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08 生活


 ……まさかカティさんが宮廷魔導士だとは思わなかった。

 そんな優秀な人の代わりなんて、やっぱり無謀だったんじゃなかろうか……。


 いや、でもここで「やっぱりやめまーす!」なんて言えないし、出来るだけカティさんらしく振る舞えば、魔法が使えなくても記憶喪失のせいって事に出来るかもしれない。


「……あ、あの、私、自分のことなのに全く知らなくて……。その、もしよろしければ、私のことを教えていただけませんか?」


 カティさんの生い立ちや性格、好きなものや嫌いなもの、何でもいいから出来るだけ教えて貰いたい。


「おお、そうじゃったな。じゃあワシがカティとの思い出を聞かせてやろう。ワシとカティが出会ったのはアカデミーでな。カティはその頃から美しくてのう。新入生の中でもよく目立っとったわい」


 後で聞いた話では、アカデミーとは貴族の子女や、平民の中でも優秀な子どもたちが集められた教育機関で、十二歳から十八歳まで通うのだそうだ。


「カティは孤児じゃったから、平民枠で入学したんじゃが、それはもう優秀でのう。貴族相手にも毅然とした態度で、嫌がらせされても全くへこたれんかった」


(え……! カティさんって孤児だったの?! それなのに宮廷魔導士になったなんて、めちゃくちゃすごい人じゃん!!)


 エドヴァルド様の話から察するに、やっぱり貴族の平民に対する差別意識は強そうだし、お互いに越えられない壁のようなものがあったのかもしれない。


「ワシも貴族の末席に加わっておったがな。カティとはライバル同士じゃった。試験ではお互いが首位を譲らんでなぁ。それはもう熾烈な争いをしたもんじゃよ」


 後の大魔導師と宮廷魔導士だもんね……すごくハイレベルな戦いだったのだろうな、と想像がつく。


「エドヴァルド様は身分関係なく、カティ……私をライバルだと認めてくれていたんですね」


「うむ。能力がある者に身分は関係ないからの。王族でも馬鹿はいるし、平民でも天才はいる。それを一部の貴族どもは認めたくなかったんじゃろうなぁ」


 アカデミーではカティさんの優秀さを妬んだ貴族たちが、執拗に嫌がらせをしていたらしい。だけどカティさんはそのことごとくを叩きのめしたらしい。


(カティさんって精神的にも強かったんだ……弱点とかあるのかな……)


 それから、エドヴァルド様の思い出話がしばらく続いた。


 最近エドヴァルド様がボケて来ているとヤースコさんは言っていたけれど、とんでもなかった。

 エドヴァルド様はカティさんのことをすっごく事細かく覚えていた。それはもう記憶力半端なかったです。


 ──でもそれはきっと、それだけエドヴァルド様にとって、カティさんとの思い出は大事なものなのだったのだろう。




 * * * * * *




 ──エドヴァルド様の身の回りのお世話をすることになってから一週間が経った。


 ちゃんと働くことが出来るのか心配だったけれど、それは杞憂に終わった。


 実は子どもになってしまった私のために、エドヴァルド様が屋敷中を改良してくれたのだ。


 住む人の好みを反映しながらも、使いやすいように設計されているのか、何をするにしてもやりやすいので、非常に家事が捗っている。


 料理する時の調理台も、私にピッタリの高さだから、切り物をしていても全く苦にならない。

 道具や食器の保管場所も、全て私の手が届く位置にあるから大変便利。

 あまりの居心地の良さに、もうここに一生いてもいいな、と思うぐらい私はこの場所が気に入ってしまった。


 ──そんな私の一日は朝食準備で始まる。


 幸いなことに、この世界の食事事情はとても現代に近く、食材も似たようなものが多くてとても助かっている。


 私は料理がまずいと評判のイギリス人の遺伝子を持っているけれど、こと食に関しては日本人の遺伝子の方が勝るらしく、食べ物にはかなりこだわりがある。改めて味覚音痴で生まれなくて、本当に良かったと思う。


