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第13話 Loved One

ビル郡の中にぽつんとある公園。人通りもなく夜間は男の一人歩きすらない。

追い立てられるように後ろを振り返りながら少女が走っていく。

真っ青な顔をして破れた服を手で押さえながら、公園の前に立つと首を振って中に

飛び込んだ。

少女は息を切らして公園を走っていく。その後ろを数人の少年たちが奇声を上げな

がら追って来る。

やだ、やめて、怖い。少女は漏れ出す声を抑えて、視界が歪む中で公園の向こうを

目指す。

公園は中央に池があり、丸くぐるりと囲むように通路と木が生えている。

少女は何度か立ち止まってどこかへ身を潜めようと考えた。けれど、ここに長居し

てはいけない、それがこの場所のルールになっている。何があっても抜けなければ

ならない。

少年の奇声とともに堅い何かがアスファルトを擦る音が響いてくる。

『お父さん、お母さん!お兄ちゃん!皆!』

少女は祈りながら公園を走っていく。その時、目の前に大きな黒い影が立っていた

『え?』

少女は足を止めてそれを見る。それは大きな黒い女性のようにも見えた。

顔はよく見えないが差し伸べられた手が見えて、少女はその手に縋りついた。

『助けてください。』

大きな黒い女は少女の手をそっと握ると頭をゆっくり動かした。

そして自分の後ろに隠れて顔を両手で覆うように指示をする。

少女が迷う間もなく、アスファルトをカラカラ何かが引き摺る音が聞こえてきた。

少女は指示されたとおり後ろに回ると、そこにしゃがみこんで両手を顔を覆った。

黒い大きな女はゆったりと動き、少し体を大きくした。目の前には数人の少年がこ

ちらを見上げている。

好奇心と恐怖に満ちた顔をしている。

女は首をガクガク動かすと、金属バットを持った少年の手に触れた。



少年達は興奮していた。やっと女にありつける。そう思ったから鬼ごっこだろうと

かまわないと公園に入って、やっとのことで追いついたら自分達の前にとんでもな

くでかい女が聳え立っている。

意味がわからずに金属バットを持った少年が視線を上げた。

三メートル近くあるだろうか?いや、近づけば近づくほどにでかくなっていると少

年は思った。その時、女は首をガクガク不自然に動かして手を伸ばした。

ゆっくり金属バットを持った手に触れて、大きな指が腕を摘んだ。

まるで虫を摘むように触れられて、ほんの少し動いたかと思うとプチンと音がして

少年の体を電流が走る。金属バットを持っていた指がだらりと伸びて、アスファル

トにバットが転がった。

少年が声にならず息を吐く、その後ろで悪友たちが悲鳴を上げた。

振り返る頃には誰一人立ってはいなかった。アスファルトに転がっているのはさっ

きまで一緒にいた誰かには見えなかった。

少年は何が起きているのか分からずに、ただ千切れかけている腕に喉の奥から声を

出した。

黒い大きな女はまた少年に触れると摘む。何度か繰り返し少年の口から泡が吹き出

すと、女はゆらりと揺れてその場から消えた。

女の後方にいた少女は静かになったことでゆっくりと顔を上げた。

アスファルトには手足が折れ曲がり丸められた少年、千切られ口から何か生えてい

る少年、頭がボールのように転がっている。

目の前にある惨劇にその場にへたり込むと、目を見開いて悲鳴を上げた。

少女の悲鳴は闇に吸い込まれていった。



深夜のコンビニ前。たむろしている少年達の口から嫌な噂話が聞こえて、チャーリ

ーは横を通り過ぎる。

治安が悪いとは分かっているが、最近は余計に酷い気がする。

チャーリーは車に乗り込むと運転席のソルジャーに袋を差し出した。

『あ!ありがとうございます!』

『新しい味だそうだ。』

袋に入った新作コロッケにソルジャーはかぶりつく。

『では行こう。公園から教会までの範囲だ。』

『はい。』

黒塗りの車がゆっくりと車列に入ると走り出す。この時間もまだ車の行き来は多い

。この国の人間は何時になったら休むのか。

前方で危険運転を繰り返すバイクが車列の隙間に入り込み、うねうねと前へ進んで

いく。信号が青に変わると飛び出すように走り出した。それに反応するように右手

からポリスカーがライトを回して飛び出すと、バイクと接触してバイクの運転手が

道路に転がった。

チャーリーたちはじっとそれを見つめている。

異常な光景だ。しかし日常でもある。ポリスは運転手に近づくとそれを足蹴にして

、フルフェイスヘルメットを剥ぎ取った。

運転席のソルジャーがハンドルを回しながら呟く。

『自分は・・・この国のああしたものが嫌いです。』

チャーリーは何も言わずただ頷いた。

もう随分と狂っている。しかし日常になったものが狂っていると気付くのは難しい

のだ。

穏やかな国のはずなのに中身は汚物に蛆が湧いている。日々に追われ、何かに恐怖

し、快楽を求めて歪んでいる。

チャーリーはシートにもたれると愛娘を思い出す。母国にいる妻と娘には随分と会

えていない。妻は強い人だ、自分が帰らなくなる可能性も理解している。

お父さんと愛らしい声が呼ぶたびに、この世の害悪など全て駆逐したくなる。けし

て二人にはそんなもの経験させたくもない。

『チャーリー、公園に到着します。ん?』

『どうした?』

視界に入った公園の入り口で浮浪者がたむろしている。皆口々になにか話している

ようで異常な雰囲気だ。

チャーリーたちは車を降りて浮浪者に近づいた。

『どうしました?』

『え?ああ・・・中で人が死んでるんだよ。ポリス呼んだけど、まだ来なくてね、外

人さんたち、危ないから入らないほうがいいよ。』

『ありがとう、でも大丈夫です。あなたたちは怪我をしていませんか?』

『大丈夫だよ。行くんなら気をつけてな。』

浮浪者たちに礼をつげて公園へ入っていく。まばらに人がいるが、周りに関心がな

いのかそこに座り込んでいる。

チャーリーたちは顔を見合わせると現場へと向かった。


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