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第2話

 放課後──俺はスーパーで特売品を前にして、目に炎を宿した家政婦と戦っていた。

 いつもならクラスメイトとカラオケやゲーセンに入り浸っているところだが、先程お義母さんから『特売の牛肉を買ってきて』とメッセージが送られてきて、今に至る。

 晩ご飯はお義母さんが作るらしい──牛肉を使う料理。何があるだろうか……ステーキにビーフシチュー。考えるだけで幸せだ。


 押して押されて、やっとの思いで掴み取った1パックの牛肉。『1人1パックまで』と書かれているので、これ以上は藻掻いても時間と労力の無駄だ。

 卵、もう無かったっけ──

 ふと思い、目の前にあった卵を買い物かごに入れ、会計を済ませた。


 ぶらぶらと、街中を1人で歩いてもな。俺は少し早めに帰路に着く。

 4月も終盤に差し掛かり、人々の心を魅了した桜は跡形もなく散っていた。


 今月から始まった俺の高校生活。友人は沢山作れたし、授業は理解出来る。

 何不自由無く過ごせているのだが、最近元気の無い姉さんの事が心配だ。

 クラス替えや、受験勉強によるストレスによるものか。はたまたいじめや弄りなど、人間関係によるものなのかは分からないが、姉さんの元気が無いと俺も釣られて元気が無くなる。早く元気になって欲しいものだ。


 歩道橋を登りきった時だった。自分の真下を通り過ぎて行く車を眺める、姉さんを見つけた。その目はどこか遠い目をしている。

 所詮は。血の繋がりの無い彼女が、ここで何をしていようと口出しする理由は無い。そう思い、俺は彼女の背後を素通りした。


「──もう死にたい」


 鼻水を啜る音と共に聞こえた。気がした。

 小鳥の鳴き声のように、か細い声。正直空耳どうかもハッキリと分からない。

 俺は自然と足を止め、体を姉さんの方へ向けていた。


 姉さんは両手をガタガタと震わせて、歩道橋の手すりから身を乗り出していた。そして説明をされずとも、全てを察した──姉さんは自殺する気だ。


 気づいた時には手に持っていたレジ袋をその場に落とし、走っていた。

 姉さんとの距離は実際遠くない。それなのに遥か遠くに居るかのように感じ、1歩進むごとに胸が潰されるような感覚に見舞われる。

 待って、待って……!


「──姉さんッ!」


 意図せず口は動いていた。その声に驚きつつも、ゼロコンマ1秒でも早く彼女の元に駆けつけれるように体を動かした。

 大声を出したからか、喉が擦れるように痛くなる。耳元で自分の胸が激しく音を立てている。

 俺の声は姉さんに届いたようで、チラリとこちらを見た。全てを諦めたような表情。目の光が消え失せており、まるで死んだ人のようだ。

 僅かながら動きが止まる。


 届く……!


 俺は腕がちぎれるくらい伸ばした。姉さんの腕を掴むと、少し乱暴だが、力強く引いた。


「きゃっ」


 そのまま姉さんは、手すりの下に尻もちをついた。驚いたような表情を浮かべるが、直ぐに消え失せ、俺の目を睨みながら口を開いた──


「どうして……どうして助けたの」


「もう死にたいよ」と言わんばかりに吐き出されたその言葉は、聞いているだけでも辛くなる。


「家族だからだ」


「じゃあ家族じゃ無かったら助けなかったの?私達は家族と言っても、血の繋がりの無いただの同居人じゃん」


 言葉を間違えた。

 姉さんは大粒の涙を零しながら言う。俺はその姿を見ていることしか出来ない。目頭が熱くなり、視界がぼやけだした。


「どうして泣くのよ……」


 いつも塩対応で、俺を含めた家族をいつも困らせた姉さん。たまに見せる優しい姿にはいつもホッとした。

 ハンバーグや甘い物を前にすると、目をキラキラと輝かせてたっけ。

 高校受験が近づくと、毎日のように「勉強した?」と親か。とツッコミたくなるような事を言われたのを、今でも鮮明に覚えている。


 姉さんと俺は本当の姉弟のようだ。

 それなのに『ただの同居人』はあまりにも寂しすぎる。どうしてそんな事を言えるんだよ。

 俺は姉さんの細くて小さい手を握った。


「姉さんは俺や父さんに、家族にしか見せない姿を沢山見せてくれたじゃん。あれは作り物だったの?違うよね。それを『ただの同居人』で済ませるなよ……!」


 周囲の目など気にせずに、俺は叫ぶように言った。

 俺たちの縁はただの偶然じゃない。小さい奇跡の積み重ねじゃないか。


 姉さんはハッと目を見開く。そして表情を隠すように俯いた。


「──私虐められてるの」


 いきなり言われて戸惑ったが、出来るだけ平然を装って話を聞いた。


「私、先月からクラスメイトに虐められているの。原因は私には分からない。でも無視から始まったそれは、次第に酷くなって今は色々な人から悪口を言われるようになったの。最初は耐えれたけれど、だんだん苦しくなって……」


 同じ高校に通っていながらも知らなかった。姉さんは性格上、あまり敵を増やしたがらない。きっと、安全で静かに過ごしたいと願っているはずだ。

 そんな姉さんが虐めに合うだなんて……しかも自殺を仕掛けたんだぞ。

 姉さんを虐めている人に対する怒りが永遠と溢れ出す。


 姉さんとは、ズバ抜けて仲のいい訳では無いが、大切な家族だ。そんな彼女を泣かせた事を後悔させてやる。と俺は、顔も知らぬ姉さんを虐めている人の事を胸の中で睨んだ。

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