 食事事情が似ているとは言っても、料理チートが使える訳ではなかった。ちょっと料理無双に憧れていたので非常に残念だ。


 でもこの世界には日本には無い見知らぬ料理が多々あった。

 だから私はエドヴァルド様の蔵書から料理の本を借りて、現地料理をマスターするべく頑張っている。


 そしてこちらの料理をマスターした後は、元いた世界の料理をアレンジしたものをエドヴァルド様に食べて貰いたいな、と思う。


 火にかけるだけで完成と言う状態まで朝食の準備が出来たなら、次はエドヴァルド様を起こしに行かなければならない。


 エドヴァルド様の寝室に足を運び、重厚なドアをノックする。エドヴァルド様からの返事はないけれど、私は構わず「失礼します」と言って部屋に入る。

 私が部屋に入ると同時に部屋のランプに光が灯る。まるでセンサー付きの照明器具みたい。


 部屋に入った私は、部屋の中央に置かれている大きな天蓋付きベッドへと向かう。そして天蓋から降ろされているカーテンを一つにまとめると、パジャマ姿に三角のナイトキャップを被り、両手を胸の上で組んで眠っているエドヴァルド様を見つける。


 ……まるで某ネズミーの国のアニメに出てくる登場人物の寝方そのまんまだ。しかもすっごく寝相が良い。


 ついでに言わせて貰えば、眠っていてもエドヴァルド様の美貌は健在で、まるで神が作りたもうた芸術作品のよう。


 この光景を毎朝見ているけれど、見る度にほっこりしてしまう。

 何だか気持ちよさそうに眠っているし、起こすのが可哀想な気がするけれど、私は心を鬼にしてエドヴァルド様に声を掛ける。


「師匠、おはようございます! 朝ですよ。一緒に朝食を食べましょう!」


 ──おわかりいただけただろうか。……そう、私はエドヴァルド様の事を師匠と呼ぶ様になったのである。


 始めは私もヤースコさんと同じ様に「エドヴァルド様」と呼んでいたのだけれど、その呼び方をお気に召さなかったエドヴァルド様に、「そんな他人行儀な呼び方は嫌じゃ。昔みたいに『エディ』と呼んでおくれ」と言われたのだ。

 だからと言って、この国が誇る大魔導師のエドヴァルド様を、こんな怪しい小娘が愛称呼び出来るはずがなく……。

 結局、色々攻防戦が繰り広げられたものの、何とか「師匠」と呼ぶことで渋々納得してくれたのだった。


 そんな事もあり、最近ようやく「師匠」呼びに慣れてくれたエドヴァルド様であった。


 そして私が声を掛けることしばらく、エドヴァルド様の口がむにゃむにゃと動き始める。これは起きそうな時の癖らしい。


「ふあ〜……あ。うむぅ…………おお、カティか。おはようさんじゃのぅ」


 エドヴァルド様は寝起きがとても良いので、そう苦労する必要がなく起きてくれるからとても助かる。低血圧で朝が弱い人だと、起こすのに早くて30分かかってしまうし。


 エドヴァルド様が起きたら着替えのお手伝いだ。……と言っても、洗った服を用意しておけばエドヴァルド様は自分で着替えてくれるので、私がやる事と言えばエドヴァルド様の髪の毛を三つ編みにするぐらいだけど。


 髪の毛を編みながら、エドヴァルド様の顔をこっそり伺う。お爺ちゃんだと知っているけれど、やっぱり何度見ても20代後半のイケメンだ。

 穏やかに微笑んだエドヴァルド様の瞳は青い宝石の様でとても美しい。正直めっちゃ好みのタイプだと思う。


 エドヴァルド様の綺麗なご尊顔を拝謁しながら金色の髪を編み終わったら、いかにもなローブを纏ったエドヴァルド様と一緒にダイニングへ向かう。


 それから一緒に朝食を食べ終え、食器を片付けた後はお洗濯だ。


 洗濯と言えば、今私が着ている服はエドヴァルド様が用意してくれたものをお借りしている。

 お借りしている服はシンプルながらにも可愛いデザインのワンピースがメインで、私の好みピッタリだった。

 元の世界ではいつも安いTシャツとジーパンばっかりだったので、フェミニンな服に憧れていた私は大喜びだ。


「どうじゃ? カティが似合いそうな服を見繕ったんじゃよ? そうかそうか、気に入ってくれてワシも嬉しいぞい」


 ……こんな可愛い服を選んだのがエドヴァルド様だと知った時、私は驚愕した。そして女としてのなけなしのプライドが脆くも崩れ去ったのは言うまでもない。


 だけどエドヴァルド様は服選びのセンスも大魔導師級なのだ!と考えを改めた私は、別の意味で彼を尊敬することにした。

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