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第20話 Beloved

最愛だと感じていた。なのにどうして?

タイガは目の前に横たわる血だらけのユハナを抱き寄せる。涙が止まってしまった。背中を蹴られてユハナを守るように腕で包み込む。

『ほら、死ねよ。早く。』

罵倒され、頭が酷く痛んだ。なのに痛みはなくなり、じわじわと体が燃えていく。

タイガはゆらりと立ち上がった。ユハナをそこに置いて後ろを振り返る。

さっきまで酷く自分を詰っていた小さな男がそこにいた。



夕刻。タイガはユハナと二人で歩いていた。陽が沈んで、あと少ししたらお別れの時間が来る。

『ごめんね、タイちゃん。迎えにきてもらって。』

ユハナはタイガの腕を掴むとにこりと笑う。

『いいよ。おまえの仕事は大変だもの。障害のある人をサポートするんだろ?』

『そう。私がしてるのは同じ目の見えない子供たちのサポート。色んなことを教えるの、教えて貰うこともあるのよ。』

『そっか。それはいいな。』

『うん。』

信号待ちで立ち止まりユハナが笑った。

『何?』

『うん、タイちゃんに助けてもらったなあって思い出した。』

『ああ。でもああいう奴いるからな。』

あの日、ユハナは男に嘘を教えられて道を渡った。タイガがいなければ死んでいたのだ。あのような嘘は許せないことだと知っているはずなのに、そう思うと未だに許せない感情が湧いてしまう。

『けどタイちゃんに会えた。』

ユハナの笑顔にタイガは苦笑する。そんな風に言われてしまったらどうしようもない。本当に優しすぎる女だ。

『ああ、そうだ。』

『何?』

『今度、俺がお世話になってる人に紹介したいんだ、お前のこと。』

『うん、どんな人なの?』

『ポリスでね・・・優しい人なんだ。ちょっとおっかないけど。』

初めて会った頃にカツラギの顔を思い出してタイガが笑う。

『へえ・・・なんかお父さんみたいね。』

ユハナの言葉にタイガは小さく頷く。

『うん。俺さ・・・ずっと考えてる。』

『何を?』

『お前をどうしたら幸せに出来るか、どうしたら守れるか・・・。俺はこんなだし、それでも努力したらどうにかなるのかわからないけど・・・でも俺、お前と一緒にいたいんだ。ずっと。』

うまく言えずにいくつか言葉を飲み込んだ。こんな事を言えばきっと困らせるだけなのに、笑顔を見ると、どうしても伝えたくて仕方がなくなってしまう。

『ごめん、うまく言えない。俺馬鹿だから。』

ユハナはタイガの服をぐっと引っ張ると頬を膨らせる。

『馬鹿じゃない。タイちゃんは馬鹿じゃないよ。』

『うん・・・ごめん。』

街はゆっくりと夜へと変わっていた。静かになっていく住宅街を外灯がチカチカ光っている。ふと風を切る音が聞こえてタイガは振り返った。目の前を細長いものが飛んでくる。ユハナを抱き寄せて頭を下げると、背中に激痛が走った。

彼女を抱えてその場に倒れこむ。顔を上げると黒い装束を着た男たちが数人立っていた。



住宅街から繁華街へタイガたちは車で拉致された。人通りのない道にタイガは投げ捨てられると、男達もぞろぞろと車を降りてくる。それからは記憶が飛んでいた。耳が痛いほどの音楽に、いつの間にか増えた野次馬たちがタイガを眺めている。人垣の向こうではユハナの叫び声がさっきまでしていた気がしたがもう聞こえてこない。腹を蹴られて嘔吐する。胃液しか出ずによろよろと立ち上がった。

『まだやんのか?元気だなあ。』

また数人に殴られてタイガは膝をつく。視線の先にユハナの白い手が見えて心臓が凍りついた。

『ユ・・・ハナ?』

タイガの様子に黒い装束の男は笑う。

『お、気付いたか。やっとか。お前やっぱぶっ飛んでたな。』

黒い装束の男たちは人垣を分けるように歩いていく。男達の足元にはユハナが倒れていた。血まみれで服は破られ酷い状態だった。

タイガはゆっくりとユハナに近づき彼女の頬に触れる。暖かいけれど息はなく閉じた目から涙が溢れていた。

『ユハナ?』

指先が震えていた。やっと見つけた宝物なのに、なんでこんなことになった?

俺の最愛だったのに、どうして?

まだ暖かいユハナを抱き寄せる。だらりと伸びた手は血まみれで傷だらけだった。

『感動の再会?泣いてる?』

ゲラゲラ笑う声が響いている。真後ろから頭を蹴られてタイガはユハナにもたれこむ。体の震えが止まらなかった。それからまた痛みが飛んでくる。けれどタイガは痛みが消えていく気がしていた。

『ほら、死ねよ。早く。』

また蹴られてタイガの中に小さな炎が灯る。それは徐々に燃え上がり痛みを全て飲み込んだように体を軽くした。そこに彼女を置いて立ち上がる。まるで背中に羽根が生えたような気がしてタイガは後ろを振り向いた。

さっきまで暴言を吐いて殴りかかっていた男達が小さくこちらを見上げている。

タイガは何も考えずに目の前の男に手を伸ばした。少し力を入れるとプチンと音がして頭が転がった。

悲鳴が上がり蜘蛛の子を散らしていく。タイガは足を伸ばし、手を伸ばし簡単に捕まえる。全て捻り潰すと、また踵を返してユハナの元へ戻った。

そっと彼女を抱き上げて優しく包んで歩きだす。

『うわ!黒い化物だ!』

大通りにでると誰かがそう叫んでいた。けれどそんなことはどうでもよかった。

皆が好奇の目でこっちを見ている。

ねえ、誰かユハナを助けて。

タイガは何度か立ち止まり手を伸ばす。けれど人は潰れて死んでいくだけで何もしてはくれない。

誰かユハナを、俺のユハナを!

タイガは叫び声を上げた。どうか助けて!誰か!

その声は誰にも届かずにただの獣の咆哮だった。繁華街に響き渡る獣の声は人々の恐怖を煽り、好奇心を育てていく。

腕の中のユハナを傷つけないように優しく抱いて歩いていく。

タイガを見上げる人々の目は恐怖に満ちている。その中の一人が言った。

『ああ、黒い化物だ。誰か殺してくれないかな。』

唇なんて読めるわけがないのにタイガには届いていた。

その声はタイガの胸にある火を燃やす。ユハナを救いたいと感じている想いがゆっくりと薄れていくのが感じられた。

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