法であれば、全ての属性を修得する事が出来る。
ただ、レベルが上がるほど修得するのが難しくなり、レベル10の魔法を全ての属性で覚えるのはほぼ不可能なのだそうだ。
だけど、そのほぼ不可能と言われていた事をやり遂げた人物がこの世界でたった一人いる。それが大魔導師エドヴァルド様なのだ……!と、ヤースコさんが教えてくれた。
「まあ、奴らが我儘で傲慢で自意識過剰なのはわかるけどよ。爺さんの修行は貴族連中には難しいだろ」
ヤースコさんはどうやら貴族が大層お嫌いらしい……まあ、何となく理由は想像できるけれど。
(高貴な身分の者には難しい修行って……一体なんだろう……?)
これから自分も修行するのなら、前もって心の準備をしておきたい。
「あの、どの様な修行内容なんですか?」
「そうじゃな。水属性のものなら水汲みに洗濯、火属性なら火起こしに料理じゃな」
エドヴァルド様の説明に驚いた。ちなみに風は掃除、土は雑草抜きや土いじりなのだそうだ。
(それって、ただ家事をしているだけなのでは……?)
「基本の四属性は大抵それらをこなせばイメージが湧きやすくなるからのう。レベルが高い魔法も修得しやすくなるんじゃよ」
そんな修行方法なら、普段から家事をしているお母さん方であればみんな大魔導士になれるのではないか、と思ってしまうけれど……そう上手くはいかないらしい。
レベルが高い魔法はそれだけ魔力が必要なので、余程魔力量が多い人間じゃないと、呪文を唱えている途中に魔力切れで気絶してしまうのだそうだ。
「カティはレベル8の全魔法を修得済みじゃったからの。すぐ覚えられるじゃろう」
(え!? カティさんってそんなにすごい人なの!?)
私が驚いたのと同様にヤースコさんも驚きの声を上げる。
「え!? マジかよ! そりゃ宮廷魔導士レベルじゃねーか!!」
ヤースコさんの様子に、エドヴァルド様が「おや?」という顔をする。
「言ってなかったかのう? カティは宮廷魔導士じゃよ?」
エドヴァルド様の言葉に私とヤースコさんは絶句した。
──そんな話聞いてませんけど?! 初耳ですけど!!