ラザロたちの捜索で、公園での黒い女の怪物に変身していた女と、路地裏で少年達を殺した黒い怪物に変身していたと思われる男を病院で保護した。
二人とも嫌にリアルな恐ろしい夢を見ると精神科に通院していた。
彼らの事情聴取を行い、夢のような時間として話が聞けた。
女は以前あの公園で被害にあった者で、トラウマを克服すべく治療を続けていたが、あの日少女が追われているのを見てしまった。女は少女を隠れて追っていたが、柄の悪い連中の話を聞いてから記憶が曖昧だという。
彼女は教会には行っておらず、普段から精神科にて薬を貰い服用している。
路地裏の男はホームレスで教会の炊き出しに通っていた。ある日の炊き出しで出されたおむすびが変な味がして、それから行くのを辞めていた。事件当日、彼はビルの下で物乞いをしていた。がサラリーマンに罵倒されてそこから記憶が曖昧になった。気がついた時にはまた路地裏で寝ていたと言う。
彼らの証言を受け取るならば、彼らが化物に変身した可能性はある。とりあえず軍の医療施設で保護し治療を受けさせている。
彼らの毛髪からは微量の麻薬成分が発見された。
その連絡を受けてタカハシはミライと向き合うと眉をひそめた。
『ちゃんとしてもらってるんだよね?』
『勿論。信頼できる奴ですよ。ドクターだって知ってるじゃないですか。』
ミライはフフと笑うと椅子に座った。
『掲示板でのやり取りで分かったことは全て本当です。僕が補償します。あとは・・・。』
『ミライ君・・・。』
不安そうな顔のタカハシを横目にミライは天を仰ぐ。
『言ったじゃないですか。ドクターの力になるって。』
『しかし。君がそんなことをする必要はあるのか?もし失敗でもしたら・・・。』
タカハシの言葉に被せるようにミライは言った。
『しませんよ。失敗なんて。』
対策本部に独り残されてタカハシは机に突っ伏した。
ミライを止めるべきなのに止められない自分がいる。この事件は全て終わらせなければならない。そしてミライがそれの引き金を引こうとしている。
カツラギに話すべきだろうか?ラザロは知っているんだろうか?
対策本部に上がってくる情報が苛烈をきわめている。緊急ダイアルも軍に上げる報告が頻発していると聞いている。
ポリスはそれでも動こうとはしていない。事件が起きているのは承知しているはずだが、軍を気に入らない連中と、タカハシへの嫌悪からだとわかっている。
タカハシは両手を合わせて指を組む。声に出さず妻と娘の名を呼んだ。
どうか・・・ミライ君を守ってくれ。
細胞研究所。廊下には鈍い蛍光灯の光が照らしている。時折ジジジと音を立てるのは羽虫が舞っているからだ。しんと静まり返った廊下の奥の一室で採血を終えたミライが少し青い顔をして、目の前に立つマリエを見る。
マリエは血液を小さな機械に入れるとスタートさせた。
『これでわかるよ。』
『そうか・・・ありがとう。』
小さな絆創膏を自分で貼ってミライが笑う。
泣き出しそうなマリエの顔は昔と変わらないとミライは思う。
両手を差し出すと歯を見せて微笑んだ。
『こっちにおいで。』
もうこのサイクルは止まることはない。こうして指を重ねることも最後かも知れない。
ミライの手にマリエが指を触れさせた。
『もう少しで結果が出る。・・・もし可能性があったとしたら・・・ミライ、お前は。』
『そうだな。考える時間があればいい。』
恋人でなくなった今でもマリエは優しい目を向けてくれる。このまま時が止まればいい、先の事を思えば。
二人の視線の中で携帯端末が震える音が響き始める。
ミライはジャケットの胸からそれを取り出すと指で操作した。
『ああ・・・もうタイムリミットだ。』
ゆっくりと立ち上がり、自分よりも少し背の低いマリエの肩に額を寄せた。
『もう行くよ。』
『・・・うん。』
『泣くなよ、お別れみたいだろ?』
顔を覗きこむミライにマリエは顔をくしゃくしゃにする。
『・・・そうじゃんか。』
『そうだな。』
マリエはミライの胸元をぎゅっと掴むと抱き寄せた。その指先は力強い。
そっと白衣の体を抱き寄せてゆっくりと離れるとミライは笑った。
『じゃあな。』
すがるようなマリエの手を振り払って部屋を出る。ドアを閉めるとぐっと拳を握って歩き出した。
繁華街のビルの下。娼婦と男が腕を組んで楽しげに歩いている。
金払いの良い男だと女は思っていた。年齢は四、五十くらいで品の良いスーツを着ている。娼婦を買う男だから上流だが品行方正とは言えないだろう。
どちらにしろ札束で頬を殴り、あれをしろ、これをしろと言うのかも知れない。
『店に行く前にホテルの行くか?』
同伴の男で珍しい申し出だった。
『え?そうなの?外でもかまわないけど。』
女は焦って口を滑らせると男の顔色が変わった。
『君のためじゃない、僕の服が汚れるのが嫌なだけだ。』
男は女を上から下まで見てから、うんと唸る。それの意味がわからず女は眉をひそめた。
『何?ねえ、あんた客じゃないの?ならもういいよ。金はいいから、あたし店に行くよ。』
組んだ腕をするっと抜くと女は片手を上げる。
『じゃあ、また。あんた素敵だけど、あたしには合わないかな。』
そう言い立ち去ろうとした時、男の手が彼女を捕まえた。
『行かれては困る。さあ、こっち。君は心配しなくていい。』
女の華奢な腰に手をまわしてホテルに歩き出す。抱き寄せられて女はそんなに悪い気はしなかったが、やけになれなれしくなった気がして俯いた。
なんだろう、この人。
二人はホテルのロビーに入る。入り口にドアマンがいるホテルに女は圧倒されながら男を見上げた。
『ちょ、娼婦と入る場所じゃないよ?』
『そうだね。楽しむつもりで来ればいいよ。』
外で話していたよりも穏やかな口調に優しい眼差しは女の胸を揺らした。
エレベーターで上階にたどり着くと部屋に招かれた。女が壁一面ガラス張りに気付き早足で中に入る。
『すごい!こんなん見たことないよ!』
興奮して振り返ると男はジャケットを脱いでソファに座った。
『ほら、おいで。ここにおいで。』
女は気を良くしていた。さっきまでの不安はどこへやら。札束で殴られようとも
かまわない。そうテーブルの上の豪華な食事や酒に目を奪われた。
『ではここで君は服を脱いで。早く。』
言われるままに服を脱ぐ。何をするのだろう、金持ちの思考などわからない。
その時、何かに気付いて女は振り返った。