最近知った事なのだけれど、私達が今住んでいるこの屋敷は、エドヴァルド様が魔法で作った空間の中にある建物だったらしい。
要は建物ごとアイテムボックスに入れ、自身もその中で暮らしていた……という事なのだ。
その話をエドヴァルド様から聞いた私は、腰を抜かすほど驚いた。
通常、ラノベではアイテムボックス……インベントリ? まあどっちでもいいけど、それらのものには生きた動植物は入れる事が出来ないとあったので、この世界でももちろんそうだろうと思い込んでいたからだ。
──私はこの屋敷が何処か別の場所にあって、森にあるドアと空間を繋げていると思っていたのに……まさか全部が異空間の中だったとは……! エドヴァルド様は私の予想の遥か斜め上を行っていた。
しかし、私はしばらくして気が付いた。この屋敷はとにかく静かすぎるのだと。
異空間の中にあるのだから、自分達が立てる音以外しないのは当たり前だけれど、あの現代日本で生まれ育った私は、街の喧騒に慣れきっていたので、この屋敷の静けさが逆に落ち着かなくなってしまったのだ。
この屋敷は快適だけれど、何だかとても寂しく感じる時があるので、そんな時私は気分転換に空間の外に出る事にしていた。
玄関から一歩外に出ると、目の前には森が広がり、木々が揺れる音や鳥のさえずり、小動物の鳴き声が聞こえる事にホッとする。
太陽の光を浴びながら、森の空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、突然後ろから声を掛けられた。
「カティどうしたんじゃ? 何処へ行くのじゃ?」
「し、師匠! いえ、何処にも行きませんよ? ちょっと外の空気を吸いたいな、と思っただけです」
私の言葉に、エドヴァルド様は形が良い眉を少し下げると、悲しそうに言った。
「……カティはワシと一緒にいるのは嫌なのかのぅ……」
何故かエドヴァルド様が勘違いをしている様だったので、私は慌てて説明する。
「いやいや、違いますよ師匠! 師匠と一緒にする魔法の練習はとても楽しくて、私は今の生活がとても好きですよ。ただ、太陽の光を浴びたいと言うか、もっと自然とふれあいたいんです。屋敷の中も明るいんですけど、そうじゃないと言うか……」
どう伝えたら良いのか分からなくて、しどろもどろになりながらも何とか説明すると、私の説明を聞いた師匠がうんうんと頷いた。
「そうかそうか、カティはワシがとても好きか。わかってはおったが、改めてそう言われると照れちゃうのう」
……いや、重要なのはそこじゃない。
まるで女子高生のように頬を染める、いい歳をした美形に少し頭を痛めていると、エドヴァルド様が「カティが外の方が良いと言うのなら、もう屋敷を出しちゃおうかのう」と呟いた。
(ん……? 屋敷を出すって何……?)
私が疑問に思っていると、エドヴァルド様が呪文を詠唱し始めた。
「我が生命の源よ 吹き過ぐ風となりて 我が運び手となれ アーリース=ウェントゥス」
エドヴァルド様の周りに風が集まっていくのがわかる。そしてエドヴァルド様が詠唱を終えると、風に包まれた身体がふわっと浮かび上がる。
(うわぁ……! これは風の上位魔法!?)
魔法の勉強を始めたばかりだし、私には聞き覚えがない呪文だったけど、これがすごい魔法なんだということは理解できた。
「ふーむ。あの辺りにしようかのう」
空中から空を見渡していたエドヴァルド様は何かを見つけたらしく、軽々と木々の上を渡りながら移動していく。
(何を見つけたんだろう……? って言うか、一体何をするつもりなの?)
規格外の力を持ったエドヴァルド様が、何かやらかすんじゃないかとハラハラしながら見ていると、少し先の上空でエドヴァルド様が再び何かの魔法の呪文を詠唱しているのが風の流れでわかった。
「な、何を……っ!」
エドヴァルド様が魔力を放ったかと思うと、魔法が当たったであろう場所からものすごい音の地響きと振動が伝わってくる。
(ええーーーー!? 一体何やってんのーーーーっ!?)
