町の外れの小さな一軒家。この辺りは貧困層が多く治安はあまり良くない。
一軒家のドアから飛び出してきたのは四歳と12歳の少年二人。身奇麗にはしている
がTシャツの襟はボロボロに解れている。
幼児の手をしっかり握り少年は歩き出す。
『にいたん、きょうはどこいくの?』
赤いほっぺをした幼児は兄を見上げると、その目を見て微笑む。
『うん、今から教会でご飯を貰う。』
少年は穏やかな目で幼児に微笑みかける。いつものやり取りだ。
二人は教会へ行くと浮浪者たちに混じり列に並んだ。
『お、マチじゃねえか。ほれ、列の先のほうへ行け。おい皆先に行かしてやってく
れ。』
少年マチの前にいた浮浪者の男が汚れた歯を見せて手招きする。
『いいよ、タクマルさん。俺並ぶから。』
マチがそう言っても列に並んだ者たちは、にこにこ笑いながらマチの背中を押して
いく。そしてとうとう一番前まで来るとマチは彼らに向かって頭を下げた。
『すいません。ありがとうございます。』
炊き出しの女性が暖かいスープを椀にいれて二つ差し出す。
『いいんだよ、マチちゃんもコウタちゃんも。お腹空いてるだろ?沢山お食べ。』
『すいません、ありがとうございます。』
マチは二つ椀を持つと小さなコウタをつれて隅っこの花壇に腰かけた。
『みんなやさしいね。』
コウタがりんごのほっぺで嬉しそうに笑う。
『うん、優しいね、嬉しいね。ほら、食べよう。熱いからふうふうしてな。』
椀の中にはたっぷりの野菜と肉が入っている。他の人の椀には汁が多い。
マチはいつもこうしてくるたびに感謝の言葉しか頭に浮かばなかった。
自分達も大変なのに、どうして優しくしてくれるんだろうと。
母親がいなくなったのは仕事に出かけてからだ。彼女が娼婦をしているのは知って
いた。けれど必ず毎日二人の下に帰ってきていたし、良い母親だった。
心無い人が二人を棄てたとか、逃げたなんて話をこそこそしていたけどマチは信じ
なかった。
母はいつもどんな時でも、マチとコウタを抱きしめて、『愛してる、大好き。』そ
う言う人だったから。
マチは母親がとても好きだったし尊敬していた。こうして教会の炊き出しにたどり
着けたのも母親が色んなことを教えてくれていたからだ。
そして何より彼女は神様を大切に思っていた。だから母がいなくなってお祈りする
ために教会へ来たのだ。
『マチちゃん。』
ふと名前を呼ばれてマチは顔を上げる。教会のシスターだ。
『こんにちは。シスター。』
シスターはマチたちの前にしゃがむと持っていた袋を手渡した。
『これね、新しい服・・・といってもお古だけど、全然着てないやつだからって。そ
れと少しお菓子があるよ。』
『ありがとうございます。』
『いいのよ。神のご加護を。』
マチとコウタはいつもこうして恵まれている。優しい人たちに囲まれて、どうして
こんなに・・・そんな風に思っても何も返せないから、マチは早く大人になりたいと
思っていた。
食事を終えてきた道を帰る。お土産をもらってコウタは嬉しそうにしていた。
『にいたん、おかしあるね。』
『あるね。今日はお風呂に入って綺麗にしたら新しい服を着よう。』
『うん。』
幼い兄弟は手を繋いで家路に着く。そしていつもの遊びが始まった。
コウタは林檎のほっぺを膨らませて口をとがらせる。
『うーん、わんちゃん。』
『わんちゃん?じゃあ、ねこちゃんは?』
『えー。うーん。』
視界にあるものが何に似ているかゲームだ。母が何も持っていない二人のためにい
つもいろんな遊びを教えてくれた。手遊び、影踏み、鬼ごっこ、かくれんぼ。
どんな場所もいつも楽しい遊び場になる。
コウタが指をさす。
『にいたん、おおかみ。』
『おおかみ?』
マチはコウタの指のほうへ視線を向けた。道の向こう側、黒い大きな影が狼のよう
に見えた。
『本当だ。コウタすごいな。』
『うん。』
黒い影の狼は頭の部分に光る目があるらしく、じっとこちらを見つめている。
時々光りが消えるので瞬きをしているのがわかった。
マチはコウタの手を握ってまた歩き出す。
『コウタ、オオカミさん、バイバイしてあげて。』
『うん、バイバイ。』
コウタはにっこり笑うと黒い大きな影に手を振った。するとスウッと黒い影は消え
て無くなりコウタがマチを見上げる。
『にいたん、おおかみいなくなった。』
『そうなの?・・・あ、ほんとだ。いないね。』
マチはコウタに笑いかける。
『また会えるといいね。』
『うん。』
『さあ、お家かえってお風呂だ。』
『おふろー。』
コウタがマチの手をぐいっと引っ張る。
『みずてっぽうする?』
『するよー。』
兄弟は仲良く道を下っていく。その後ろで黒い小さな影は電柱の後ろから顔を出す
。光る二つの目を瞬きさせて、ただじっと兄弟を見つめている。
兄弟が見えなくなると、また人が多い場所へと向かい始めた。
黒い影はゆっくりと闇を増し、陽炎のように揺らめくと大きく聳え立つ。
何かに呼ばれたように顔を向けるとその場を蹴り飛び上がった。