『だから秘密のパーティか。』
『ええ、意味が分かるものだけが来るでしょう、日時はラザロさんたちの結果を待って決めたいと思っています・・・駄目でしょうか?』
ミライは上目遣いにカツラギを見る。
『駄目って言ってもやるんだろうが・・・無茶はするなよ。』
『はい!』
すっと立ち上がりカツラギはドアに近づいた。
『俺は一旦席を外す。戻るのは明日・・・になる。悪いがそのつもりで。』
そう言い残して彼は部屋を出て行った。
二人きりになった部屋でタカハシはミライの前に立つ。
『君、まだ隠し事してるだろう?』
『・・・ドクター。そんなことはありませんよ。』
『本当に?カツラギさんに言えないことがあったんじゃないのか?』
タカハシが目を覗き込むとミライは俯いた。
ラップトップを触る手を止めて神妙な面持ちになる。
『僕は・・・この秘密のパーティに参加します。そのためにもう準備を始めています。』
『準備?・・・ん?まさか・・・。』
『はい。』
タカハシが怒鳴ろうとするのをミライは手を伸ばして制止する。
『怒らないって言ったじゃないですか。それにまだ・・・秘密にしておいてください。ドクターと僕だけの秘密。事が動き出せば分かることだし。』
困ったようにミライが笑うと、タカハシは渋々頷いた。
空は曇天模様だ。カツラギは小さな白い箱を持って高台に向かっていた。そこには昔ながらの寺がある。階段を抜けるとのどかな風景が広がっている。
都会には違いないが、ここは穏やかな風が吹いていた。
寺務所に向かい住職に挨拶する。もうすでに話をつけてあったからカツラギは待っているだけでよかった。
『じゃあ仏さんはここに。』
住職が用意してくれた場所に白い箱を納めると二人は手を合わせた。
『すいません、無理を言って。』
『いいえ、カツラギさんにはお世話になっていますし・・・この方々もこうして一緒なら寂しくないでしょう。』
『・・・そう、だといいです。』
タイガが守ったことでユハナはきちんと葬式が挙げられた。しかしタイガを拒絶するユハナの両親を考えると、どうにも不憫に思えて、業者に頼んでユハナの灰を分けてもらい、タイガの灰と骨壷に納めた。
これが良いことだったとは思わない。けれどしてやれることなんて本当になかったから。
タイガは独りで苦しんで生きてきた。手助けも出来ず非力な自分にも信頼と愛をくれていた。タイガは助けられていると話していたが、実際はカツラギも同じで、弟を失くしたと思っていたから心の底で嬉しかったのだ。
タイガと初めて会った時の事をよく覚えている。食べるものがなくて窃盗したがたちの悪いポリスに捕まって酷いいじめを受けていた。それでもタイガは自分が悪いことをした、それを理解しているから黙って受けていた。丁度カツラギが通りかかってポリスの連中に声をかけると、奴らは心底嫌な顔をしていた。
カツラギはそういった事をしないことで有名だったから。
タイガと共に窃盗した店に戻り、謝罪をしてカツラギが金を払う。十六でIDもなく天涯孤独だとどうしようもない。幾らか渡すとしてもタイガは受け取らない。だからカツラギは知り合いに頼んで、タイガが食事だけは出来るようにあらゆる場所で口利きをしていた。そして時々会いに行っては彼の様子を伺っていた。。
頭の良い子で本来ならばもっと幸せに暮らせただろう。カツラギがうちに来いと話した事もあったが、それすら突っぱねられた。誇り高い男だった。
『ごめんな、何もできない父親で。』
カツラギは瞼を閉じて手を合わせた。ふと瞼の裏にタイガとユハナが手を繋いで歩いていくのが見えた気がした。
夜になる頃には雨が降り出していた。ソルジャーが運転する車に乗り、ラザロは窓の外を眺めている。電飾看板で雨と共にぼやけ鈍い光を放っている。
チャーリーが残してくれた資料、対策本部に上がってくる資料、照らし合わせて問題の糸口を探していた。ドクタータカハシのおかげで随分とクリアにはなってきたが、また幾つかのピースが足りずに地団駄を踏んでいる。
ラザロが溜息をつくとソルジャーが笑った。
『大丈夫ですか?』
『あ、いいや。大丈夫だ。』
『自分は少し不安です。』
運転席のソルジャーは少し眉根を寄せる。
『未知の化け物と対峙するっていうのは映画だけだと思っていました。けど実際はこうして現実で、言葉が通じる・・・それが怖いです。』
『そうだな。』
『語学なんて習わなければ良かった・・・そんな風に思う時もあります。でも市街地で助けを求める人の声を理解して、ちゃんと声をかけてあげられた時、彼らは安心した顔を向けてくれる。良いのか悪いのか・・・もうわかりません。』
フフとラザロは笑う。
『ああ、わかる気がする。母国とは違ってこの国の人たちは実際は穏やかで柔らかい。今は混乱し狂気に満ちていても、一人一人は優しいんだ。』
『はい・・・自分はなんとかしたい、そう思っています。』
『ああ、私もだ。ソルジャー、手を貸してくれ。』
『はい。』
車を叩き付ける雨が次第に強くなっていく。フロントガラスを滝のように水が流れて、遠くの空で稲光が見えた。
『雨・・・また強くなってきましたね。』
『ああ。』
『雷まで・・・神のご加護がありますように。』
お呪いのようにソルジャーが呟いてハンドルを回した。
車の無線が緊急ダイアルを拾った。オペレーターが淡々と話し出す。
『どうしました?』
『あの・・・助けてください。』
ぼそぼそと女が話す。オペレーターは声を潜めた。
『はい、今何処ですか?怪我はありませんか?』
『・・・はい、あの・・・場所はどこかわからなくて。気がついたらここにいたんです。すごく寒くて・・・服がびしょ濡れみたいで・・・。』
『どこも痛くありませんか?』
『はい・・・凄く暗いんです。端末も音声コールでやっと繋がって・・・怖くて、怖くて・・・。』
女の声は震えていた。オペレーターは声色を優しくする。
『大丈夫です。暗い場所ですね。何か音は聞こえますか?わずかなことでもかまいません、教えてください。』
『・・・はい。何も・・・聞こえない。凄く静かです・・・静・・・あ、今、犬の鳴き声が・・・え?今、なんて・・・。』
『だいじょ・・・。』
オペレーターが黙り込む。
しんと静まり返った中で何かを刻むような音が響いている。それが大きくなると女の叫び声が響き渡った。断末魔だ。心臓にまで突き刺さりそうなその声は長く続くような気さえもした。しかし、ガコッと何かが外れる音と共に叫び声は消えてしまった。
運転席のソルジャーが体をぶるっと揺らした。
『・・・最近、この手の通報が多いと聞いています。なんなんでしょうか?』
『わからない。だが不気味だ。』