「今回の件で王宮から宮廷魔術師が事情を聞きに来るらしい。高位魔法を使った理由を調査しに来るんだろう。その時、ケイコの素性がバレたりなんかしたら王宮に連れて行かれちまうぞ。気をつけろ」
私は、いつになく真剣な顔をしたヤースコさんの言葉に驚いた。
(え!? 私の事がバレると何か不味いの!?)
「ど、どうしてですかっ!? もしかしてこの世界では<稀人>を見つけると投獄するんですかっ!?」
そう言えば、ラノベの中にもそんな話があったことを思い出す。
異世界の文明と言うか、進んだ科学技術を手に入れたいと企む国家権力に狙われる主人公の話だ。
……もしくは危険分子として排除されそうになったり、とか……?
色々想像して顔が真っ青になっているだろう私に、ヤースコさんが大慌てで弁明する。
「いやいや、投獄とかは流石にねえよっ!? 王宮に連れて行かれるって心配するのはケイコが色々と貴重な存在だからだよっ!!」
どうやら物騒な話では無さそうなので安心した。でも今度は「貴重な存在」という言葉に引っかかる。
「<稀人>が貴重というのは、やはり異世界の知識が欲しい的な? ですか?」
何かの研究者ならともかく、普通の学生だった私の知識なんて、たかが知れていると思うけど……。
それでも、どんな知識が必要かは、その時の状況によるのかもしれない。
「違う違う。<稀人>は時々この世界に迷い込んでくるんだよ。たしかに昔は<稀人>の知識や技術を狙っていた奴らもいたが、今はもうある程度の情報は手に入っているんだ」
ヤースコさん曰く、<稀人>は今ではとても珍しい存在ではなくなったのだそうだ。
なら、私が<稀人>だと他の人に知られても、そう危険ではないのかもしれない。
(なーんだ、そうなんだ。心配して損しちゃった……。じゃあ、今も何処かに<稀人>がいるのかな? でも私と同じ世界かどうかも分からないし、時代が違うかもしれないし……? どうなんだろ?)
「そう言えばヤースコさんは私の事をすぐ<稀人>だと気付きましたものね。私の他にもこの国に<稀人>がいるのですか?」
もし今、<稀人>がいるのなら一度あってみたいな、って思うけれど。
「いや、今この国に<稀人>はいない。すでに数年前に亡くなられたと聞いているが……。まあ、元々高齢だったらしいしな。ちなみにその<稀人>は元の世界で学者をしていたらしいぞ」
「学者さん……!」
ご高齢な学者さんが異世界転移して来るなんて、そんなことがあったんだ……きっとすごい知識量を持つ方だっただんだろうな。
……そりゃ学生の持ってる知識なんて足元にも及ばないだろう、と納得だ。
「じゃあ、何も心配ないですよね?」
(大した知識も持っていない私なんかに、王宮が興味を持つはず無いもんね!)
私はヤースコさんが気をつけろという理由がわからなくてキョトンとする。
そんな私を見て、ヤースコさんが「やれやれ」と頭を振って、ため息混じりに言う。
「ケイコが貴重っていうのはな、その魔法の才能だよ! なあ、爺さん! ケイコの魔力量はどれぐらいだ?」
「んん〜? そうじゃのう……シルヴィぐらいかの?」
エドヴァルド様の返事にヤースコさんが「ブフォおっ!?」と吹き出した。
「はああっ!? シルヴィって、まさかシルヴェンノイネン様のことかっ?!」
(……? 初めて聞く名前だな。シルヴィ……ノネン? 何だか舌噛みそう)
「ええと、そのシルヴィ……様って、どの様な方なんですか……?」
驚きで呆然としていたヤースコさんは、私の質問を聞いて我に返ると、そのシルヴィ様について教えてくれた。
「シルヴェンノイネン様は、現在の宮廷魔術師団長だよ。天才だとか、次期大魔導師に一番近いとか言われているお方なんだが……」
(宮廷魔術師団長! 次期大魔導師!! 何だか格好いい!!)
