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第4話

 俺が教室に帰ると、真っ先に幼馴染みの夏鈴が暖かく迎えてくれた。


「今日ずっと張り詰めたような表情だったけど、上手くいったみたいね」


「そんなにわかりやすかったか?」


「うん。顔にでかでかと『悩んでます』って書いてあったよ」


 マジか……少しは気をつけるとしよう。

 俺は先輩達については疎いので、顔の広い夏鈴に聞いてみたい事があったんだった──


「斎藤朝陽って先輩、知ってる?」


「知ってるよ。柊海斗ひいらぎかいと先輩と付き合ったって聞いたよ」


 ああ。先程赤岡先輩から、『有名な男子生徒と付き合って、調子に乗っている』と聞いたが、柊先輩と付き合っていたのか。

 勉学と部活動共に学内トップクラスの、彼の噂を聞いた時は、文武両道という言葉は彼のためにあるのだなと感心していたことを思い出す。

 カリスマ性も高い彼が、斎藤朝陽と付き合っているのか……釣り合わねぇ。


「皆、次移動教室だから早く教室を出てくれ」


 クラス委員長が教室の前の方で声を張って言った。

 この学校では生徒の貴重品の盗難を防ぐため、教室の前後の扉には施錠するための鍵がついている。そしてその鍵を扱うのが委員長の役割なのだが──


「マジで、そろそろ出てもらわないと、また俺が遅刻するんだよ!」


 ──そう。クラス委員長は必然的に誰よりも遅く、教室を出ることになる。

 高校生活が始まってまだ2、3週間の俺達の中には、まだまだ幼い心で『自分が良ければいい』と考える人も居て、少し委員長を気の毒に思う。


 俺は昼食用にコンビニで買ったパンを教科書と一緒に持って、次の授業が行われる教室へ足を進めた。


 その後はあまり記憶が無い。如何にして斎藤朝陽をどうにかするかを考えていると、気づいた時には授業が終わっていたのだ。


 ◆


「隼人、今日寄り道しながら一緒に帰ろ〜!」


 帰りのホームルームが終わると、夏鈴がニコッと笑いながら言った。


「いや、今日はちょっと──んぐっ」


 断ろうとすると、夏鈴は人差し指を俺の口に当て、それ以上は言うな、と圧をかけるように目を合わせてきた。


「私なら隼人の悩みを解決できるかもよ?」


 ──!それならば……

 俺が答えるよりも先に、夏鈴は続けて言った。


「だから、いい?よね……」


 夏鈴は自身の手を、俺の口から流れるように制服の裾に移動させた。

 恐らくこれを『あざとい』と言うのだろう。たしかに可愛い──しかし10年以上の付き合いで、親友と言ってもいいくらい仲が良い。今更この『可愛い』と思う感情が、『好き』や『愛してる』に変わるとは思えないな。


「少しだけだぞ」


 クラスメイトからの視線を感じ、尚更断るのが困難になってしまう。こうなったら仕方がない、と俺は渋々誘いに乗った。

 すると夏鈴は「やった〜!」と嬉しそうにその場で飛び跳ねたのだが、上も下も両方危なく、少し目の付け所に困った。


 ◆


 俺達は2人、肩を並べて東京の街を宛もなく歩いていた。


「どうしよっか。カフェで座りながら話す?それとも何か買って、食べ歩きしながら話す?」


 どちらの選択肢を選んだとしても話す事になるのか……。まあいいか。


「食べ歩きにしよう」


「ん。分かった」


 その後も話し合った結果、俺達は朝のニュースでも取り上げられるほど人気な、クレープの店に向かった。

 帰宅ラッシュと重なり、目的のクレープの店に行くまでに乗った電車は座る場所が無いくらいに混んでいた。

 スマホのマップアプリを頼りに、人々の行き交う歩道を歩いて約10分。クレープ生地特有の香りが、俺達の鼻腔をくすぐった。


「わぁ。いい匂い!」


「そうだな。昼が少なくて腹が減ってるから、早く食べたいな」


 そんな事を言いながら店の前に目を向けると、ピーク時を過ぎたのかあまり列は長くなかった。

 俺達は声を揃えて「「やった!」」とガッツポーズを決め、列の最後尾に並んだ。

 ポツポツと他愛の無い話を続けていると、夏鈴は列の前の方へ視線を向ける、何かに気づいたように口を開いた──


「あっ、柊先輩だ」


「は?どこ」


「私達の……1、2、3人前。隼人と同じ制服着ている人居るでしょ」


 1、2、3……ほんとだ。一般人に紛れて、一際目立っている高校生が居た。横を通る人々は柊先輩の顔立ちを見て、つい2度見してしまっていた。

 まさか姉さんを虐めてる斎藤朝陽の彼氏に会えるだなんて……しかも、彼の事を知った今日。

 なんという奇跡。逃す訳にはいかない──


「柊先輩!」


 俺は気づいた時には彼の名を呼んでいた。

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