対策本部前、チャーリー率いる軍人達がずらずらと歩いてくる。それを横目にポリスたちは陰口を叩いていた。どうにもこの空気は変わらない。自分達が支配されこき使われているという意識がある限り、敵対は続くのだ。
対策本部のドアを開くとミライとタカハシがこちらを振り向いた。
『やあ、皆さん。』
『二人とも顔色が悪い、寝てないのか?』
部屋の隅にあるコーヒーポットの前に立つとミライは首を振る。
『そんなことはないとは思います、それよりチャーリーさん、新しい事件について聞いていますか?』
『チャーリーでいい。昨日の深夜遅くに起きた事件だな。本日早朝に少年は我々が保護した。現在医療センターで治療を受けている。』
暖かいコーヒーカップからは湯気があがっている。ミライは一つをチャーリーに差し出した。
『様子が可笑しいと聞きましたが?』
『そうだ。保護された時、少年は道路の隅で吐き続けていた。通りかかったランニング中の夫婦が通報した。酷い臭いで体中に吐しゃ物と汚物が漂っていた。保護しセンターで胃の中を洗浄したところ、吐しゃ物の中に人間の内臓と思われるものが見つかった。』
チャーリーは受け取ったカップを口にする。
『食べた、ということだな。』
椅子にぐっともたれてタカハシは腕組をするとチャーリーは頷いた。
『そういうことだ。少年の身元は判明している。昨晩緊急ダイアルに通報した夫婦の一人息子だ。レスキューと軍がマンションへ突入した頃にはもう何も残っていなかった。血の痕と烏の羽根が落ちていただけ。』
『少年は・・・意識はあるんですか?』
『あるにはあるが、混乱している。聴取は無理だろうとカウンセラーの指摘だ。』
後ろで聞いていたカツラギが立ち上がった。
『一つ確認したい。昨日起きた事件はあの黒い怪物と考えているのか?』
『どうだろうな。証言が取れない。見ていた者も死んでいるからな。ただ今少年の体についたものを調べている。今日中には結果が出るはずだが。』
『・・・そうか。』
カツラギが黙り込んだのでチャーリーは首を捻った。
『なんだ?聞きたいことが在るなら聞け。』
『・・・少年は人間の内臓を食べていたんだろう?そんなことありえるのか?』
『どうだろうな・・・タカハシはどう見ている?』
タカハシは瞼を閉じるとうんと唸る。
『可能性として・・・聞いて欲しい。前にも説明したように波は人に干渉していく、それが欲の部分に強く反応しているように思われる。先日の猿に関して言えば、猿は子供達が遊んでいた人形を欲していた。そして何らかの形で黒い化物となり力が開放されたのか、それを叶えている。今回は緊急ダイアルの音声もあり私も確認したが、烏が発端のようだ。烏は知能が高いとはいえ、見知らぬ人間に攻撃するかどうかはわからないが、一度何かされた者については認識するというデータがある。しかし今回子供の目玉を突いている。原因は何かはわからないが・・・。もし・・・もし・・・烏が腹が減っていたとして、その食欲そのものが波となって誰かに干渉した場合・・・干渉された者はそれを行なう可能性は否定できないかも知れない。』
『・・・確証は?』
カップを机に置いてチャーリーがタカハシを見る。
『何一つない。ミライ君と色々実験してはいるが、なにぶん目撃者が語る黒い何かというものが発見できていない。干渉する波ではないのかも知れないし・・・まだわかっていない。』
『それに烏が200なんてことは聞いたことがない。』
ミライが笑うとタカハシも頷いた。
『そのとおりだ。ただ、波とは違う何かなのだとしたら・・・幾つかのパターンで考えたほうがいいんだろうと思う。』
幾つかの方針が決まりそれぞれが持ち場に着く。カツラギはチャーリーと供に軍の医療施設へと移動していた。運転席のソルジャーが後部座席をミラーで見る。
『チャーリー、彼を連れて行くんですか?』
『そうだ。何か問題でもあるのか?』
『いいえ・・・ただ、軍にはポリスをよく思わない連中も多くいますから。』
助手席のチャーリーはシートのもたれると腕を組む。
『確かにな。けれどそうも言ってられん。カツラギはかまわんだろ?』
『ああ。任せるよ。』
後部座席に座ってカツラギは煙草を銜えた。火をつけようとして運転席から注意が飛ぶ。
『カツラギ、それはしまってくれ。』
『すまない。』
銜えていた煙草を手に取りポケットに突っ込む。
車は軍の敷地へ入り込むと駐車場で止まった。チャーリーに連れられて医療施設の入り口をくぐった。
『今朝の事件の少年に会うんだな?』
『ああ、それと以前の少女、覚えているか?公園で保護された少女だ。』
『錯乱していると聞いたが・・・話せるのか?』
チャーリーは小さく頷いて顎をしゃくった。
廊下最奥のドアを開くと、真っ白い部屋にベットが置かれている。その上には少年が一人座っていた。真っ青な顔で気分が悪いのか荒く呼吸を繰り返している。
部屋の四方は柔らかい素材でベットも敷布団の厚いもので足はない。
『少し話をしたいんだがかまわないだろうか?』
チャーリーは少年に声をかける。少年は少しだけ顔を上げると懇願するような目で彼を見た。
『おじさん、僕・・・気持ちが悪いんだ。ずっと口の中から一杯出てくる感じがするんだ。』
『もう出ていないよ。体の中からも綺麗に取り除いたから大丈夫だ、』
『・・・うん、うん。』
ベットに座りチャーリーは少年の手を握る。そして胸に抱き寄せた。
『大丈夫だ。もう大丈夫だ。』
まだ幼い少年は自分がどんな状況なのかわかりかねている。きっと何度も説明を受けたが理解しきれずに不安のままなんだろう。
それを理解しているのかチャーリーの目は優しい。
カツラギは少年の傍に膝を付くと、その泣き顔を見上げた。