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11 屋敷


 土地を造成し終わった後は、建物の建築をするのだろうか……。


 某雪の女王様みたいに、歌を歌うと地面から建物がにょきにょきと生えてくるのかな、と思っていたけれど、残念ながら違うらしい。


 エドヴァルド様が「閉ざされた扉を開き、真の姿を現せ リリース」と呪文を唱えると、造成した場所に大きな屋敷が現れた。


 大きいとは言っても、高さがある建物ではなく、一階しか無い平屋建てではあるものの、建築面積がやたら大きい。


 今まで空間収納されていた屋敷を取り出したのだろう、初めて見る全体図に思わず感動してしまった。


 よく考えたらあの図書室のような執務室のような部屋だけでもかなりの広さだった。他にも寝室や客室、キッチンなんかもあるのだから、そりゃそっかっと納得する。


 それに階段がないからある意味この屋敷はバリアフリーになっている。ご老人にも優しい作りで安心だ。


(あ、そう言えば……)


 私はふと考えた。ここに来る途中に見た、王様に貰ったというお城はどうするのだろう? と。

 あのまま放置していると、どんどん建物が傷んでいくのではないだろうか。


「師匠、王様から貰ったあのお城には住まないのですか? あのお城はどうするんですか?」


「んん〜? そんなもんあったかのう……? ……ああ、アレか。アレはカティの好みじゃなさそうじゃったからの。住むつもりはなかったんじゃが……カティはあの城が気に入ったのか?」


「いえいえ! 私は今のお屋敷の方がずっと好きですよ! ただお手入れがいるんじゃないかなー、と……」


 ……確かに豪華なお城だったけれど、キラキラし過ぎて落ち着かないかもしれない。私は何事にもシンプル・イズ・ベストが好みだし。


 私がお城より今のお屋敷の方が好きだと言うと、エドヴァルド様は綺麗な笑顔を浮かべて嬉しそうに笑う。


 その現実離れした美しさは、やっぱり神の御使いのようで。


 そう言えば、太陽の光の下でエドヴァルド様を見るのは初めてかも。

 だからエドヴァルド様の金髪に反射した光が、後光を差しているように見えたのかもしれない。


「ほっほっほ。そうかそうか。まあ、あの城には劣化防止の魔法をかけとるからの。廃墟みたいにはならんので安心して良いぞ」


 さすがエドヴァルド様。よくわかっていらっしゃる。きっとカティさんも私みたいに貧乏性だったのかもしれないな。


「これならカティも過ごしやすくなるかのう? ここなら太陽の光もいっぱい浴びれると思うんじゃが」


 ──本当に、エドヴァルド様の行動原理はカティさんが基準なんだ……。


「はい! 有難うございます! これなら毎日楽しく過ごせそうです!」


 それでも、偽物の私の為にと思ってくれたことが有り難い。

 そんなエドヴァルド様は本当に心優しい人なのだと思う。……カティさん限定だけれど。


「そうかそうか。カティの笑顔が見れてワシは嬉しいぞい。さあさあ、中に入ろうな」


 エドヴァルド様に促され、屋敷へと向かう。ちなみに以前出入りしていた掘っ立て小屋のような玄関はもう無くなっているらしい。

 ……それって、ヤースコさんが来た時にとても困るんじゃないかな。


 私は改めて屋敷を見上げる。


 空間収納から取り出されたお屋敷は、エドヴァルド様がたった今魔法で作ったタイルみたいな素材の上に建っていた。

 タイルもどきには明るめのグレーに所々色ムラ? 焼きムラかな? があって、その変化がかえって重厚感を出している。

 そしてこのライトグレーのタイルもどきが、屋敷のブルーグレー色の屋根と調和が取れていて、初めからこんな風にデザインされていたみたいだ。正に匠の技である。


 玄関ポーチの階段を登ると、飴色の重厚な木の扉に、繊細な手彫り彫刻が施された両開きの大きいドアがあった。このドア一つでかなりの価値がありそうな一品だ。

 まるで初めて訪れる屋敷のようで、妙に緊張してしまう。

 エドヴァルド様が扉を開けると、見慣れた屋敷内の風景が広がってるのを見て、私はやっと安心することが出来た。


 エドヴァルド様がいつもいる図書室兼執務室も、ステンドグラスの天井から本物の日光が降り注いでいて、更に美しさが増している。今までも十分綺麗だと思っていたけれど、人工光と自然光では波長が微妙に違っていたらしい。


「師匠、ラピヌにお茶を淹れて貰いましょうか?」


「おお、そうじゃのう。ワシも今日はよく働いたからの。休憩せんといかんのう」


 私は家事の他に料理も担当しているけれど、お茶の用意だけはラピヌにお願いしている。とても愛らしいラピヌがお茶を淹れている姿を見るのが大好きだから、と言うのが一番の理由だ。

 もこもこしたうさぎのようなぬいぐるみが淹れてくれたお茶を飲むのが私の癒やしとなっている。


 私は呼び鈴を鳴らしてラピヌを呼ぶ。するとワゴンを押したラピヌが入ってきて、いつものようにお茶の準備をしてくれる。


(……ああっ! 可愛い……っ!!)


