「ハハハハ……さぁ、次はどこを潰そうかぁ……?
耳がいいか? それとも、首か……?」
声が空間を裂き、湿った空気が震えた。
俺は躊躇なく宙を蹴り――
迷いも慈悲もなく、奴の首を狙って跳びかかる。
殺意は、隠さない。
包み隠す理由など、どこにもなかった。
『ひぃッ!! ま、まて!! わ、私が悪かった!!』
哀れだ。
奴は震える両手を、必死にこちらへ突き出してきた。
命乞いに見えるその仕草――だが。
俺は、その“差し出された手”を、
ためらいなく――切り落とす。
ズシュッ!!
飛沫が弧を描き、濡れた床に濁って散った。
『がっ……あ、あぁ……ッ! み、見えない……!
こ、怖い……やめてくれ……お願いだからァァァ!!!』
ははは……!
なら――
足も落としてやろうか。
俺は首への軌道を途中で逸らし、
重力すら味方に、ラムザスの脚元へ一気に滑り込む。
そして。
──ザンッ!!!
刃が骨ごと断ち割り、悲鳴が濁音に変わった。
『うっ…うわぁぁあ!! 私の…足までもぉぉぉ!!』
視界、手首、足首――
三つを奪っても、まだ対は残っている。
手首が一つ。
足首が一つ。
俺は、ゆっくりと口角を吊り上げた。
ニィッ……と笑う。
それは人間の微笑みではなかった。
「そらぁ、そらぁァッ!!!!」
叫びながら、俺はラムザスの肩を蹴って跳躍。
上空から、奴の身体へ突き刺さるように飛び込む。
刹那――
短剣が閃いた。
その一振りは、
閃光のように――
全身へ、斬撃の“環”を描いた。
バシュンッ! ガシュゥゥ! ズババッ!!
斜めに、縦に、背中に、腹に。
無数の閃きが、ラムザスの体を貫き、刻み、裂く。
肉と皮膚が剥がれ、紫色の液体が飛沫を上げた。
地に転がったその巨体は、
もはや“魔物”ですらなかった。
『な……な、なんなんだ……この化け物はぁ!!!!
助けてくれぇぇええ!!!!』
目を抉られ、四肢を裂かれ、
全身を震わせて泣き叫ぶ――
ただの“声”。
もはや、その姿に威厳などない。
あるのはただ――
命の炎に縋りつき、
呻きながら消えかけていく、
ひとつの“小さな生き物”。
だが。
それこそが、俺が与えた罰だ。
「はははは……! なんて愉快なんだ……」
逃げ場のない恐怖。
肉体だけでなく、精神ごと潰されていく様。
この戦いに正義などない。
あるのは、守りたかったものを傷つけた者への――
圧倒的な報復だ。
ジリジリと、俺は膝をついて震えるラムザスへと歩み寄った。
(さあ……首をよこせ。喉笛か?それとも、心臓か……)
その瞬間だった。
(エレンっ!!)
エレナの声が、頭に響いた。
(お願い……やめて……エレンってば!)
それでも俺の足は止まらない。だが、声は次第に強く、明確になっていく。
(エレン! お願い、止まって!!)
――我に返った。
目の前にいたのは、恐怖に怯え、全身を小刻みに震わせている――ラムザス。
後ろには、グレンとシイナが顔を引きつらせながら、無言で俺を見ていた。
「……悪かったな」
私が静かに謝ると、二人はハッと目を見開き、
「いや……俺たちが弱いのが悪いんだ」
「……俺も、アンタにこんなことさせないくらい、強くなるよ」
そう言ってくれた。
(エレナ、すまない)
(ううん……ちょっと焦ったけど、ちゃんと止まってくれて……よかった)
そのときだった。
「俺が今、所長に連絡します。今回の件、きっとあなたに責任はいかないようにします」
シイナがそう言って、懐から通信結晶を取り出した。
(……研究員に多少手荒なことはしたからな。シイナには感謝しないとな)
シイナが結晶をグレンに渡すと――
『やぁやぁ、君たちからかけてくるなんて珍しいね?』
ふざけたような、軽い調子の声が響く。
「所長。話があります」
『ふむ。話してごらん』
──
シイナが事情を説明すると、通信の向こうの所長が静かに答えた。
『ふむふむ……なるほど。そこにいるのが、ラムザスか』
「はい」
『やあ、ラムザス。随分と変わった姿になったね』
『……そ、その声は……ラ、ラヴィスか!?』
ラヴィス――
ラムザスが、あの所長に向かってそう叫んだ。
「ラヴィス……? 所長、それが本名なんですか? それに、あなたとラムザスには面識が?」
『彼はね、ベルノ王国 魔法研究所の――元副所長さ』
「っ……!」
『昔の話さ。でも彼は、自分の“論理を外れた研究”のせいで、研究所を追放されたんだよ』
『お前が追い出したから私はッ……!』
『いや、それは筋違いだ。
君は、“メモリス”でさえ、論理も倫理も逸脱した記憶研究をしてきた。
それによって、多くの人々が無自覚に“地獄”へ導かれていたなら――
……責任は、当然取ってもらうさ』
所長の声が、いつになく冷たかった。
『ぐっ……!』
「なるほど……。俺が入る前の時代の副所長、というわけですね……」
シイナが静かに呟いた。
『そう。――そしてこの件は、我々が引き取る』
「いま、記憶の塔の最深部にいます」
『……わかった。今すぐそちらへ行こう』
「え? 今すぐ? って……」
「やあ」
不意に、背後から声がした。
私たちが振り返ると、
そこには“あの所長”が立っていた。
背後には、青い魔力のうねり――
転移魔法によるワープゲートが、音もなく揺れていた。