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第17話 Curse

事件が起きてから二ヶ月が経とうとしている。その間も黒い影の目撃情報、殺人事件、模倣事件などは絶えず起きていたが、人々の関心は少しずつ薄れていき、大きな話題に上がることはなかった。ただ人々の敵意だけが残り、何かしら事が起きるとポリスのせい、軍のせいだと声が上がる。

ポリスの中でも徐々に腐り始めた者が出て、市民との賄賂取引や共謀でマスメディアに対する餌がまかれ続けていた。

対策本部はひっそりと活動を続けており、チャーリーたちのいない中で足踏みをしていた。

タカハシはミライと共に実験を繰り返していたが成果が得られずにいた。

『ドクター、あまり気を落とさないでくれ。』

溜息をもらしていたタカハシにカツラギがコーヒーを差し出す。

『すまない。』

『いいや、まさかこんな事をしてくるなんて思いもしないものだ。』

机の上にはドクタータカハシの昔の記事が載っている。面白がって載せたのだろうが、雑誌側がそこに書かれていること自体が理解できていないようで中傷の言葉が並んでいる。

『理解できる頭がないんですよ。』

手を伸ばして雑誌を閉じるとミライは片手に持っていたドーナツ屋の箱を机に置いた。

『休憩しましょう。ドクターは少し休んだほうがいいです。』

ミライの笑顔にタカハシは頷く。

『そうだね、そうしよう。二人ともすまないね。』

『いいえ、良いんですよ。』

カツラギは胸ポケットから手帳を取り出すとペラペラと捲った。今まで調査してきたことが簡単に纏められている。数ページ進むとチャーリーの名前を見つけて目を閉じた。

『あ、そういえば・・・カツラギさん聞きましたか?』

コーヒーカップをカツラギの前に置いてミライが席に着く。

『何をだ?』

『E国からチャーリーたちの代わりが来るそうです。明日あたり到着するそうですよ。』

『そうか・・・。』

『・・・なんだか気分は浮きませんね。』

『仕方がないよ、チャーリーがあんなことになればね。』

タカハシはドーナツを片手に眉を下げた。タカハシの苦しみは対策本部の人間は皆よく分かっていた。実際に助けるどころか死人が増えるばかりだから。

E国のチャーリーの家族はエンバーミングされたチャーリーと会うことが出来た。それだけが唯一の救いだ。

『ドクター、これまでの事件から出た証拠なるものですが、黒い影の仮説は以前考えていたとおりではないですか?』

カツラギの言葉にタカハシは頷く。

『そうなるね。教会の事件の少年の体に付着していた物、それからその後に起きた窃盗事件。』

『強盗事件の模倣ですね。あれは殺された犯人の体から出た。』

『でも、未だに何故黒い影になるのか解明されていない、もし、それが分かればあの子供のようなことには・・・止められるかも知れないのに。』

タカハシは拳をぐっと握る。震えているのかカップの中のコーヒーが揺れていた。

その時、ドアをノックして数人の男達が入ってきた。彼らは見覚えのある軍服で中に入ると横一列に並んだ。

『ドクタータカハシ、お久しぶりです。』

中央の男が敬礼するとタカハシは嬉しそうに笑った。

『ラザロ君、元気そうで良かった。』

『はい、おかげさまで。』



深夜の繁華街。黒い装束を着た男達が手に凶器を持って暴れまわっている。

もうすでに数人が死傷しており、その場を逃げ出した人物によって通報されていた。アスファルトをカラカラとバールが擦れて音を立てている。商店の看板は壊され、黒い装束たちはビルの前に立つと猿のように奇声を上げた。

数人はエレベーター、階段と別れて上がっていく。三階は学習塾だ。

階段の壁をバットで擦りながら上がっていくので、塾の子供達は気づいて悲鳴を上げた。塾講師たちがドアを封じて緊急ダイアルに通報する。

塾のドアを蹴る黒い装束たちはゲラゲラと笑っていた。

教室の中では泣き出す子供達で溢れている。三階だからと窓を開けるもビルの窓の下は飾りがなく垂直に落ちるしかない。ドアの窓が割れてバールが突っ込まれるとドアは破壊された。

逃げ惑う子供達に塾講師が嬲り殺されていく。ゲラゲラ笑う声と悲鳴がこだましている。少女は捕まり奥の教室へと引っ張り込まれ、少年は窓の外へと放り出された。

バールを持った黒い装束は隅で立っている少年の顔を覗きこむ。にやつきながら少年の顔を掴むとべろりと頬を舐めた。少年は涙をためた瞳で睨みつけると呪詛を吐いた。

その時、黒い装束は燃えるように黒い闇に包まれて大きく聳え立つ。ゆらりと揺れると暴れまわっている黒い装束たちを殺し始めた。

何が起きたのか分からずにその場にいた者は皆固まっていた。黒い影は黒い装束を殺し終えると、死に掛けている子供達を見る。

離れた場所で見ていた少女が『やめて!』と声を上げたが聞き入れられることはなく一瞬で息の根を止めた。

ゆらりと揺れて黒い影の輪郭が大きく震えた。隅に立っていた少年はその黒い影の傍に寄ると視線を少し上げてポツリと呟く。

『死ねよ、クソ野郎。』

その場にいた人間には聞こえることはなかった。黒い影は内側から膨れて大きな音を立てて爆発した。ビシャビシャと肉片が飛び散り、傍にいた少年は返り血を浴びて真っ赤に染まった。それを見て倒れる者が多くおり、レスキューが入る頃には誰も意識を保ってはいなかった。

悲惨な現場にレスキューたちは子供達の安否を最重要とした。息のある者は全て病院へ搬送され、残りは遺体袋に詰められた。

この事件はマスメディアがすぐに入ったが、子供たちが関わっていることを考慮し報道規制を自分達で引く。あまりにも酷く、子供たちへの影響を考えると報道ができなかったのだろう。



軍の医療施設。小さな取調べ室にはずらりと軍服が並んでいる。医者に付き添われた少年は椅子に座ると、目の前の大きな体の男の顔を見る。少年の顔は明らかに恐怖していた。

『話を聞くだけだから。どうか怖がらないで。』

少年に対峙した男はそう言ったが、周りを固められているこの状況は明らかに不自然だし、大人でも恐怖するだろう。少年の目に涙が揺れると周りの壁になっている者たちは視線を逸らした。

『君の名前は、トオルでいいのかな?私はラザロだ。よろしく。』

ラザロが微笑むと少年は震える声で言った。

『はい、僕はトオルです。』


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