 ちなみにラピヌはもう二匹居て、それぞれに役割が振り分けられているそうだ。

 お茶を淹れてくれるラピヌは白い毛皮で瞳が赤、食事の時テーブルセティングと給仕をしてくれるのが黒い毛皮で瞳が青のラピヌだ。そして茶色の毛皮に黒い瞳のラピヌが司書で、本の整理をしてくれている。

 白い子の名前がアルブス、黒の子がアーテル、茶色の子がプルルスだ。それぞれ色の名前が付いている。


 アルブスがお茶を淹れてくれてさあ飲もう、というところに呼び鈴がなった。誰か来たようだけど……ヤースコさんかな?


「はーい、どちら様ですかー?」


 玄関まで行き、念の為誰なのか尋ねると、「ヤースコだ」と返事があった。


「ヤースコさん、こんにちは。よく此処がわかりましたね」


 ここは以前扉があった場所から少し離れているし、今まで使っていたルートみたいに歩道がまだ出来ていないから、きっとヤースコさんは森の中を突っ切って来たのだろう。服に所々葉っぱや土がついているし。


 私は扉を開けてヤースコさんを招き入れるけれど、いつもよりヤースコさんの顔が険しくなっている。


「……その事で爺さんに話があるんだ。爺さんは起きているか?」


「ええと、先程までは一緒にお茶をしていましたけど……」


(何かあったのかな……? ヤースコさん、何だか怒っているみたい……)


 ヤースコさんの様子を気にしながら師匠がいる部屋へ戻ると、何時も通り優雅にのんびりとお茶を飲みながら、読書をしているエドヴァルド様がいた。


「何じゃヤースコ。騒々しいのう。もうちょっと静かにできんのか」


 やれやれとため息をつきながらそう言うエドヴァルド様に、ヤースコさんの頭上から“プチッ”という音がした……ような気がする。


「はぁあっ!? 誰のせいだ、誰のっ!! 爺さん勝手にレベル7の魔法使っただろっ!! 王宮から緊急連絡入ったんだぞっ!! 大規模な魔力行使の形跡を感知したってなっ!!」


 ……もしかしてそれってエドヴァルド様が造成に使用した魔法の事……だよね? やっぱりアレって上級魔法だったんだ。でもアレでレベル7なんだ。じゃあ、アレよりもっと強力な魔法があるってこと……!? え、なにそれ怖い!!


「んん〜? アレはレベル7の魔法じゃったかの?」


「そんな大切なこと忘れてんじゃねーよっ!! 魔族の襲撃かって大騒ぎになってんぞっ!!」


 どうやらエドヴァルド様が放った魔法が起こした爆発音が、ここから離れたベンディクスの街まで聞こえたみたい。

 きっと土煙や燃え盛る炎も見えたのかもしれない。そりゃ事情を知らない人はビックリするよね。


「ちょっと引っ越ししただけじゃよ? 大げさじゃのう」


「引っ越しで高位魔法なんか使うか―っ!! ありゃ対城塞レベルだろーがっ!! 城一つ吹き飛ばすような威力の魔法を気軽に使うなっ!!」


 ヤースコさんはかなりお怒りのようで、顔は真っ赤になっている。

 うーん、それにしてもエドヴァルド様とヤースコさんの温度差がすごい。

 飄々としているエドヴァルド様に対して、ヤースコさんは地団駄を踏みそうな勢いだ。


「まあまあ、ヤースコさんもちょっと落ち着いて下さい。良かったらお茶どうぞ」


 荒れるヤースコさんにリラックスしてもらおうとお茶を差し出すと、「ああ、すまねぇ」と言ってカップを受け取り、一気にお茶を飲み干す。


「……ふう」


 お茶の効果か、少し落ち着いた様子のヤースコさんが、私の方に顔を向けて言った。


「今回の件で王宮から宮廷魔術師が事情を聞きに来るらしい。高位魔法を使った理由を調査しに来るんだろう。その時、ケイコの素性がバレたりなんかしたら王宮に連れて行かれちまうぞ。気をつけろ」

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