ポリスのクレームを聞き終えてうんざりした顔で対策本部に入る。
カツラギは青い顔をしてラップトップの前のタカハシを見た。
『どうしましたか?』
『あ、カツラギさん!』
タカハシの傍に近づき彼の見ているディスプレイを確認する。
『これって・・・ミライの?』
『そうです。ミライ君のです。ここ見てください。』
『・・・?本日二十時より秘密のパーティを開始。一緒に治しましょう?』
『ここも見て下さい。』
指で操作しメールを開く。メールの送り主はマリエで、薬完了とある。
『薬?』
『やっぱり知らなかったんですね。ミライ君は一人で200の一掃をしようとしています。』
『まさか・・・一掃って。』
『いえ、多分それがこの薬でしょうね。メールは自動で転送されるようになっていました。ただ、まだ薬自体は持ち出していない。それと。』
タカハシはもう一度初めに映したページを開く。昔の掲示板でミライが使いやすいと言っていたものだ。
『あいつ・・・何してんだ?これは何処だ?』
『公園ですね。』
場所はと地図を検索する。
『ああ、あそこか。ここからだと随分かかるな・・・と失礼。』
カツラギの胸元で携帯端末が揺れた。すかさず取りカツラギの口調が変わる。
『わかった。今から行く。』
『なんですか?』
『申し訳ない、ドクター。黒い奴が出た。ホテルのスイートで大量の死体発見だ。』
そう言ってカツラギは急ぎポリスを出る。駐車場で車の傍に立つと後ろからタカハシが追いかけてきた。
『私も行きます。』
二人は車に乗り込むとまず連絡を受けた場所へと向かう。ホテルに到着すると支配人がすぐに現場へと案内してくれた。ポリスも到着しておりホテルは稼動しているが一部規制が敷かれている。部屋は赤く染まっていた。床の上には男女が折り重なった死体の山だ。その中央には目を潰された女が男と繋がった状態で死んでいる。
『これは・・・。』
カツラギは傍にいた検査員に声をかけた。
『はい。生前に繋がっていたようですね。その後殺されています。周りの死体も同じ感じですが・・・彼ら以外はどうも自分達で殺しあっています。今薬物鑑定をしています。』
『黒い化物の情報はどこから?』
『はい、ホテルの階下から目撃されています。あの窓を破って出たようですね。』
検査員の指差した先にはガラスが大きく割れている。この部屋は景色を堪能できる創りになっているようだった。
奥で何かチェックしていた検査員が声をあげた。
『反応出ました。黒です。』
カツラギの隣にいた検査員は女の死体を確認しながら、溜息を吐く。
『薬物反応ありです。彼らはいわゆるラリった状態でこの狂乱を楽しんでいたようですね。我々には理解できない状態ですよ。』
『多いのか?』
『ええ、最近は特に。治安が悪くなってるんでしょうけどね。異常です。国の健康システムが動いてないとしか思えないですね。』
確かに抜け穴だらけのシステムでしかない。ホームレスが増え続けても、ジャンキーが出ても、皆が健康だと触れ回っているのだから。
『それと、あれ。』
照明器具の傍に置かれたカメラに視線を向けた。
『データはこの狂乱騒ぎ。どうやらスナッフビデオを撮っていたようですね。』
『この部屋を借りているやつは?』
『そこ。』
死体の山の一つを指差した。
『金持ちで娯楽の一つとして、こうした悪事に手を染めていたんでしょうか?でも・・・変なんですよ。録画データにはこの死体になった人間以外にもう一人いるんです。』
話を聞いていた別の検査員がカメラのデータを持ってきた。再生するとスーツの男が楽しそうにソファに座っている。そして大きな音を立てて一度カメラは転倒する。ノイズの走る映像の中で、黒い影が大きく映し出された。
『こいつ・・・なるほどな。ドクター、あんたの仮説どおりだよ。』
『そのようですね。ちゃんとは映ってませんが・・・そのとおりでしょう。ソファにいた男が変身した。先日のタイガ君と同じですね。』
『ああ。で、こいつはどこへ行ったんだ?』
ドア付近にいた支配人は片手を上げる。
『よろしいでしょうか。あのガラス窓を突っ切ってまっすぐ飛んでいったと。ゲストからの情報です。間違いないかと・・・。』
『ここからまっすぐ・・・ってことは中央公園だな。』
『ああ、そうか!』
タカハシは何か気付いたのかカツラギの腕を掴む。
『急ぎましょう、わかりました。ミライ君が何をするのか。』
車を飛ばして公園へ向かう。雲行きが怪しくなり雨が降り始めていた。ポツポツとボンネットを叩き、フロントグラスが濡れていく。
助手席のタカハシは車に乗り込んだ後、すぐにミライのラップトップを開いて何か作業をしている。信号待ちで車が止まるとタカハシが顔を上げた。
『ありました。履歴を辿ったんです。彼は秘密のパーティ以外にも書き込みをしていました。この掲示板はスナッフビデオ愛好家たちが集うものです。』
カツラギが煙草を銜えると苦笑する。
『ろくでもねえな。』
『ええ、ここに彼の書き込みがあります。今夜公園にてパーティがある、どうやら黒い化物関連らしい。楽しいものが撮れるかもね。』
『はあ、なるほど。餌か・・・スナッフビデオを撮る奴らも捕まえようってか?ミライも考えるもんだが、ポリスは動いてないだろ。軍もそんな話入ってねえぞ。』
『はい・・・そうなんですよ。もし彼が私の思っているようなことをしようとしているなら・・・止めなくてはいけない。』
信号が青に変わり車が走り出す。カツラギは煙を吐く。
『なあ・・・ドクター。』
『はい。』
ラップトップを閉じてタカハシは背筋を伸ばした。
『今あんたがここにいるのは義務感か?正義感か?』
『難しいことを聞きますね。うん・・・そうですね。仕事でこの国にいるのは確かです。チャーリーから連絡を受けて、またこの国に舞い戻ってきました。正直に言うと嫌な思い出ばかりですよ。もううんざりです。』
『そうか。』
『けれど、もう嫌なんですよ。あんな思いをするのは・・・散々頑張って尽くしても蹴飛ばされて粉々にされる、でも今はラザロたち、ミライ君、カツラギさんもいます。それにこの国にだって希望の光はありますよ。』
『希望の光。』
『ええ・・・子供たちです。私は人間は進化すると言いました。今E国でも、多くの子供達の中で200が産まれています。彼らは自分をコントロールする術を身につけるんです。国のサポートは必須なんですよ。それのきっかけになったのがミライ君です。彼と出逢ったおかげで私達に変化が起きた。』
『なるほどね。』
『でもこの国にはその基盤がない。作らなくてはならないが、カツラギさんはチャーリーから聞いていますか?この国の状況を。』
『多少なら。』
『なら話は早い。事が落ち着くまでは何もできないのが現状です。なのでミライ君は分かる範囲で対応しようと考えているのだと思います。200はコントロールができるものなんです。能力値もありますが・・・若ければ若いほど可能性は高くなる。』
『うん?なら・・・あの薬とはなんだ?』
タカハシは笑うと頷いた。
『あれは中和薬でしょうね。人間の体はある一定で外へ排出する力が備わっています。が、200は麻薬効果が脳に残るんだそうです。私も専門外のために詳しくわかりませんがね・・・。』
『待て、ドクター。それが本当だとして・・・まさかミライの奴。』
『ええ、そのまさかですよ。』