まるで地震のような振動と、何かが爆発したような音が森中に響き、鳥たちが一斉に羽ばたきながら逃げていく。
私がエドヴァルド様の方へ視線を移すと、エドヴァルド様の足元の地面からもうもうと土煙が昇っているのが見えた。
「……あわ、あわわわわ……!!」
私は情けない声を出しながら慌てて土煙が上がっている方向へ駆け出した。
動物たちも驚いているのか、ざわざわと騒がしい森の中を抜けると、すっかり木が無くなり、土がむき出しになった広い場所に出た。
(ま、まさか! これ、エドヴァルド様が魔法で……!?)
どれぐらいの広さなのかわかりやすく言うと、東京ドーム一個分は余裕でありそうな広さだ。そんな広さの土地の木々たちを、一瞬で消失させるなんて……!
呆然としていた私のもとに、エドヴァルド様がふわりと空から降りてきた。
風に靡く金髪が光を受けてキラキラ輝いてる。エドヴァルド様の美しい顔も相まって、まるで神の御使いのよう……って、見惚れている場合じゃない。
「カティ、この場所はどうじゃ? ここなら日当たりもいいし静かだしのう、カティの希望通りじゃろ?」
晴々とした笑顔を浮かべたエドヴァルド様が自慢げに言って来たけれど、今の私はそれどころではなかった。
「ちょっと、師匠ーーーー!! 何してるんですかっ!! いきなり環境破壊しちゃダメだって言われたこと無いんですかっ?! それにあんな爆発起こしたら動物だって死んじゃいますよっ!!」
興奮した私は思わずエドヴァルド様に怒ってしまった。私の剣幕に、まさか褒められこそすれ、怒られるとは思っていなかったであろうエドヴァルド様は慌てて言い訳をする。
「怒った顔のカティもめんこいが、少し落ち着くのじゃ。ワシは無駄な殺生はせんよ。ちゃんと動物たちが逃げた頃合いを見計らって魔法を使ったのでな」
エドヴァルド様の言葉に疑問の目を向けると、「ワシはカティには嘘はつかんぞい!」と言ったので、きっとその言葉は本当なのだろう、と思い直す。
「……わかりました。師匠がそう仰るのであれば信じます。私も取り乱してしまってすみませんでした。でも、こういう広範囲の魔法を使う時は、一言相談して貰えたら精神衛生上助かります」
もう私が怒っていないことを知ったエドヴァルド様は「うむうむ。ワシもこれから気をつけるからの」と言って、私に前もって教えてくれると約束してくれた。
「じゃあ、土地を造成していこうかの」
「造成……? それって何ですか?」
聞き慣れない言葉に、エドヴァルド様に聞いてみると「ここの土地を整えるのじゃよ。こんな土がむき出しのままじゃあ美しくないからの」との事だった。
「まあ、それなら……」
(確かに、今のままじゃあ土がボコボコとしているものね。でも整えるって、どうするんだろう……?)
私がエドヴァルド様の行動を見守っていると、エドヴァルド様が再び呪文を詠唱しだした。
「我が生命の源よ 猛る灼熱の炎となりて 我が手に集い給え──」
エドヴァルド様の魔力の光が収束し、どんどん光が大きくなっていく。先程の風の魔法と同じぐらい強力な魔法なのかな、と思ったけれど、それでも魔力の収束は止まらない。
(え? え? まだ大きくなるの!? )
私の予想を超えた魔力の渦に、今度はどうなるんだと恐怖に陥っていると、エドヴァルド様が呪文を完成させた。
「エストゥアンス=フランマ!」
呪文を唱えたエドヴァルド様が放った魔法は、まるで地獄の業火のようだった。……見た事はないけれど。
だけどそれぐらい強力な魔法だったのだ。
エドヴァルド様の魔法は、更地だった場所を灼熱の炎で燃やし尽くす勢いで、土が高熱で溶岩に変化していく。
まるで煮込まれているかのように、ぐつぐつと真っ赤に燃え盛る灼熱の溶岩から、白い煙がもくもくと立ち上がる。
そんな高温なのに、私の周りは全く気温に変化がない。これもエドヴァルド様が魔法で調整してくれているのだろう。
その後はエドヴァルド様の魔法により、溶岩を風の魔法で上空から圧縮し、平らな状態にすると今度は風を起こして乾燥させていく。
そうしてしばらく、私が呆然としている間に、広い土地はまるでタイルでも貼られたのかという様に、綺麗に整えられていたのだった。
──もうこれ、魔法ってレベルじゃ無くない? もう人間の領域超えてるよね!