私はファンタジー作品で聞いた事があるフレーズに興奮する。
「わあ! すごい方なんですね! 師匠みたいに強力な魔法がバンバン使えるんですか?」
思わず浮き立った私がヤースコさんに聞いてみると、後ろから少し不機嫌な声が聞こえてきた。
「ワシゃあんな小僧にはまだまだ負けんぞ! レベル8の魔法しか使えんひよっこが、ワシの後継になれる訳なかろうて!」
一体何に対抗意識を燃やしているのか、エドヴァルド様がムキー!と怒っている。何となく拗ねているような……って言うか、すごく子供っぽい。
「……おいおい、爺さんよお。何大人げないこと言ってんだよ。ボケたかと思ったら今度は幼児退行か?」
「なんじゃと!? ワシはまだボケとらんぞい!!」
エドヴァルド様とヤースコさんが言い争っているけれど、私からみたらただのじゃれ合いだ。
「ほらほら、師匠。この焼き菓子いかがですか? 今日のは自信作なんですよ。一緒に食べましょうよ」
私はギャーギャーうるさい二人を黙らせるべく、用意していた焼き菓子を二人に見せた。
意外と甘い物好きなエドヴァルド様のために、色んな焼き菓子を作るのが私の日課になりつつあったりする。
ちなみに作り方は図書室にあったお菓子の本を参考にしつつ、元の世界のレシピをアレンジしたものだ。
この屋敷に所蔵されている本は膨大で、ありとあらゆるジャンルの本が揃っていた。
私はその中からお菓子の本を茶色のラピヌ──プルルスに出して貰ったのだ。
プルルスはこの図書室にある全ての蔵書を記録しているらしく、希望の本を伝えるとすぐに取り出してくれるから本当に助かっている。しかも超可愛い!
「ほっほっほ。そうかそうか、カティの自信作か。それは楽しみじゃのう」
さっきまでぷりぷり怒っていたエドヴァルド様の、手のひらを返したような態度の変化にヤースコさんがポカーンとしている。
「ほら、ヤースコさんも!」
私がヤースコさんの袖をくいくい引っ張ると、ヤースコさんは「お、おぅ……」と呟いて、おずおずと椅子に座った。
「今日はパルムを使ったパウンドケーキです! パルムの他にカルナの実を入れて香ばしさをアップしています!」
ちなみにパルムというのは、元の世界で言うチョコレートに似た物で、カルナの実はくるみのような木の実の事だ。
パルムでマーブル模様を作っているので、見た目にもとても美味しそう!
「おお! これは美味そうじゃ! ワシには大きめに切り分けておくれ」
「あ! 爺さんズルいぞ! ケイコ! 俺も大きめな!」
取り合うような二人の言動に笑いながら「はいはい」と言って切り分ける。
結構大きく切ったはずだけど、二人は美味しそうにぺろりと食べてしまった。
「うむ、美味い! カティや、おかわりじゃ!」
「これはうめぇな! ケイコ、俺にもくれ!」
……二人はパルムのパウンドケーキを随分お気に召したらしい。
日持ちがするから明日も食べようと思っていたけれど、明日の分は残らなさそうだ。
「おい! ヤースコ! お主食べすぎじゃぞ! 一切れで満足せい!」
「爺さんだって老体のくせに食い過ぎなんだよ! 自重しろ!」
「カティのお菓子はワシのもんじゃ! シルヴィにもやらんぞい!」
(……ん? シルヴィ? それってさっき言っていた宮廷魔術師団長の名前だよね……?)
どうしてその名前が今出るのかと不思議に思っていたら、私たちがいる部屋の中の雰囲気……? というか空気が急激に変化した。かと思うと、何処からともなく声が聞こえ、気付いた時には部屋の中に見知らぬ綺麗な男性がいた。
「これはこれは。私にも一切れ分けていただきたかったのですが……とても残念です」
突然部屋に現れたのは、銀色の髪と緑の瞳を持つとても綺麗な顔立ちをした若い男性で、長い髪を一つに纏め、ローブを纏っている姿はエドヴァルド様にとてもよく似ている。
顔立ちは全然違うけれど、見知らぬその人はエドヴァルド様とはまた違うタイプの美形で、まるでエドヴァルド様の色違いみたいだ。ローブもすごく似ているし。
「ご機嫌麗しゅうございます、エドヴァルド様。一年ぶりでしょうか。相変わらずご健勝のようで何よりです」
突然の侵入者に私が驚いていると、その人を見たヤースコさんが驚きの声を上げる。
「シ、シルヴェンノイネン様!!」
……あ、やっぱり。