繁華街での事件は絶望的だった。多くの人々が目撃し皆が口々に噂する。デマも何もかもを食い尽くしたかのような話が吹き荒れている。
繁華街は一時的に立ち入り禁止とされ、大掛かりな清掃が行なわれた。
ポリスでも何人死んだのか把握できておらず、行方不明の連絡が後を絶たない。
またこれも遊びの一環として使われ、状況は酷くなる一方だった。
対策本部ではカツラギの話を聞いたタカハシが大体を纏めてくれていた。
しかし防ぎようのない事柄から頭を抱えていた。
コーヒーをカツラギに手渡すとミライが椅子に座った。
『で・・・そのタイガ君でしたっけ?』
『ああ。あれはタイガだった。自分ではどうしようもない感じに見えたが・・・実際にはどうだったかはわからない。あいつに話を聞く時間はなかったから。』
『そう・・・ですね。』
ミライはカップに口をつけるとコーヒーをすすった。
『うむ、カツラギさんの話を聞くと・・・やはり影響はあるようですね。』
タカハシはホワイトボードに図式を描く。
『今までの200は自分から相手に干渉することが出来た。しかし今回の場合を聞いていると、相手から干渉されている可能性が高い。うん、例えばだが今までの200が元にあるとして、それに黒い影がつくことによって周りからの干渉が可能になると。そう考えれば、タイガ君がカツラギさんを襲わなかった理由も説明がつくかもしれない。』
『確かにそうかもしれないが・・・。』
『勿論違うかもしれない。でも小学校の猿にしても一人だけ無事というのが気にかかる。あの日、彼は何を思っていたんだろうか。』
タカハシがペンを口元に当てると、対策本部のドアが開いた。
『お話の途中失礼します。』
ラザロがにこやかに顔を出す。タカハシは微笑むとホワイトボードを指差した。
『答えてくれるかい?ラザロ君、君は思い出したくないことかも知れないが。』
『なんでしょうか?』
タカハシが一連の説明をするとラザロは腕組をした。
『うん・・・あの日、私はとても恐ろしかった。普通ソルジャーは敵と向かい合った時は攻撃するようになっています。けれど敵なのかすら理解できなかったのだと思います。』
『ああ。』
カツラギがぽつりと呟く。
『目の前にした時、何も考えられなくなるんだ・・・自分の非力さに負けてしまう。』
『そうです。そして動いてはいけない・・・とだけ。』
ラザロは頷いた。
『そうか、なるほど。しかし・・・どうしたものか。僕は今一つ頭に浮かんでいることがある。しかしそれは・・・。』
言いにくそうに頭を掻くとタカハシは壁にもたれる。
『一掃する・・・。』
ミライは静かにそう言った。
『・・・ああ。そのとおりだ。けれどそれはこの国がやろうとしたことそのもので、まだ罪のない人すらも、命を奪いかねないことだ。』
『それに200だけではない、彼らに干渉する人たちをも一掃しなくてはいけない。』
タカハシはうな垂れると椅子に座った。
『そんなことをしていたら人類は皆死ぬしかない。愚かな人などいくらでも生まれてくる。けれど、今はもうこれ以上の犠牲を出してはいけない。黒い影、黒い化物だけでも突き止めないと。』
『その件だが・・・。』
片手を上げてラザロが発言する。
『以前作られていた200の血液入り麻薬が発見された。』
『え?』
『新薬として配られている。先日こちらで取引を行なっていた政治家を軍が逮捕した。彼らはそれを市政に流していた。逮捕から供給が止まっているが、出回っているのは数えるほどだけだそうだ。』
『場所はわかっているんですか?』
『・・・教会だ。先の隊長であるチャーリーが亡くなった場所だ。』
カツラギは顔を上げた。
『待て・・・あそこは配給をしていたんじゃなかったか?』
『ああ、そうだ。しかし一つ、教会はもう存在しない。事情を知る人間がいない以上は調べようがない。どのように配給されていたのかすらわからない。そして・・・ドクタータカハシの話の通りだとして、人が化物に変身していたとすれば、元に戻る可能性もある。今までの事件で目撃されていた者たちはまだ市政に存在している。市民に紛れているんだ。』
『・・・そうか。探しようがあるかも知れないのか・・・。』
ラザロは頷く。
『幾つかの動物のようなものに関しては、動物であった可能性が高い。それは排除しても、その他は追えるかも知れない。今、軍は手分けをして情報を当たっている。』
対策本部から人が消えて、タカハシ、ミライ、カツラギの三人が残った。
ミライはラップトップを開いて何かを作業をしている。カツラギは窓辺で煙草を吸っていたが、ミライが笑ったので視線を向けた。
『どうした?』
『いえ・・・別に。カツラギさん、腕折れてるのに上手に吸いますね?』
ギプスが嵌っている腕を見てカツラギは眉根を寄せる。
『まあな・・・でも口寂しいのはちょっとな。』
『あはは。』
渇いた笑いにタカハシはミライを見た。
『ミライ君、何を考えているんですか?』
ラップトップを打っていたミライの指が止まり顔が上がった。
『・・・僕は・・・言ったら怒りませんか?』
まるで学生のような言い方にタカハシは噴出す。
『ミライ君。内容次第です。それに怒られるようなことしてるんですか?』
『・・・。』
カツラギは溜息をつくと椅子にもたれた。
『怒らない、だから言え。』
しんと静まり返る部屋の中でミライがもう一度ラップトップに打ち込み顔を上げた。
『ラザロさんが証拠のあるものから捜査してくれるなら、僕は違うアプローチをします。』
くるりとラップトップの画面をカツラギたちのほうへ向ける。
ディスプレイにはどこかの掲示板が映し出されており、書き込みがされていた。
(赤黒い夢を見る?秘密のパーティをしよう。)
『パーティ?』
『なんだ、おとり捜査でもする気か?』
『いいえ、違います。実はラザロさんたちに協力してもらって色んなことを調べていたんです。その中で少し強引ですが、まだ安定していない少年から事情聴取をしてもらいました。退行催眠で過去の出来事を聞きました。少年の両親は昔から敬虔な信者でした。ボランティアにも積極的で、少年も一緒に参加していたようです。ボランティアは多岐に渡り、その中に教会がありました。事件当日は彼らは参加していません。それはすでに事件が起きているからですが、それよりもずっと前、彼ら親子は炊き出しのボランティアに出ています。』
『無茶をするな・・・それで?』
『はい。その時神父に言われたそうです。今日の炊き出しのおむすびには手をつけてはいけないと。理由を聞いたら、薬が入っていると。』
『薬?』
『当時から体調の悪い人が多くいた、それが理由だそうです。けれど少年は少しお腹が空いていて一つだけ拝借してしまったそうです。』
タカハシが頷くとミライは続けた。
『その日から時々、赤黒い夢を見たんだそうです。それと鏡を見ると顔が歪んで見える・・・と。』