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第16話 Regret

時刻は午後十九時を回ろうとしている。チャーリーはソルジャーたちを連れて街の巡回に出ていた。ここの所、緊急ダイアルが頻繁に鳴っている。

車をゆっくりと走らせて人々の暮らしを監視する。誰の目にも穏やかな日常に見えるはずなのに、どこかしら狂っているのはもう止められないらしい。

信号待ちの群れの中に、少女趣味な女が派手な男に殴られている。周りは気にも留めずに信号が変わると行ってしまった。

『止めますか?』

運転席から問われるがチャーリーが首を横に振った。大方あの女は女性用売春男子倶楽部に嵌って金が払えずにああなっている。派手な男の胸元にあるネームプレートはその倶楽部のものだ。この辺りでは有名なだ。

大通りを抜けて少し行くと教会が見えてくる。今日はそちらのほうもルートに入っていた。教会の駐車場に車を止めると、教会に足を踏み入れた。

『どうも、こんばんは。』

ダンボールを抱えていたスタッフがチャーリーたちに気付き会釈する。彼らはこの教会で炊き出しをしているボランティアだ。奥のドアからシスターが出てくるとにこりと笑った。

『あら、来てくださったんですね。』

『ええ、シスター最近はどうですか?何か困っていることはありますか?』

『いいえ。あ、でも少し具合の悪い方がいるので・・・看ていただけるとありがたいのですが。』

『了解した。』

チャーリーはソルジャーたちに指示を出す。簡単なメディキットは持っているため彼らはスタッフと供にその場を離れた。

炊き出しは大鍋の前に行列が出来ている。神父とスタッフが大量のおむすびを運んでいくと配給が始まった。

『シスター、すいません。忙しい時に時間を取らせてしまって。』

『いいえ、かまいません。スタッフの方たちは手際が良いですし、最近は皆さん協力的で譲り合ったり運んでくださったりするんです。』

行列の人々がシスターを見て、微笑み会釈する。

『そのようですね。けれどやはり顔色が悪い人が多い。仕方のない事ですが・・・少し薬を置いていきましょう。』

『ありがとうございます。・・・本当に感謝いたします。』

シスターは深々と頭を下げる。チャーリーが彼女の肩に触れようとした時、人の群れの中に小さな子供を見つけた。

『ん?』

『どうしました?』

『今・・・子供が・・・。』

シスターは振り返ると群れの中に視線を移す。ああ、と笑うとチャーリーを見上げた。

『あの子達はマチとコウタです。母親は生憎蒸発してしまったようで・・・今は教会で面倒を見ています。』

『父親は?』

『父親は随分前に死亡しています。確か病死だったと聞いています。』

『その話は誰から?』

『母親です。良いお母さんでした。彼女は・・・その・・・娼婦だったのですが、子供達をとても大切に愛していたんですよ。なのに、どうしてかしら。』

マチとコウタは列の最後尾に並ぶと、優しい顔をした人々に押されて最前列に回される。マチは何度も頭を下げ、コウタはにこにこしながら人々を笑顔にしている。

チャーリーの下にソルジャーたちが戻ってくると、人々の列の向こう側で悲鳴が上がった。何事かと皆がそちらに振り向く。ビチビチッと何かが裂ける音が響き赤い血しぶきが上がっている。まるで波が広がるように赤い花火が吹き上がっていた。

『チャーリー!』

ソルジャーが声を上げるとチャーリーは片手で制した。

『動くな。』

チャーリーの傍にいたはずのシスターは倒れた人を抱きかかえていたが、彼女の顔が破裂した。さっきまで天国のような穏やかさが一瞬で地獄へと変わっている。

バタバタと倒れていく人の群れの向こう側、黒い影がぼんやりと立っている。

チャーリーはその影の中心に目を凝らすと唇を噛んだ。

『・・・なんてことだ。』

黒い影は小さな子供を抱えている。コウタの顔はぱっくりと割れて潰れていた。

『攻撃しますか?』

ソルジャーは持っていたピストルを構えている。両手が震えているのは、彼らもまたチャーリーが見ているものが見えているからだ。

『チャーリー!攻撃しますか!!』

止めなくてはならない。今すぐに、けれど打開策がない。このまま進めば確実に自分達は死ぬ。しかし・・・。

黒い影はこちらへ向かっていた。チャーリーはぐっと歯を食いしばると瞼を閉じる、脳裏に浮かぶ妻と娘を思い、そして詫びた。

チャーリーの号令と共にソルジャーたちは引き金を引く。黒い影に吸い込まれていく弾とともに黒い影の手がソルジャーたちに伸びる。血しぶきが上がり、チャーリーは真っ赤に染まって黒い影の前に立った。

教会の前にはチャーリーと黒い影だけが立っている。赤く染まった視界の中でチャーリーはコウタの頭にそっと触れた。

パンと弾ける音と供にチャーリーの体が揺れてその場に倒れこむ。手をついて顔を上げると黒い影のその中心にある物にそっと触れる。

涙に滲む青い瞳には目の前の物が愛娘に重なって見えた。愛しい大切な娘。

『すまない・・・許してくれ。』

抱き寄せるとチャーリーはそこで事切れた。

黒い影はゆらりと揺れて空気に溶けるように消えていく。死んだチャーリーの腕に抱かれていたのは銃弾を受けて蜂の巣になったコウタだった。その頬は涙で濡れて汚れていた。



教会で起きた事件が通報されたのは、全てが終わってから数時間後。通報からポリス、軍が入るが脅威はそこにはなかった。あったのは悲しい悲劇の残骸だけ。

カツラギはチャーリーの傍に立つとただ彼の肩に触れて俯いた。涙が溢れて止まらずに、どうしようもなく片手で顔を覆った。

この日、死亡者数は最大となり、マスメディアも騒ぎ始めたことからポリス、軍への関心と中傷が大きく膨らんだ。そして黒い影の噂も広がり始めた。

そうなると手が付けられず、デマの情報が緊急ダイアルに紛れ込み始め、事件を模倣する殺人も起こり始める。ポリスは信頼を失い、敵意を向けられるために武装し軽快ムードが強くなる。軍はポリスの暴発を抑える形で力をそがれていた。



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