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第21話 Wait for me

繁華街にて黒い化物が暴れている。通報を受けてカツラギは急いでいた。

現地でラザロと合流となっているが、彼のいる場所が離れているためカツラギは走っている。どうやら現場に近づくごとに立ち止まっている人が多いことから、相当の人間が目撃している。ぜえぜえと肩で息をして唾を飲み込んだ。

遠くで悲鳴が聞こえてカツラギは視線を上げる。そこには黒い影が聳え立っている。ビルの大きさくらいはあるだろうか。

カツラギはホルスターからピストルを抜くと人ごみを掻き分けて進んだ。

黒い化物は人の形をしていた。歪で頭が半分欠けている。腕は細く、長い爪で人を掴んでは潰している。

ゆっくりとピストルを構えた。その時ふとヨジミの顔が浮かんだ。あれも黒い化物だったんだろうか?あいつもこうして対峙したんだろうか?

カツラギの手が震えていた。こんなの撃って倒せるんだろうか?

渇いた笑いが出て少し視線を落とす。黒い化物の手に人の姿が見えた。

『何だ?人質?・・・まさか、そんなこと。』

カツラギは黒い化物の至近距離に入る。手の中にある物に目をやると細い白い腕が見えた。

『人だ!』

ピストルを構えてカツラギは叫んだ。

『お前!その手の中の人を放せ!』

その声は黒い化物にも届いたようで動きを止めるとこちらを見た。黒い化物の頭に光る二つの目。ゆっくりと手を伸ばすとカツラギのピストルを掴む。

『やめろ!やめろ!』

カツラギは引き金を引いた。全弾打ち込んでもうんともすんともしない。

掴んだ黒い手はただカツラギの腕を折る、そして獣の咆哮を上げた。

その音は大きく耳を劈く。群集の中には耐え切れず人が倒れていく。

腕を折られてカツラギはピストルをその場に落とした。黒い化物を見上げて、その手の中にある白い腕を見る。青白い手は人形のようにも見えた。

『・・・どうしたらいいんだ。』

ゆっくりと視線を降ろしていくと、体の中心辺りに黒い人影が見えた。

『え?』

カツラギはグラスを引き上げるとじっとそれを眺めた。

黒い影は見覚えのある顔をしている。目を閉じているがあれは、タイガだ。

『まさか!タイガ!!』

折れている腕をゆっくりと動かして顔を上げる。

『タイガ!お前、タイガなのか!!』

黒い化物はまた動きを止めるとカツラギを見てから大きく咆哮した。けれどまた背中から黒い霧のような煙が立ち込めて体がぐんと大きくなる。ぐらりと揺れてカツラギに背を向けると群集のほうへ足を進めた。

グシャッと人ごみが潰れていく。悲鳴が上がり、人々が行き場を失くして走っている。

カツラギの目には絶望が溢れていた。

『タイガ・・・やめろ。』

殺戮は続いている。地面が赤く濡れていくのがビルの光りの反射で煌いて見えた。満月の夜、まるでホラー映画のワンシーンのようだ。

呆然と立ち尽くすカツラギの後ろに車が止まり、ラザロたちが降りてきた。

彼らは武装している。ピストルを構えると動き出した。カツラギの隣を通り過ぎてラザロが振り返る。

『大丈夫ですか?』

『ああ・・・でも、待ってくれ。あれは・・・違う。』

カツラギは首を横に振った。

『違うんだ。あれはタイガなんだ。ラザロ・・・あれは俺の大事な。』

言いかけてカツラギは口を噤んだ。視界が涙でぼやけている。

ぼとぼとと涙を零すと歯を食いしばった。

カツラギはピストルで彼を撃った。しかし止まらない。このままでは殺戮は続いてしまう。殺す以外に止める方法が見つからない。

『あ・・・。』

そうか。だから。

カツラギはあの日のチャーリーの姿を思い出した。教会の死体の山の中で、チャーリーは小さな子供達を抱いていた。撃たれた子供を抱いて、チャーリーは左半身が潰されていた。

『わかったよ。』

顔を上げてゆっくりと歩き出す。

ラザロたちはすでに銃撃を開始していた。黒い化物は弾を打ち込まれても動きは止めなかったが、必死で腕の中の何かを守っている。

黒い化物がやっと動きを止めた頃、動いているものはラザロたちとカツラギだけだった。避難できなかったものだけが血だまりで転がっている。

カツラギが近づいてきたのでラザロは銃撃を止めた。よろよろとカツラギは黒い化物の前に立つ。

『タイガ、お前なんだろ?』

いつもタイガに会うときに話す様に声をかけた。

黒い化物はゆっくりとカツラギに振り向き、そこに座る。手の中に大事に抱えていた物をカツラギの前に置くと、小さく鳴いた。

大きな指先の元には傷だらけの女性が横たわっていた。ぐったりとしてもう息がない。

『タイガ・・・ユハナさん、なのか?』

黒い化物は黒い手を震わせて顔を覆う。咆哮を上げて背中が揺らめいて黒い霧が少しずつ薄く消えて行った。

それは魔法が解けていくようで、暗雲が立ち込めた空がゆっくりと晴れていくようだった。

人の大きさまで黒い影は戻り、血まみれの男の顔が浮かび上がる。タイガだ。

整った顔は血まみれで、体は穴だらけだった。もう息も上がり、ふらふらとユハナの前にへたり込むとカツラギを見て微笑んだ。

『カ・・・カツラギ・・さん、俺・・・。』

ふらりと前に倒れこんだタイガをカツラギは抱きとめる。

『すまない、気付けなくて。』

『いいんだ。ちゃんと気付いてくれた。ご、ごめん。』

タイガはユハナに指を伸ばす。唇に触れると涙を零した。

『ご、ごめんな。ユハナ。おま、えを・・・守って、やれなかったよ。』

ポタッとタイガの涙がユハナの頬を伝う。

『おまえを・・守ってやりたかった、ごめん。ごめんな。』

『タイガ・・・。』

『俺、・・・カツラギさん・・・のこと、・・・父さんみたいだって・・・思ってた。ずっと・・・大好きだった。』

『うん。俺もだ。』

カツラギの言葉にタイガが嬉しそうに笑う。

『俺もお前を大切な息子のように思っていたよ。タイガ。』

『ヘヘ・・・そっか。』

タイガの瞼がゆっくりと落ちた。それでも嬉しそうに笑って小さな声がした。

『ありがと・・・父さん。』

背中を覆っていた黒い影が消えると、タイガは絶命した。

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